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第3話

 幼いあの日、僕を救った義姉の雄姿を今でも鮮明に覚えている。


「貴様のような脆弱な小僧がアイアンローズ家の跡継ぎ?フン……千年早いわ!」


 養子に迎えられたばかりの自分は魔物が棲むとも知らず軽率に裏山へ冒険しにいった。

 当時知らない人だらけの屋敷内で居場所を見つけられず、逃避したかったのもあるかもしれない。


 けれどその代償は大きく気づいたら僕は複数のゴブリンとオークに囲まれていた。

 子供である自分を引き裂いてその柔らかい肉を貪ろうとする魔物たちに対し僕は腰を抜かし助けを呼ぶことしかできなかった。


 そして、その小さな声を聞きつけてゴリアテッサ義姉さんは来てくれた。

 僕は気づかなかったけれど彼女は弟になった存在をこっそりと気にかけていてくれたらしい。


 そして当時七歳の少女とは思えぬ鬼神のような戦いぶりで瞬く間にオークたちを肉の塊へと変えていった。

 まるで戦女神のようだ、そう美しい姿に見惚れていた僕は生き残りのゴブリンが自分へ斧を振りかざしていたことにすら気づけなかった。


 ガッ、キン……!


 斧はゴブリンの命と引き換えに、僕を庇った義姉さんの頬に一筋の傷をつけた。

 古代戦士の彫像のように美しいその横顔を汚す血を手で拭うゴリアテッサ義姉さんに僕は震えながらハンカチを差し出す。


 それを乱暴にひったくった彼女は当然ながら僕を激しく叱りつけた。

 お前が跡継ぎなど千年早い、そう強く言われても当時の僕はその通りだとしか思えなかった。


 何より一人娘である彼女の顔が自分のせいで傷ついてしまったのだ、跡継ぎどころか養子縁組を解消されても仕方がない。

 しかしそんな不安を一掃してくれたのも彼女からの言葉だった。


「カインよ、お前なぞに家は任せられぬ。お前の役目はこのゴリアテッサに弟として愛でられること…それだけで十分と知るがいい!!」

「…はい、義姉さん!!」


 あの日の燃えるような喜びを僕は今でも覚えている。

 けれど、ゴリアテッサ義姉さんは忘れてしまったのかもしれない。


 子供の頃は幸せだった。屋敷の中で子分のように義姉の後をついて回って気まぐれに一緒に遊んでもらったりした。

 けれどゴリアテッサ義姉さんは悪役令嬢養成学校に通うようになってから少しずつ変わりだした。


 傷のある自分の顔を隠すように鉄仮面を作らせ、通学の際はそれを被るようになった。

 そして必要以上にその偉大な力を周囲に誇示するようになった。誰かを守ることよりも敵を屠ることに熱心になった。


 彼女以上に強い悪役令嬢は学校内におらず、ゴリアテッサ義姉さんを教師でさえ恐れるようになった。

 このままではあの優しかった義姉さんが血も涙もない氷の悪役魔王令嬢になってしまう。

 予感した僕は義両親に頼み込み、自分が通っている聖マルタ学園に彼女を編入させた。


 けれど強者揃いの学園でもゴリアテッサ義姉さんの武力は群を抜いており、当時の生徒会長をあっさりと下すと学園を牛耳り始めた。

 そして共学校であることが災いして美形の男子生徒を集めて生徒会室を疑似大奥化し出したのだ。


 強くそして美しいゴリアテッサ義姉さんは生徒たちに鉄薔薇女王として崇められることになった。

 けれど彼女はちっとも楽しそうじゃなかった。なのに逆ハーレムを止めようとしない義姉さんと僕は何回も喧嘩になった。


 結果、昔の思い出が嘘のように僕たちは険悪になって義姉は僕を冷たい目で見るようになった。

 僕は僕で愛憎入り混じる気持ちでゴリアテッサ義姉さんを権力の座から引き落とすことを企み続けていた。

 それなのに。


「あのゴリアテッサ義姉さんが、僕をねねねねね閨に招くだって……?そんなの駄目だよ、でも僕、昔から義姉さんにならって……!!」


 大仰な登校風景に対し嫌味を言った自分に対し、いつもの無視ではなく壁ズドンを返してきた義姉。

 そして異変はそれだけで終わらず、あろうことか義弟である僕を口説いて誘うようなことを言って来たのだ。学生の癖になんて破廉恥だ。


 乙女のように真っ赤になった顔を見られたくなくて全力で空き教室に逃げてきたけれど、少し惜しいことをしてしまったかもしれない。

 だって、今日久しぶりに間近で見た彼女の瞳は酷く優しい気がしたのだ。


 昔、二人だけで遊んでいたあの頃のように。

 何かが変わりつつあるのかもしれない。そして変化を起こすのはきっと、義姉が気にかけているあの平民の少女だ。


 アンジェリーナ、彼女の拳は打倒した者の心の闇を祓うと評判になっている。彼女が鉄薔薇女王であるゴリアテッサを下したなら、また昔のように僕らは……。


「…けれど、義姉さんが変わったのはそれだけが理由ではないかもしれない」


 その理由を知りたいと僕は強く思った。


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