「女神……マルタ?」
ゴリアテッサ様の発言に私は校舎前に視線を移動する。
そこにはゴリアテッサ様の黄金に輝く巨大像に並び立ち一人の有翼女性の銅像があった。
確かあれはこの学園の旧シンボルである女神マルタの筈だ。
まさか実在するとは思っていなかった。
彼女は現シンボルであるゴリアテッサ様と空中で言い争っている。
いや、一方的に喚き散らしていると言った方が正しい。
『増長しているのはそちらの方よゴリアテッサ!別世界からの寄生虫の分際で態度も筋肉も肥大して!!』
「ハッ、日頃の訓練の賜物よ」
『その訓練とやらのせいでこの世界のシナリオは滅茶苦茶よ!魔物を激減させ更に邪神教団まで滅ぼして!!』
挙句、神(わたし)を侮辱した!!
恐らく一番最後の部分が彼女にとって最も許せないことなのだろう。
「傲慢なのは事実じゃないか」
いつのまにか私の横にいたジューダス先生が眼鏡を指で直しながら冷たく笑う。
「でも邪神教団の件を知っていて放置していたなんて……。女神マルタの慈悲とは一体何を指していたのでしょう」
「気高く慈悲深くそして強く、女神マルタのような人間になれという学園の教育指針。見直す必要があるみたいだね」
マリアちゃんとカインさんがそれぞれの台詞を呟く。マリアちゃんはどことなく悲しそうだった。
彼女は邪神教団に長い間囚われていたのだ。もしかしたらその時に女神マルタに助けを求めたことも
あったのかもしれない。
カインさんはいつも通り飄々とした口調だったがその目は怒りに燃えているように見えた。お姉さんを寄生虫呼ばわりされたからだろう。
そして、私だって怒っている。けれど女神マルタに飛び掛からないのはゴリアテッサ様のお邪魔をしない為だ。
『ちょっと人間ども、何も知らないで勝手なこと言ってるんじゃないわよ!私は神よ!偉いのよ!』
「女神マルタよ、救いもしない神を誰が崇める?」
『うるさい、途中でいくら人が死んだって最後に女神の力で生き返らせればいいのよ!……そうだわ』
ゴリアテッサ様の諫める声を疎まし気に否定していたマルタが、何かを思いついたような台詞を吐き出す。
嫌な予感がした。止めようと空中に手を伸ばす。けれど女神マルタは恐ろしい程の速さで巨大化した。今や入道雲のように空に浮かんでいる。
彼女はにっこりと微笑んで口を開いた。駄目だ。止めなければ。右手に光の魔力を宿し撃ち放つ。しかしそれは女神には届かなかった。
「やめ、」
『国の皆さん!!!協力してゴリアテッサ・アイアンローズを殺しなさい!!!そうしたら大切な人を誰でも生き返らせ』
「汚黙離(おだまり)」
国中に響き渡るような大音声と比べ、その声は無に近い程静かだった。けれどその声を聞き逃したものは誰もいなかっただろう。
四文字の高貴な制止を呟いた彼女の髪は炎のように、いや薔薇のように赤かった。
「ゴリアテッサ義姉さんが、本気で怒っている……」
そうカインさんが震える声で言う。横でジューダス先生が何故か苦し気な顔をしていた。マリアちゃんもだ。
「……命を人質に命を奪えと命ずる。女神マルタよ、貴様も邪神教団と同じよ」
『ならば私を同じように滅ぼして見る?ただ筋肥大しただけの悪役令嬢が女神を倒せると思わないで!!』
「いや貴様は滅ぼさぬ。使い道を思いついたからな、我の下僕にする」
『ハッ、やってみなさい、悪役令嬢如きが神に勝てると言うのなら!!』
「悪役令嬢奥義……
ゴリアテッサ様が灼熱色をした扇を真上に開く。すると空中から巨大な鉄の塊が降ってきた。馬車、いや戦車だろうか。
それが四台、凄まじい勢いで女神マルタに突撃していく。
『いっ、いや、いやああああああ!!!!』
「我は人だから一度死んだ、貴様は神なのだから……精々耐えて御覧なさいな」
ゴリアテッサ様の軽やかな高笑いと女神マルタの悲鳴が国中に響く。
その日、死人は出なかった。女神は死んだ。