私、アンジェリーナは最近変な夢を見る。それは悪夢といってもいい。
眠りに落ちてから暫くすると声が聞こえ始める。とても綺麗な女性の声だ。
やたら勿体ぶった言い回しだが要約すると「いい加減ゴリアテッサをぶっ殺しなさい」という内容だ。絶対嫌に決まっている。
ゴリアテッサ様を殺害しろという命令も嫌だが、その為に複数の男性と仲良くするように言ってくるのが嫌だった。
声が言うには私は男性に自分を惚れさせることで戦闘力が上がっていく人間らしい。凄い嫌な体質だなと思った。それに肉体は自分で鍛えるから間に合っている。
そんな破廉恥ドーピングに頼って得た勝利に何の意味があるだろうか。ゴリアテッサ様のように強さに惹かれて周囲の人間が群がってくるぐらいになりたい。むしろゴリアテッサ様に好きになって貰いたい。
そんなことを私が考えている間も謎の声は夜が明けるまで延々と独り言を呟いていた。安眠妨害にも程がある。
三日連続で同じことをされたので腹が立ったので特訓した。
結果初日は出なかった声が五日目の夜には気合で出るようになった。
「絶対嫌です!」
私が叫ぶと声の主は非常に驚いたようだった。けれど少しすると落ち着いたのかまた言葉を発するようになる。
「大丈夫よ、あの悪役ゴリラを恐れることはないわ。だって貴方は女神である私に選ばれた特別な……」
「ゴリラって何ですか?もしかしてゴリアテッサ様のことですか?仮にそうだった場合悪役ゴリラとはゴリアテッサ様を侮辱する意図で発した言葉ですか?死は覚悟されていますか?」
「ひっ」
私の問いかけに自称女神様は短く悲鳴を上げた。相手がゴリアテッサ様ならともかく私程度に怯えるなんて神様としてどうかと思う。
もしかしてこの人は自分がゴリアテッサ様に勝てないので私を利用しようとしているのではないだろうか。だとしたらちょっと卑怯だ。
「女神(わたし)に向かってなんと無礼な!!」
口に出した訳でない言葉が聞こえたらしく自称女神さまは突然怒り出した。
心の声が聞こえたのだろうか。凄い能力だがそれぐらいゴリアテッサ様も可能だろう。
「出来ないわよ!!あんなのただの人間よ!!何なのよどいつもこいつも悪役令嬢を神格化して祀り上げて!!」
あんなゴリラより愛の女神である私を頼って敬いなさいよ!!声だけは美しいが言っていることは非常に聞き苦しい。
悪役令嬢とはゴリアテッサ様のことだろうか。私はヒステリーを起こしている自称女神様に話しかけた。
「ゴリアテッサ様は鋼鉄の薔薇のように剛健で攻撃力も高くお美しいですし、邪神教団を壊滅させ多くの人々を救いました」
貴女も同じように多くの人々を救えば敬われるのではないでしょうか。
私の言葉に自称女神様は「人間ごときが私に指図しないで!!」と怒り出したが暫くすると「一理あるわね」と呟いて無言になった。
それと同時に気配もなくなったので私の夢から退出したらしい。一言ぐらい断ってくれればいいのに。
あまり人に好かれないタイプの女神様だなと思いながら私は夢の中で修業をし続け朝が来るのを待った。
それきり自称女神様は夢に出てこなくなったので私も彼女の存在を忘れていた。
■■■
その日私はいつも通りゴリアテッサ様の登校を校庭でお待ちしていた。
私だけではない。全学年の生徒と教師が集まっている。
校舎まで敷かれた赤い絨毯を囲むように左右に整列しゴリアテッサ様に朝の挨拶をするのが聖マルタ学園の伝統だった。
『こんなバカげた校則、作った覚えないわよ!!』
どこかで聞いたことのある声が突如頭上から響き渡る。それはゴリアテッサ様の姿が校門前に見えたタイミングだった。
台詞の内容に全校生徒の目が、一緒に整列していた学園長へと向けられる。
学園長は蒼白になり首をブンブンと振った。彼の持っている「覇者って」と末尾にハートマークつきで書かれたウチワが動きと連動して揺れていた。
毎朝五時間前から最前を陣取っている学園長がこのような発言をする筈がない。
『いや寧ろ声で気づきなさいよ!性別が違うでしょうが!!』
それに私の心を読んで勝手に怒り出す人物には心当たりがある。
私は空を見上げた。そこには長い髪の女性が半透明で浮かんでいた。
成程、彼女が私に連日夢の中で嫌がらせをしていた人物か。知らず拳を握り締めていた。
だがその前に言うべきことがある。私は声を張り上げた。
「ゴリアテッサ様をお迎えするのは規則ではありません、喜びの儀式です!!」
彼女の雄々しく優雅な姿を比較的近くで拝見することができ、挨拶という名目で高嶺の華であるゴリアテッサ様にこちらから声をかけることが許される。
中にはどさくさに紛れて告白する教師や生徒もいる。ゴリアテッサ様は寛大なので過剰な愛の言葉も鷹揚に受け入れてくれるのだ。
それに噂ではあるがその告白が切っ掛けでゴリアテッサ様に愛でられた生徒もいるらしい。生徒や教師の最前争いが過熱するのも仕方がないことだ。
言い忘れていたが、別に校則で強制されているわけではない。寧ろ校則で学園長の場所取りを禁じて欲しい。
「つまり朝の挨拶は自由参加です!私たちは皆自分の意思でここにいるんです!!」
周囲からそうだそうだと同調する声が出てくる。
『それって全校生徒が狂っているってことじゃない!あんな筋肉女をアイドル扱いするなんて目が腐っているわよ!あたおかよ!!』
流石に暴言が過ぎる。生徒や教師の中には明確に殺気を放つ者が出始めた。口に出して言い返す者もいる。
空中に浮かんでいる女性も怒りに顔を歪めている。一触即発の空気が生まれつつあった。
しかしその全てを平等に圧し潰す声が場を支配する。ゴリアテッサ様だ。
「我の下僕たちを愚弄するのは許さんぞ、女神マルタ」
彼女はいつのまにか召喚されていた大翼竜の上で仁王立ちになっていた。スカートの中が一切見えないのは流石鋼鉄の女王だ。
『出たわね、悪役令嬢ゴリアテッサ……!神に逆らった罪、思い知るがいい!!』
「思い知るのは汝ら神の増長ぶりよ」
二人の女性が空中で対峙する。相手が女神だろうがゴリアテッサ様が負ける筈はない。
けれど私は奇妙な胸騒ぎを覚えていた。