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カイン√エンド ~義姉という薔薇~

 ゴリアテッサ義姉さんが邪教集団を壊滅させてから二ケ月が過ぎた。

 誘拐や強盗など悪行三昧だったのに国が手出しをしなかったカルト宗教の総本部。

 僕らの学園の数倍ある敷地を全て更地に変えてゴリアテッサ義姉さんは夕食前に帰ってきた。

 教団に誘拐されていた大量の人質を連れて。

 囚われていた人々の中には国の要人の私生児や愛人なども含まれていたらしい。

 彼らが無事それぞれの家に戻った後の国の動きは迅速だった。

 騎士団を総動員して邪教集団の幹部や信者を捕らえ厳罰に処した。

 ゴリアテッサ義姉さんが強い魔術師や傭兵を叩きのめした後だからさぞかし楽な仕事だっただろう。

 強者との戦い以外興味がない義姉さんは騎士団のハイエナのような行いにも無関心のようだった。

 けれど彼女が興味を持たなくても、騎士団や貴族連中はこの国最強の令嬢に興味津々だった。

 貴族令嬢と言う響きに助平心を擽られて義姉さんに会いに来た男たちは彼女の威容に凍り付いた。

 恐らくこの国の騎士の誰よりもゴリアテッサ義姉さんの体格は見事だ。

 黙って頭を下げて退出するなら僕だってそれ以上は責めない。

 けれど身の程知らずに義姉の容姿を嘲ったものたちにはそれなりに手酷い目に遭ってもらった。

 大半は裏から僕が手を回して仕置きをしたが、たまに既に何者かの報復を受けていることがあった。

 それが誰なのかはいまだにわからない。どうやら複数人いるようなのだ。

 ある時は手馴れた暗殺者のように犯人の痕跡がなかったり、ある時は「あんな可憐な少女に打ち負けたなど絶対に言えん!!」と被害者に口を閉ざされたりした。

 鋭い獣の爪に顔を派手に引っ掛かれた者もいたらしい。

 どうせゴリアテッサ義姉さんの親衛隊の誰かだろう。 

 親衛隊と言えば、ゴリアテッサ義姉さんは組織壊滅の一件以来当然だが更に信者が増えた。

 その中でも特に目立つのは最近転入してきたマリアという女生徒だ。

 銀色の長い髪が特徴的な儚げな美少女で転入初日はかなり男どもが騒いだものだ。

 どうやらジューダス先生の妹らしい。

 彼女は何故かこの学園の生徒となった初日から熱烈に義姉さんを慕ってきた。

 今では通い妻のように義姉さんの牛耳る生徒会室に日参しては室内を鏡のように磨き上げている。

 学業も優秀で治癒魔法が得意とのことだからその内生徒会の一員に正式に任命されているかもしれない。

 別にそれは構わないが兄の方も生徒会室に入り浸るのは止めて欲しい。もしあの男が義姉さんに手を出したら絶対首にしてやる。

 ジューダス先生は最近イメージチェンジをしたらしく前までのヘラヘラした頼りない印象からガラッとクール系に変えてきたのもあざとい。 

 そういえば生徒会室への通い妻がもう一人増えた。


「ゴリアテッサさん、私今日もカップケーキと鶏肉の丸焼きを作ってきました!!」


 元気いっぱいに生徒会室の扉を開けて学園の天使と噂されるアンジェリーナが叫ぶ。

 彼女が以前男子生徒にナンパされていたところをゴリアテッサ義姉さんに助けられたことは僕も知っている。

 その時から彼女が義姉さんに強い憧れの気持ちを持っていたことも。

 けれど、その想いをここまで積極的に表現するようになったのは理由があると僕は思っている。

 一つは、召喚失敗して暴走したワイバーンをゴリアテッサ義姉さんと連携して召喚陣に還したこと。

 そしてもう一つは突然現れて熱烈に義姉さんを慕うマリアという美少女の存在に触発されてのことだ。

 親しさをアピールする為なのか義姉さんに対しても生徒会長呼びからいつのまにか名前呼びになっていた。

 その証拠に早速マリアとアンジェリーナは竜皮のソファーの中央に陣取るゴリアテッサ義姉さんの両横に座り火花を散らしている。

 華やかな向日葵と高潔な白百合、それぞれタイプの違う美少女が笑顔で舌戦を繰り広げている様は中々の見物だ。

