ヴァンパイアロードはシアの顔を見て、鼻で笑う。
「犬の小娘風情が、身の程をわきまえず追ってきおって」
「うるさい! お前は絶対この手で倒すであります!」
「お前の父でさえ、我を滅ぼすこと能わなんだというに。より非力なお前が我を倒すだと?」
ヴァンパイアは人の言葉を話せるほど知能が高い。
魔力も生命力もとても高くて、強力な魔物だ。
それからヴァンパイアロードは俺の方を見る。
「だが、人間を連れてくるとはな。ほめてやろう」
「なにを言っているでありますか」
「犬には我が魅了は通じぬが……、人間ならば我が魅了が通じるのだ」
「なん……だと……」
シアの顔が青ざめた。不安そうに俺の方を見る。
安心させてやろうと思う。
「安心しろ。たかがヴァンパイアロードごときの魅了、俺に通じるわけないだろう」
「フハハハハハ! 虚勢をはるか。人間とは面白いものだな」
ヴァンパイアロードは機嫌よく笑う。
先程の不機嫌さは、配下のゴブリンロードを殺された故だったのかもしれない。
だから、追加の配下が手に入ると思って、機嫌がよくなったのだろう。
「なるほど」
俺がうなずくと、ヴァンパイアロードは顔をしかめた。
「なにがなるほどだ」
「いやなに。ゴブリンの群れを少なく見せて、冒険者をおびき寄せる作戦だったのかと」
「ふふ。どうやら愚かではないらしいな。その通りだ」
「よく考えたな。ほめてやろう」
人間の冒険者を魅了できれば、作戦の幅が大きく広がる。
たとえ、Fランク冒険者であっても、ゴブリンよりはるかに使い勝手はよいだろう。
「ロックさん、一旦退くであります!」
「退きたいなら一人で退け」
「それでは意味ないであります。ロックさんが魅了をかけられたら……」
「だから効かないって」
俺がそういっても、シアは信じていないようだ。
「あたしのミスであります……」
獣人の中でも、狼の獣人はなぜかヴァンパイアの魅了にかからない。
吸血されることもない。
狼の獣人を吸血したらヴァンパイアの方がダメージを受ける。
だから、狼の獣人はヴァンパイア退治を生業とすることが多い。
狼の獣人であるシアは魅了にかからない。
だから、人間が魅了に弱いことを忘れていたのかもしれない。
おっちょこちょいにもほどがある。
俺じゃなかったら大惨事になりかねなかった。反省してほしい。
ヴァンパイアロードが大きな声で叫んだ。
「逃がすわけがなかろう!」
そして目が怪しく光る。俺に向かって魅了をかけているのだ。
俺はあえて目を合わせた。じっと見つめあう。
ヴァンパイアロードはイケメンだが、まったくドキドキしない。
「男と見つめあってもなぁ」
そんなことをつぶやくと、ヴァンパイアロードは焦りはじめた。
「なぜ……なぜきかぬ!」
「そりゃ、俺の精神異常耐性が高いからだろ」
「人間ごときが、ヴァンパイアロードの魅了に耐えられるわけが……」
「じゃあ、お前がヴァンパイアロードじゃないんだろ」
あえて挑発してみた。
知能の高い魔物を相手にする場合、冷静さを失わせた方がいい。
より戦闘を優位に進められるようになる。
「自分のことをヴァンパイアロードだと思いこんでる、一般レッサーヴァンパイア……」
俺がボソッとつぶやくと、ヴァンパイアロードの殺気が膨れ上がった。
「我を愚弄したこと、後悔させてやる!」
ヴァンパイアロードは俺を先に倒すことに決めたようだ。
シアに攻撃が行かないよう、挑発した甲斐があったというものである。
ヴァンパイアロードは俺との間合いを一気につめてくる。
高位の魔物だけあって、俊敏だ。
だが、俺にとっては脅威ではない。かわしつつヴァンパイアロードの顎を蹴り上げた。
