俺が剣に手をかけると同時に、ゴブリンロードは吠えた。
「GAAAAA」
ゴブリンロードは少女から、俺へと警戒対象を移す。
さすがはゴブリンとはいえ、
判断が素早い。
「今のうちに逃げてもいいぞ」
「足手まといなのです! お前の方が逃げるのです」
少女は強がった。
俺は魔神王の剣を抜くと同時に、大上段にとびかかる。
「GA……」
ゴブリンロードは鋼鉄のこん棒で俺の斬撃を防ごうとした。
「武器比べでもしてみようぜ!」
こちとら正当なる純粋戦士ではないのだ。技術など知ったことではない。
こん棒のうえから、力任せに剣をたたきつける。
鋼鉄のこん棒に大きな傷が入った。
どうやら魔神王の剣の方が、鋼鉄のこん棒より強いらしい。
「GA!」
ゴブリンロードは斬撃の重さに耐えきれず体勢を崩す。
そこに俺は横なぎの斬撃を繰り出した。振り回しすぎたせいで坑道の岩壁に大剣が当たる。
構うものか。
——ガガガガガガガガガ
岩の壁ごと切り裂いて、ゴブリンロードへと迫る。
「G……」
ゴブリンロードが一瞬、怯えの表情を浮かべた。
——ガキィィィン…………
鋼鉄のこん棒ごとゴブリンロードの胴体を切り裂いた。
胴の中ほどで二つに分かれたゴブリンロードは、それでもまだ生きている。
「g……」
呻きながら、両手の平をこちらに向けて、命乞いをしている。
だが、ゴブリンを生かしておく理由はない。
俺は容赦なく、魔神王の剣をゴブリンロードの首に突き立てる。
ゴブリンロードはすぐに動かなくなった。
そうしてから俺は少女へと尋ねる。
「怪我してないか?」
「お前は……いや、あなたは一体何者でありますか?」
そう言ってから少女はハっとした表情になる。
「失礼をしたであります。あたしの名はシアでありますよ。危ないところを助けていただいてありがとうございます」
深々と礼をする。礼儀正しい少女だったようだ。
名を尋ねるときはまず自分から。その基本を思い出したのだろう。
さっきまで助けはいらないとか、足手まといだなどと言っていた少女とは思えない。
恐らくそれらの言葉は、俺が気兼ねなく逃げられるよう言っていたのだろう。
シアの立場なら、それもよくわかる。
ゴブリン退治に来て、哀れにもゴブリンロードに遭遇したFランク冒険者。
シアが俺たちをそう判断してもおかしくない。
そして、それは当たっている。
ギルドの公式の記録では、俺たちはFランク三人の冒険者パーティーなのだ。
「ロックと呼ばれている。Fランク冒険者だ」
「それは嘘であります」
シアは信じていないようだ。だから俺はどや顔で冒険者カードを見せつけた。
「ほ、ほんとにFランクであります……」
「だろー?」
「なぜ、Fランクであることを誇らしげにするでありますか……」
シアに呆れられてしまった。
話を聞くと、シアはBランク冒険者らしい。
Bランクは一流冒険者のランクだ。若いのに大したものだ。
「Fランクでその強さは異常なのでありますよ」
「まあ、色々あってな」
「そうでありましたか」
シアは深くは聞いてこない。
冒険者などという稼業につ就いている者には色々と秘密があること事が多い。
だから、詳しいことは聞かないのがマナーなのだ。
その時、後ろから声をかけられた。
「……ロック。大丈夫か?」
「申し訳ありません。俺たちだけ逃げてしまって」
アリオとジョッシュだ。逃げた後、一向に来ない俺が心配になって戻ってきたのだろう。
「気にするな。逃げろと言ったのは俺だ」
「だが……」
「本当にすみません」
アリオたちと俺が話している間、シアはゴブリンロードの死骸を調べていた。
そんなシアに向けてアリオが頭を下げる。
「あんたもありがとう」
「気にするなでありますよ」
シアも笑顔で応じる。
そんなシアに聞かねばならないことがある。
「ゴブリンロードと戦っていた時、雑魚が邪魔するな! みたいなことを言っていたけど」
「そうでありましたか?」
「確かに言っていたぞ。ゴブリンロードが雑魚ってことは、奥にさらに強いのがいるってことか?」
「……」
シアは黙り込んだ。
言いたくないことがあるのかもしれない。
「ま、言いたくないならそれでもいいさ」
放置はできない。ゴブリンはおおむね倒した。
だが、より強い魔物が奥にいるのなら、近くの村に安寧は訪れない。
討伐しておくべきだ。
俺はアリオたちに向けて言う。
「すまないが、ここで待っていてくれないか? ちょっと奥を見てくる」
「いや、ロック。なにを言っているんだ。危なすぎるだろう」
「そうですよ。ゴブリンロードより強いのがいるのかもしれないのでしょう?」
アリオたちは慌てる。
落ち着かせるために、俺は冷静に諭すように言う。
「この前も言ったが。俺はあまり若くなくてな。アリオやジョッシュよりだいぶ年上なんだ」
「それは聞いたが……って、いや、それがどうしたんだ?」
「うむ。長い間、ゴブリンよりずっと強い奴らと戦っていたんだ。戦士として冒険者登録したのは先日だが、戦闘経験自体はかなりあるんだよ」
俺がそういうと、アリオたちは何度もうなずく。
「どうりで……」
「確かに新人の動きじゃないと思いました」
「剣もやけに立派だしな。新人らしくないとは感じていた」
アリオたちは新人なのに、詮索しないという冒険者のマナーを守ったようだ。
優秀なFランクだと思う。
「だから、結構強いから安心してくれ。やばそうなら逃げる。こう見えて逃げ足も速いんだ」
そういって、アリオたちを説得してから、俺は奥へと歩き出した。
「ロックさん、待って欲しいでありますよ」
「言っておくが、いくらBランクでも剣がないなら足手まといだぞ?」
「うぐぐ」
シアは悔しそうにする。
そんなシアにジョッシュが言う。
「これを使いますか?」
「これ……いいでありますか?」
「はい、俺は弓使いですから」
ジョッシュが差し出したのは、ただのブロードソードだ。
道中で倒したゴブリンが持っていたものだ。あまり品質は良くない。
「剣さえあれば、足手まといにはならないであります!」
「まあ、いっか」
俺とシアは奥へと歩いて行った。