 学園二大美少女を両脇に侍らせた義姉さんは我関せずと言った様子で愛猫のサタンを撫でている。少しだけ猫になりたいなんて思ってしまった。

 しかし本当に夢みたいな光景だ。あの美形の同性嫌いだった義姉さんがこんな風になるなんて。

 そう、いつが転機かはわからないけれど確かにゴリアテッサ義姉さんは変わったのだ。なんというか余白のようなものが出来た。

 余裕ではなく、余白だ。

 少し前のゴリアテッサ義姉さんは自分がこの世で一番強い存在だと疑わなかった。だから力で言う事を聞かせる為にしか戦わなくなっていた。

 けれど今は違う。アンジェリーナを始めとした強者たちと日々拳を交えている。偶に学園外からの挑戦者と戦うこともある。

 挑戦者は当然だが男性の割合が多い。そしてアンジェリーナの話ではその中に最年少で武闘会を優勝した美形の騎士団長の姿もあったらしい。

 己が勝ったら妻として娶りたいとしつこく義姉さんに挑んでいるのだそうだ。その内弱みを掴んで左遷させてやろうと思う。 

 けれど最近の義姉さんは楽しそうだから、それはもう少し待ってやってもいいかもしれない。

 以前の義姉さんは自分の力が完成されきっていると思い込み逆に実力が頭打ちになっていたと思う。

 それでも彼女が最強であるのは変わらないけれど、でもそのままではいつか誰かに負けてしまうような気がした。

 驕りで成長を止めた彼女が後から追いついてきた人間に追い越された時、プライドの高い義姉さんは死を選ぶのだろうと思った。

 でも、今の彼女なら違う。

 この学園を卒業した後、きっとゴリアテッサ義姉さんはもっと大きな存在になれる。

 聖マルタ学園の女王よりも、もっと偉大な。


「鉄薔薇の……覇王」


 なんとなく思いついた言葉を呟いてみる。それが聞こえたのは義姉さんが顔を上げて僕を見た。

 その顔を覆う鉄仮面はなくなっている。

 理由を聞いた時ゴリアテッサ義姉さんは「顔の傷を見られる事は自分の弱さを知られる事だと思っていた」と僕に告げた。

 そんなことはないと僕が否定する前に彼女は豪快に笑った。


『己の弱さをひた隠そうが、決して弱さはなくなったりはせぬ。今更だが気づいただけよ』


 弱さを消すには強くなるしかない。そう告げる彼女の頬には目立つ一筋の傷跡があった。

 幼い頃僕を庇ってゴブリンに斧でつけられた傷だ。

 それを罪悪感に駆られながら見つめていると、不意に優しく微笑まれた。


『もう二度とゴブリンやオーク如きには薄皮一枚もくれてやらぬ。奴らが一万匹いてもだ。それは我があの頃より強くなった証拠だ』


 この傷が己を強くしたのだ。そう頭を撫でられて情けなく泣いてしまったことは義姉と二人だけの秘密だ。

 そしてもう一つ秘密がある。これはゴリアテッサ義姉さんにも秘密だ。

 義父とこっそり約束をした。もし自分が彼女の心を射止めることが出来たなら、その時は正式に婿に迎えると。


「……覚悟してよね、ゴリアテッサ♪」


 僕の紅薔薇。そう悪戯っぽく告げた途端、何かを察したらしい拳やら猫パンチやら鳥の骨やら小型のワイバーンやらが飛んでくる。

 それらを全て軽々と避けて「まだまだ甘いね」と笑って見せた。

 僕だってゴリアテッサ義姉さんの弟だ、顔がいいだけの男だと思ったら大間違いなのだ。

 そう、僕だってもっと強くなれる。

 ゴリアテッサ義姉さん程ではなかったが義父も強かった。その拳の速さと鋭さには久々に顔が腫れ上がる程の大怪我をした。

 けれど勝てた。ゴリアテッサ義姉さんに守られて泣いていた子供の頃なら絶対勝てない相手に今の僕は勝ったのだ。


「僕は諦めないよ、だって諦めた時に初めて負けるんだから」


 いつか義姉さんに勝ってみせるからね。

 僕の宣戦布告に義姉さんは笑った。大輪の薔薇のように華やかな笑みだった。




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