「ぐぅ!」
ヴァンパイアロードの牙が飛ぶ。
ヴァンパイアにとって、牙は強力な武器にして誇りだ。
「きさまあああああ」
大きな叫び声をあげて、とびかかってきた。
怒りに我を忘れているせいで攻撃が単調だ。せっかくの高い知能が台無しである。
軽くいなして、ヴァンパイアロードの整った顔にこぶしを叩き込む。
「ぶでっ」
ヴァンパイアロードは変な声をあげて、のけぞり、よろめき、地面にひざをつく。
「きさまぁ……」
顔面が陥没し、色々なものが垂れ流しになっている。
それでも全く戦意を失っていない。
再度突撃してきたヴァンパイアロードの首を右手でつかむ。
そして、ドレインタッチを発動させた。
「ぐあああああ」
ヴァンパイアロードは大きな悲鳴を上げる。
生命力を吸収することは得意でも、吸収されるのは苦手なのだろう。
ヴァンパイアロードは俺の右手を切り落とそうと剣を振り上げた。
そのような攻撃、俺に当たるわけがない。俺は右手を離して、少し距離をとる。
ヴァンパイアロードの剣は空を切った。
「レッサーヴァンパイアの割に、結構速く動けるじゃないか」
挑発は忘れない。シアにターゲットを移されると面倒だ。
「お前一体何者だ……」
「Fランク冒険者のロックだ」
「嘘をつくな!」
激昂したままヴァンパイアロードは襲い掛かってくるが、すべてかわす。
そして、俺は的確にヴァンパイアロードの急所を殴っていった。
10年間の魔神との戦いで、レベルが底上げされているようだ。
腕力もかなり上がっている。
戦いながらぽつりとつぶやく。
「……魔素のおかげか」
魔物を倒すと、その魔素が体内に取り込まれて徐々に強くなっていく。
だから、魔物を討伐すればするほど強くなるのだ。
次元の狭間は、ただでさえ魔素が濃い。
魔神を倒した際、周囲の魔素も同時に取り込んでいたのかもしれない。
俺は次元の狭間において、ドレインタッチと、ドレインソードを駆使していた。
その際に、生命力だけでなく魔素も吸い取っていたのかも知れない。
理由ははっきりとはわからないが、急激に強くなったのは確からしい。
「だから若返ったのかな……」
そんなことをつぶやきながら、ヴァンパイアロードを殴っていく。
邪魔をしたら駄目だと思っているのか、シアは後方で待機している。
ボコボコにされたヴァンパイアロードは、後ろに飛んで距離をとる。
岩壁を背にして呻いた。
「貴様ぁ……。決して忘れるな。以後、安らげる夜はないと知れ……」
そして体が数百匹の小さなコウモリへと変化していく。
これがあるからヴァンパイアロードは厄介なのだ。
絶対に、逃げられるわけにはいかない。逃がせば近隣の村々に被害が出る。
こうなっては、戦士の振りもしていられない。
俺が魔法をぶっ放そうと身構えたとき、
「逃がさないであります!」
シアが一気に間合いをつめる。
コウモリになりかけたヴァンパイアロードを魔神王の剣で切り裂いた。
「ぐううがああああああ」
ヴァンパイアロードの絶叫が上がる。
切り裂かれた周囲が、コウモリになった部分も含めて灰となる。
灰を湿らせた後、圧縮して固めたようなもろい状態だ。色は黒い。
「おお、すごい」
魔神王の剣がすごかった。切れ味が鋭いだけではないらしい。
魔力と生命力ごと、いや魔素ごと奪い取る。
そんな効果があるようだ。
「ゴブリン切ったときは、ただの切れ味の鋭い剣だったのに」
吸収される魔素が少ないから、気づかなかっただけかもしれない。
「りゃあああああ」
「ぐおおおああああ」
シアが何度も何度も何度も、切り裂いていく。
ヴァンパイアロード、その全身のほとんどがあっという間に灰と化した。