邪神教団はこの世界を滅ぼす為に創設された。
どうせ全ては無に帰すのだ。必要ならば老人も赤子も男も女も王も殺す。
その考えで数多の暴虐を行い、犠牲にした者たちの苦痛と無念を邪神に捧げ力を得ていた。
悲しみが増えれば恨みも憎しみも増える。その負の想念こそが崇める邪神の餌となる。
教団の今回の獲物は光の神の力を持つ少女だった。
彼女を殺しその力を奪う。そして邪悪に対抗する存在を失った者たちは絶望する。
最上の生贄として生贄として教団はアンジェリーナという少女を邪神に捧げるつもりだった。
けれどそれは失敗した。全く想定していなかった理由で。
教主は崩壊する神殿の中で虚ろに呟く。どうして。どうしてこうなったのだと。
ジューダスに彼の妹を人質にして暗殺を命じた。それが失敗したというだけなら納得できる。
結果として光の巫女アンジェリーナが教団の本部に報復の為攻め入った。それでもまだ筋は通る。
けれど、数百年の歴史を持つ邪教の神殿を今滅ぼしているのは光の存在ではない。
召喚した大勢の魔物や闇魔法の使い手たち、殺人に慣れた外道戦士たちを屠り続けているのは。
「……矢張り、温いな。己以外の存在に縋り頼る者たちは」
邪神の奴隷が束になった所で烏合の衆に過ぎない。
そう鼻で笑いながら巨竜の腹に大穴を穿つ化け物の存在に教主は失禁をした。
なんなのだ。あれは。あれはなんなのだ。
魔法を使っている訳でも、光の加護を受けている訳でもない。
ただ圧倒的な肉体の凄みだけで、邪神教団の何もかもを破壊していく。
鉄仮面から零れた長い髪は赤い。それが元々の色か魔物や人間の血を浴びてそうなったかすらも分からない。
その巨躯が纏う布の色には見覚えがあった。アンジェリーナ暗殺計画の際に目を通した資料を思い出す。
あの人間とはとても思えぬ存在が来ているのはもしや、聖マルタ学園の女生徒の制服なのでは?
華やかさと清廉さを併せ持つ制服のデザインはその巨漢には全く似合っていない。
普段ならばなんと滑稽な姿だと教主は盛大に笑い飛ばしただろう。
けれど今そのような真似をこの場で行ったのならば死よりも残酷な罰がその者に与えられる。
何故なら魔王が存在している。
そして本来は邪神が降り立つべきこの神殿を破壊している。
教主は自らの懐に入れていた水晶を取り出し頭上に掲げた。今まで信者に命じて集めてきた負の力を閉じ込めた水晶だ。
これを使えば一時的にだが邪神をこの場に呼ぶことが出来る。数分もせずに消え、教主が存命の内に再降臨は叶わなくなるだろうが仕方がない。
「我は喚ぶ、殺戮の魔王、封じられた絶望の邪しッ?!」
呪文は途中で途絶えた。手に何かが掠って水晶が落とされたのだ。そして地面に落ちる前にそれは消えた。
慌てて辺りを見回す。背後に肝心の水晶を咥えた小さな鳥の魔物が男の肩に止まっていた。
その男には見覚えがある。
「ジューダス・ニードル!!妹の命が惜しくないのか?!」
怒りの咆哮を上げた教主に対し暗殺者は無表情に言葉を返す。
「救い出したから邪魔をしたに決まっているだろう。馬鹿なのか?」
敬う感情の一切ない小馬鹿にした口調に教主の怒りは増すばかりだった。
そんな彼に対しジューダスは淡々と言葉を口にする。
「あんたは光の力を持つアンジェリーナが教団の脅威になると言っていたな?
だがそうじゃなかった。今日邪神教団を滅ぼすのは光の力じゃない。
彼女が滅ぼすんだ、光も闇もなく、その強さ……ただそれだけで」
ジューダスが指さす先を見て教主は悲鳴を上げた。
破壊という概念が人間の姿を模した存在が、目と鼻の先にいる。
恐ろしさに体中から液体を垂れ流しながら教主は叫んだ。
「きききききっ、貴様は誰だ、国に討伐を命じられた勇者か!それも光の神の眷属や信徒か!!」
否、どちらでもない。誰かが呟いた。
ゴリアテッサ・アイアンローズに崇める神はいない。
なぜなら神こそが彼女にとっての怨敵であるからだ。
「笑止。我は神という傲慢者から敗北死の運命を押し付けられた一介の女子学生。
故に生まれながらの悪、故に生まれながらの高貴。
我、ゴリアテッサ・アイアンローズは悪役令嬢の忌名を掲げる者也!!!」
その日邪神教団の総本部は地上から消滅した。
数十年の後に跡地には草木が生えるようになったが、咲く花はどれも血のように紅かったという。