「俺の本性は暗殺者です、このような学園にいていい存在ではない」
「誰が決めた」
「国がです、殺人者は裁かれなければいけない」
授業で習ったでしょう。そう教師の口調で言うとゴリアテッサの厳つい顔が益々恐い物となった。
「その気色の悪い言葉遣いを止めよ」
「……ゴリアテッサ様がそう仰るなら」
彼女が本気で嫌がっていることを悟りジューダスは表情を改めた。
生徒会室の窓の外からは授業を受けている生徒たちの声が聞こえる。
目の前の女も生徒の一人の筈だが、ゴリアテッサのエスケープを咎められる教師などどこにも存在しないだろう。
「ジューダスよ、ならば問おう。我は邪教の民を滅ぼした、人間を山程血祭りにあげた。ならば国は我を裁いてみせるか?」
ゴリアテッサは窓を割って飛び込んできた鉄球を指先だけで受け止めながらジューダスに問う。
階下の校庭からすみませんと瑞々しい少女の声が聞こえる。
その方角にゴリアテッサが鉄球を投げ返すまでジューダスは無言のままだった。
「……裁けるなら、裁くだろうな」
漸く捻りだした回答は教師とは思えない程迷不明瞭な物だった。
だが、ゴリアテッサに限っては例外が多すぎる。その身分の高さが国を黙らせるのではない。
その『強さ』を目の当たりにすれば到底人の理で裁けるような存在ではないと誰もが悟る。
現に彼女に挑み敵わなかった力自慢の騎士たちはゴリアテッサを捕縛するどころか信徒のようになってしまったではないか。
「なら貴様も、裁かれぬようになればいい」
簡単なことだろう、そう机の上から書類を床に落とされる。退職願ではない、もっと大切なものだ。
それは妹マリアの入学と入寮の届出だった。ジューダスが出したものだ。
「妹の戸籍を新しく作り、兄である自身と完全に切り離す魂胆か。逃亡中の身で流石の手際よ。……だが、足りぬ」
「足りない?」
「なぜ貴様は別人に生まれ変わらぬ、顔も名前も貴様には容易に変えられるだろう」
いつまで教団に飼われた暗殺者のままでいるつもりだ。
厳しい言葉がジューダスの心臓を穿つ。
「……妹が大事なら何故妹の為に己の保身に足掻かぬ!」
「な……」
「妹の為に今まで心とその手を血に塗れさせてきたのが貴様だ。ならば、これからも妹の幸福の為に善悪など捨ててみせよ。……貴様も兄なら妹に嫌われるまで側にいるがいい!」
珍しく感情を表に出してゴリアテッサが吼える。
その発言は決して人間として正しい物ではない。ジューダスを甘やかし許す内容でもない。
しかし。
「……俺はマリアと、これからも一緒にいて、いいのか」
情けなく震える声で暗殺者は紅薔薇の悪役令嬢に問いかける。
貴様の勝手にしろというそっけない言葉が、彼女らしくてジューダスは泣きながらこっそりと笑った。
「我にも愚弟がいる。生意気だがそれでも愛らしい存在だ。……貴様も妹を悲しませるな」
鋼鉄の女王の口から零れた、弟への情を示す言葉。
それが今まで盗んだどの情報よりも希少なものであることをジューダスは敏感に悟る。
彼女が見せた、この感情は俺だけが知るものにしたい。
「……弟が可愛いと言う話なら、いつだって付き合うぞ」
その代わり俺の妹自慢も聞いてくれ。
ジューダスが図々しく告げた提案にゴリアテッサは「気が向いたらな」と豪快に笑った。
その笑顔を独り占めにしたいと思った。