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第4話

 人払いをした生徒会室。

 竜皮で仕立てられたソファーに身を沈めて我は考え込んでいた。


 ゴリアテッサ・アイアンローズ。人気乙女ゲー「聖拳に散る薔薇」の悪役令嬢。

 この学園を力で支配し、また教師生徒問わず美形の男を我物化する性(さが)から必ず主人公と相打つことになる宿敵。

 それが今の我の姿だ。邪悪だが強く、倒される定めにあるが偉大。


 随分と大それた身分に転生したものだと嗤う。今尻に敷いている竜だって数か月前の遠足で討ち取ったものだ。

 でもこの強さは借り物の強さだ。悪役令嬢に転生したが為に得られたチートに過ぎない。


 そう、本当の我は身も心も弱い女だった。

 10tトラック四台から猫一匹を庇っただけで力尽きてしまう脆弱で儚い存在だったのだ。


「…ならば、悪役令嬢として振るうこの力は紛い物…弱き死者が望んだ偽りに過ぎぬのか?」

「いいえ、そのようなことはありませんゴリアテッサ様」


 心地の良い低音と共に目の前に美しい青年が現れる。ルシファー。生前我が助けた黒猫の真の姿だ。

 翼持つ天使である彼は自分の意思で姿を見せたり消したりすることが出来るらしい。


 ただ、いることは気配でわかっていた。我の思索の邪魔をしないように身を隠していたのだ。

 しかしそんなルシファーがわざわざ姿を現した。我は彼の言葉に耳を傾ける。


「以前の貴女が弱いなど一体誰が口に出来ましょう。どの世界の貴女でもその強さと美しさに変わりはありません」

「失せよ。おべんちゃらは好かぬ」

「いいえ。この世界で唯一その姿ではない貴女を知っている我だからこその本音です」

「ならば問おう。義理難い黒猫よ。生前のあのか細い腕の女が今の我のように竜を拳で屠れると思っているのか」

「思って、おります」 

「しらじらしい嘘を……!」


 語るな、そうルシファーを怒鳴りつけようとした瞬間だった。視界が白一面で覆われる。

 それが彼が大きく広げた羽根であると気づいた瞬間、凄まじい轟音が室内に響き渡った。


「退けい!!」


 我はルシファーの体をソファーの後ろへ投げ捨てる。そして眼前の敵を睨み付けた。

 牛一頭を軽々と掴めそうな鉤爪。それが窓どころか壁自体を蹴りで破壊した為先程の騒音が起きたのだ。

 空中に浮かぶ体は巨大で口からは火をチロチロと不機嫌に吐いている。体は美しい真紅の鱗に覆われていた。


「グレート級のワイバーン…!何故学園内に……」

「くっ、ゴリアテッサ様、ご無事ですか……?」


 背後からこちらを案ずる声が聞こえる。ルシファーだ。

 我を庇おうとしてワイバーンからの衝撃を翼で引き受けた彼からの質問に我は無事だと答えた。


「愚かな。我に安否を尋ねることを無礼と心得よルシファー」

「申し訳ありません。そしてゴリアテッサ様、恐らくソレは校庭での授業で召喚された物です」

「チッ、教師どもめしくじり負ったな。制御できない魔物を呼び出させるなど……」

「倒されますか」

「無論よ」


 このままにはしておけない。教師の手に負えない強さなら当然生徒たちの手にだって負えないだろう。一方的に蹂躙されることになる。

 犠牲になる生徒の中には当然己を含めない。いやもしかしたら我以外にも例外はもう一人いるかもしれない。

 我が巨大な翼竜を前に構えたのを見て、ルシファーが立ち上がる。


「魔法で補佐を」

「要らぬ」


 研鑽の邪魔をするな。我はそう言い捨てると拳と丹田に意識を集中した。

 相手は置物ではない。じっくりと気を練ってなどいられない。

 またその必要もない。


 ワイバーンが勢いをつけてこちらに鉤爪を振り下ろす。

 壁でなく生身の人間を蹴り上げようとするその足を我は掴んだ。

 このまま下に叩きつければ床が壊れる。上ならば天井が。そして後ろにはルシファーと壁がある。

 ならば、来た道を戻ってもらうしかないだろう。

 我はもう片方の手でソファーを掴むとワイバーンの腹へ垂直に叩き込んだ。


「悪役令嬢邪王拳、派・螺・叛ハァラパンッ!!」

「ギュアオオオウ!?」


 吐しゃ物を撒き散らしながら翼竜は地面へ墜落していく。

 校庭にいる生徒たちが悲鳴を上げながら蜘蛛の子のように逃げていった。


 しかし、その中において一人立ち去らぬ女がいる。

 このままではグレートワイバーンの下敷きとなるだろう。

 その華奢な姿を視界に捕らえながら何故か我の心に沸き立つのは期待の感情だった。


「えぇいっ!おうちに帰りなさーい!!」

「グァアアアアォ……」


 我の技を喰らい腹を見せながら落ちていった翼竜が急に方向転換をし召喚陣の中に吸い込まれる。

 それをしたのはやはり正ヒロイン、アンジェリーナだった。


 ワイバーンの真下でその巨体を受け止めてそのまま横に投げ飛ばしたのだ。

 その姿を隠していた翼竜が召喚陣に消えた今彼女と我の視線がかち合う。


「ソファー、綺麗に洗ってから生徒会室にお運びいたしますね」

「汚れた家具など要らぬ。貴様の方で処分しておけ」

「でも、それじゃあ生徒会長様のお座りになる物が……」

「今日から当分この不祥事を仕出かした教師を我の椅子代わりにする。迅く来よ」


 我の宣言の直後に階下から情けない悲鳴と駆け出す音が聞こえる。

 その後、階下の教室や校庭から自分こそを椅子にしてくれとせがむ生徒どもを一喝して授業に戻らせた。

 静けさが訪れた後、ワイバーンに壊された窓と壁のない部屋で我は空を見つめる。

 この青空は昔も今も変わらないのだと思うと自らの悩みが滑稽に思えた。


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