「くだらぬ」
突然生徒会室に呼びつけられたと思ったら退職願を目の前で破り捨てられた。
ジューダスに対しそれを行ったのは生徒会長ゴリアテッサ・アイアンローズだ。
なぜ教師の退職願を生徒である彼女が持っているのか、それを疑問に思うことの馬鹿馬鹿しさをジューダスは知っている。
鉄薔薇の女王、ゴリアテッサ・アイアンローズ。国内有数の貴族の一人娘である。
しかし彼女を説明するにはそのような言葉よりももっと相応しい物がある。
この国最強の凄女(せいじょ)
極悪令嬢の収容施設と呼ばれる悪役令嬢養成学校ですら彼女には微温湯に過ぎなかった。
何の気まぐれか義弟の通う聖マルタ学園に転入し、教室で挨拶をする前に生徒会室を乗っ取り会長になったと言われている。
ジューダスは愚かそこいらの戦士が子供に見えるような見事な体格。そして山を砕くとも言われている拳圧。
彼女は瞬く間に聖マルタ学園の支配者となった。
けれどこの時点ではジューダスは彼女を見縊っていた。
生徒会室を自分の城にし美形の男を侍らせ愉しむ姿は、堕落した貴族そのものでありそれ以上でもそれ以下でもなかった。
ゴリアテッサの肉体は見事だ。その腕っぷしの強さも本物だろう。
だが、俺なら殺せる。自らの強さに慢心し誰もが自分に平伏すと思い込んでいる人間など隙だらけの的だ。
彼女が生まれる前から自分は命がけで人を殺し続けてきたのだ。その大きな掌がこちらの頭を握りつぶす前に暗器で心臓を貫いて見せる。
しかし、この女を殺す理由はない。
だから今は殺さない。そのことも知らないつまらない女。ゴリアテッサへのジューダスの評価はそんなものだった。
その程度の存在だと、今でも思えればいいのに。
邪教の暗殺者と貴族令嬢。どうせ立場が違いすぎる相手なのだから。
「お前が教師を辞めて何になる。教団の再建でも目指すか?」
「嫌味にしても笑えないですねえ、ゴリアテッサさん」
にっこりと教師の顔で笑って見せる。当然相手から笑顔が返ってくることはなかった。
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ゴリアテッサの気まぐれで邪神教団が壊滅した後、ジューダスは妹を連れて速攻で逃げた。
どうせこの後国の騎士たちがノコノコとやってくる。
妹の命を盾に脅されていたとは言えジューダスが暗殺を行っていた過去は消せない。
だから逃げた。恩人であるゴリアテッサにすら別れも告げず。
教団が滅ぶ前から、もしその時が来たらと夢見て用意していた隠れ家で暫く妹と暮らした。
長い事監禁されていたマリアを少しずつ日常生活に慣らしていく。自分が消えても生きていけるようにと。
その期間二人で沢山の話をした。救出されたきっかけを聞かれたのでゴリアテッサのことを話した。
感謝はしているが相手は貴族令嬢。もう二度と会うこともないだろう。そう締め括った。
そうするとマリアは深く青い瞳で兄である自分を見つめた。自分を叱る亡き母の表情にそっくりだと思った。
「兄さん、私をその方と会わせてください。……そして兄さんも会ってください」
「……は?」
「私だって恩人にお礼を言いたいです。兄さんも会いたいでしょう?」
「いや、俺は、学園には任務で通っただけで……大切な人間なんて誰も」
妹の勢いに押されうっかり失言をする。
マリアは恩人に会いたいとは言っていたが大切な人だなんて一つも言っていない。
気まずくなって目を逸らした。それをマリアに叱られる。やはり母さんに似てきたと思った。
「兄さんはまだ教師として雇われたままなんでしょう?お別れもなしなんて……きっと心配しています」
あの鋼鉄のような女が俺なんかの心配をする筈がないだろう。
そう言いかけてジューダスは途中で止める。今回もマリアはゴリアテッサのことだとは言っていない。
駄目だ。気づいている。暗殺者として常に冷徹で平静であれ。そう生きてきたのに随分と間抜けになっている。
マリアの救出に成功して気が抜けたからだけじゃない。きっと魂の一部を置いてきてしまっているのだ。
あの生徒会長のいる学園へ。
だから退職願を出すついでにそれも引き取らなければいけない。
そして、妹を…マリアを絶対強者のいるあの学び舎の生徒にする手続きをとろう。
罪人の兄など忘れ、命の恩人であるゴリアテッサの下で学園生活を送って欲しい。
そう決意したジューダスは久しぶりに教師時代の衣服を手に取った。
そして、冒頭の光景にいたる。