新たな冒険者カードは、ロック名義である。
職業は戦士だ。せっかく魔神王の剣があるし、これで戦士をすればいいだろう。
カードを発行した後、ゴランが言う。
「このカードは情報隠匿魔法をかけて、ロックという名前だけを表示させているだけだからな」
「つまりどういうことだ?」
ゴランは説明する。冒険者カードは偽造が不可能だ。
だから、偽のカードなどは作れない。
「でも、ラックではなく、ロックって書いてあるぞ?」
「お前の本名は、ラック・ロック・フランゼンだからな」
いつの間にミドルネームまでついていたらしい。
「普段はミドルネームだけを表示するようにしておいた。真の名前は隠匿魔法を解除すれば表示される」
「職業も?」
「第一職業は、大賢者にして、我々の救世主、偉大なる最高魔導士でランクS、第二職業が戦士でランクFな」
普通は第一職業のランクがその冒険者のランクである。
「その大賢者にして、みたいなの何とかならんのか?」
「ならないぞ。ギルドが与えた二つ名だからな」
嫌な二つ名である。いやがらせにしかなってない。
俺が死んだと思って、ゴランたちが暴走してしまった結果だろう。
「偽装は不可能だからな。それで第二職業だけ表示されるようにしてある」
偽造が不可能な冒険者カードを、ゴランが一生懸命考えて目立たなくしてくれた。
それはとてもありがたい。
冒険者カードには様々なデータが記入されている。
両親がいれば、その名前と職業、階級。
出身地、魔物討伐数、クエスト受注数と成功率、獲得した累計報酬金額。
だが、通常それらは表示できないようになっている。
他人に知られたくない情報の塊だからだ。
それを見るためにはギルドの受付程度では無理だ。
大きなギルドの特別な魔導器を通さないと表示されない。
そして、それはランクの昇降格時、もしくは除名時ぐらいにしか使われない。
ゴランはそのシステムを利用して、隠匿される範囲を広げてくれたのだ。
これで偽造ではない正式なカードで、Fランクと表示されることになる。
「ゴラン、ありがとうな」
「気にするな。大したことじゃねーさ」
ゴランは照れていた。
◇◇◇◇◇
そのあと、ゴランの家に移動して、夜遅くまで飲んで騒いだ。
未明になり、俺とゴランが酔いつぶれた後、エリックは帰っていった。
国王という要職についているだけあって、明日も職務が待っているのだろう。
俺はそのままゴランの家に泊めてもらうことにした。
久しぶりのベッドは快適だった。
◇◇◇◇◇
「ロックさん! ロックさん!」
どんどんと扉をたたく音で目を覚ました。
とても心地よくて長い間眠った気がする。
起きてすぐ空腹に気づく。
「ロックさん! ロックさん!」
「……ロック? ああそうか」
ラックの名が、有名になりすぎたので、普段からロックを使うことにしたのだった。
ゴランにも口留めしておいたので、家人にロックだと紹介しているはずである。
使用人は、しつこく扉をどんどん叩いていた。
「はい。どうしました?」
扉を開けると、執事がいた。ゴランの執事だろう。
「よかった。生きておられましたか」
「そりゃ生きてますよ」
「一週間、部屋から出てこられないので心配しておりました」
「一週間?」
驚く俺に執事は言う。
「はい、けして起こすなと我が主に言われたので見守っておりましたが……さすがに一週間も眠られると心配になるので……」
「そうでしたか……」
それは確かに心配だ。俺がゴランでも心配する。
本当に死んでいたら、一週間もあれば結構腐ってしまう。
それにしても一週間も眠っていたとは。
十年間戦い続けていたので、疲れ切っていたのかもしれない。
「ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、お気になさらず」
「ゴランはいますか?」
「はい。一緒に朝食を食べたいと」
執事に案内してもらって食堂へと向かう。
「ラ……、ロックやっと起きたか!」
「おはよう。心配かけたな」
「いや、気にすんな。朝ごはん、食うだろう?」
そこに用意されていたのは重湯だった。
意図せず一週間断食してしまっていた。
固形物は危険だと判断されたのだろう。
「いただきます」
「ロック、これから何かしたいこととかあるか?」
「特にないんだよな」
「そうか」
だが、世の中がどう変わったのかは気になる。
それを知るにはどうしたらいいだろうか。
俺は少しだけ考えた。
「そうだな。久しぶりに一から冒険者でもしてみようかなと」
「退屈じゃねーか? もっと強敵と——」
「強敵となら十分戦った」
「それも、そうだったな」
強敵とならば、10年間で嫌というほど戦った。
それを知っているゴランは納得してくれたようだ。
10年前、俺は冒険者だった。ずっと冒険者だったのだ。
冒険をしながら、社会の変化を実感できたら一番だ。
朝食後、ゴランにお礼を言ってから冒険者ギルドへと向かうことにした。
門を出るとき、門番に頭を下げられる。
「ラ……いえ、ロックさん。この前は本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、職務だったのでしょうし。気にしてませんよ」
「そういって頂けると助かります」
門番はもう一度深々と礼をした。
門番にはラックと名乗ってしまっていた。だが、ゴランが口留めしてくれたのだろう。
俺のことをロックさんと呼んでくれている。ありがたい。
門番と別れてから、俺は冒険者ギルドへと向かう。
前回は、入るなりゴランに引っ張られて奥まで連れていかれてしまった。
今回は、冒険者ギルドの一般フロアをじっくり見る。
懐かしい。依頼が貼られている掲示板が特に懐かしい。
10年前そうしていたように、上級クエから見て回る。
平和になっている。ドラゴン討伐も、魔神討伐も出ていない。
よいことだ。とても嬉しい。
安心して、俺はFランクでも受注できる初級クエを見て回る。
「薬草集め……いいんだが、報酬が高いな……」
俺はいわば偽装Fランク冒険者だ。
安全な仕事は若者に回すべきだろう。報酬が高いのならなおさらだ。
俺は面倒かつ、危険で、報酬の少ない仕事を選ぶべきだ。
「……これだな」
吟味した結果、ゴブリン退治のクエを引き受けることにした。