目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

10 シアの事情

 奥に歩き始めて、しばらくたった。

 もう小声で話せば、アリオたちには聞こえないだろう。

 俺はシアに尋ねる。


「奥にいる敵はどんなやつなんだ? 知っているんだろう?」

「ど、どうして知っていると思うでありますか?」

「さっきも言っただろ。ゴブリンロードに対して雑魚は邪魔するなって」

「……ぐぬぬ」


 何やら隠しておきたかったらしい。


「恐ろしい敵であります。聞いてから、撤退してもいいのでありますよ?」

「もったいぶるな」

「はい」


 シアは素直に返事をする。


「とても恐ろしい魔物、……ヴァンパイアロードでありますよ」

「そうなのか」


 シアは真剣な顔でつぶやいた。思ったよりは強敵だった。

 ヴァンパイアは血を吸ってくる恐ろしい奴である。

 その中でも特に恐ろしいヴァンパイアの王。それがヴァンパイアロードだ。


 そして生命力が異常に高い。少々切った程度じゃ死なない。

 霧になったりコウモリに変身したりもする。

 魅了の能力も持ち、自分より下位の動物や魔獣を操ったりもするのだ。


 益々、倒さないわけにはいかなくなった。

 近隣の村人がヴァンパイアロードに血を吸われ、眷属にされてからでは遅い。


「そうなのか、じゃないであります!」

「そうじゃないのか?」

「そうでありますけど!」


 そして、シアは真剣な表情で言う。


「恐ろしくなったら、逃げてもいいでありますよ。むしろ逃げたほうがいいであります」

「逃げる必要はない。むしろシアの方が逃げたほうがいいのでは?」

「あたしは逃げないでありますよ」


 悲壮な表情を浮かべている。なにか事情があるのだろう。


「どんな事情があるかわからんが……、ゴブリンロードごときに苦戦してただろ。シアにヴァンパイアロードを相手するのは無理じゃないか?」

「それでも、あたしは……」

「まあ、いいけどな。邪魔はするなよ?」

「聞かないでありますか?」

「聞いてほしいのか?」

「いえ……」

「なら聞かない」


 冒険者たるもの、いろんな事情があるのが普通だ。

 俺も本名とか、10年間の経歴の空白とか突っ込まれたら困る。


「あたしは、東の方に住む、とある獣人族の族長の娘であります……」


 せっかく配慮して聞かないのに、何か語りはじめた。

 語りたかったのかもしれない。なにかを語ることで不安を紛らわすということもある。


「そうか」

「代々ヴァンパイア狩りをしている一族であります」


 狼系の獣人には、ヴァンパイアの吸血や魅了が効かない。

 だからヴァンパイア狩りを生業とするものは少なくないと聞いたことはある。


 もしかしたら、シアは狼系の獣人なのかもしれない。


「ヴァンパイア集団との戦闘になって……。あと一匹まで追い詰めたのでありますが……」

「すごいじゃないか」

「族長だった父が、その戦いの中で重傷を負い、……よりにもよってロードに逃げられてしまったであります」

「それは大変だな」

「ヴァンパイアを逃がしたのは、拭わねばならぬ我が一族の失態。だから、最後の一匹はあたしが倒さないとだめなのであります」

「そうか。だが、俺が先に、そのヴァンパイアロードを倒したらどうなるんだ?」

「それは……困るであります」

「ふむ」


 俺は足を止めてシアに詳しく尋ねる。

 追い詰めて逃げられたというのが、シアの一族にとっては許されないことらしい。

 その失態をぬぐうためには、一族の者が討伐しなければならない。

 そういう掟なのだそうだ。


「だが、この巣に先に来たのは俺だしな。ギルドからのクエも受けてるし」

「それはそうでありますが……」

「協力して倒すというのはどうだ? それとも、独力で何とかしないと駄目なのか?」

「協力していただいても、汚名はそそげるであります」

「それならよかった」


 俺は安心して奥へと進む。

 シアはちょこちょこ小走りで追ってくる。歩くたびに太めの尻尾が揺れる。


「あたしは事情があるから退けないでありますが……ロックさんは逃げたほうがいいであります」

「退く理由がない。俺はヴァンパイアロードは怖くないからな」

「なんという……」


 シアは感心しているようだ。


「少し急ぐか。夜になるとヴァンパイアは活発になる」

「そうでありますな」


 俺は奥に向かって走りだす。

 追ってくるシアに、魔神王の剣を差し出した。


「これは?」

「その剣では不安だろう。これを貸しておこう」

「それではロックさんが……」

「俺は素手でも強い」


 そう言って、無理矢理気味に魔神王の剣をシアに渡した。


「……感謝するであります」

「気にするな」


 走っていると、3匹のゴブリンと出会った。


「GRA……」


 俺は足を止めない。

 横を駆け抜けながら、一匹の顔めがけてこぶしを振りぬく。

 ゴブリンは壁まで吹っ飛んで動かなくなった。


「G……」


 残った二匹のゴブリンが顔を引きつらせた。

 そこを蹴りぬく。もう一匹の首の骨が砕けて地面に転がる。


 最後の一匹は全速力で逃げ出した。

 だが、俺の方が足が速い。追い抜きざまに蹴り飛ばす。

 ごろごろ転がって動かなくなった。


「ほ、ほんとに素手でも強いでありますね」

「だろ?」


 本職は魔導士だ。だが仮にもSランクまで上り詰めた身だ。

 身体能力が低いわけがない、と思う。


 俺はエリックたちに戦線維持をしてもらい、後方から魔法を放つタイプだった。

 エリックもゴランも、それはもう尋常じゃない凄腕だ。

 俺の方まで、敵が撃ち漏らされて届くことなど皆無だったのだ。


 だが、10年間ソロで、魔神を相手に戦ったおかげで、体術は鍛えられた。

 魔神の猛攻をかわし、しのぎながら、強力な魔法を撃ち込まなければならなかった。


 それに比べれば、ゴブリンごとき、素手でなんとでもなる。


 その後も数匹のゴブリンを蹴散らしながら、最奥へと走った。


 あっという間に最奥に到着する。

 そこには背の高いイケメンなヴァンパイアが不機嫌そうな表情で立っていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?