俺は自室に戻って眠りについた。
朝になり、執事に起こされて、食堂へと向かう。
ゴランはいなかった。
「ゴランはどうしました?」
「ゴランさまは日の出前に出勤なさいました」
「そうでしたか」
ヴァンパイアロードの件について、動き出してくれたのだろう。
仕事が早くて助かる。
執事が出してくれた朝食を美味しく食べていると、セルリスがやってきた。
冒険者になりたいらしい、ゴランの娘は今日も不機嫌そうだ。
俺の顔を睨みつけていた。怖い。
そんなセルリスに執事が声をかける。
「セルリスさま。パンはどれほど……」
「3つ、お願いします」
「かしこまりました」
朝から結構食べるようだ。育ち盛りなのだろう。
それはいいのだが、セルリスはじっと射貫くような視線を俺に向けつづけている。
「あの、俺の顔になにか?」
「あなた、パパとどんな関係なの?」
セルリスはゴランのことをパパと呼んでいるらしい。
意外と可愛らしい一面がある。
「そうだな。古い仲間と言ったところか」
俺の答えはセルリスを納得させるものではなかったらしい。
さらに眼光が鋭くなった。
「……あなた」
「なんだ?」
「本当はパパの子供なんでしょう?」
「ぶほっ!」
思わず飲んでいたミルクを吹き出してしまった。
とんでもない誤解である。
いくら謎の効果で、若くみえるとはいえ、ゴランの子供には見えないはずだ。
俺もゴランも40歳だ。
だが、俺は次元の狭間にいた10年歳をとらず、さらに若返っているらしい。
もしかしたら、25歳ほどに見えるのかもしれない。
25歳なら、ゴランが15歳の時の子供になる。あり得ない。
いや、15歳なら子供がいることも、あるかもしれない。
俺はテーブルにこぼれたミルクを拭きながら冷静に告げる。
「いや、まったくもって違うぞ」
「嘘ね」
「嘘じゃないって」
「あなたを連れてきたときの、パパの喜びようと言ったらなかったわ」
「そうだったのか」
俺はこの屋敷に来てから1週間ほど寝ていた。
その間の出来事に違いない。
「パパは、ものすごくあなたのこと心配しているし」
「久しぶりに帰ってきたから、心配していただけでは?」
セルリスは首を振る。
「娘の私が無断で一週間家を空けても特に何も言わないのに……。異常だわ」
そういわれたら、返す言葉もない。
俺もゴランのことを「お前は俺のおかあさんか!」と突っ込みたくなったのだ。
娘の立場から見たら怪しいと思うのかもしれない。
だが、ゴランの名誉を守るためにも、はっきりと真実を伝えなければならないだろう。
「10年ほど、遠くで戦っていたからな。心配なんだろう」
「訳が分からないわ」
「……そう、だよね」
改めて客観的に考えてみたら、確かに訳が分からないかもしれない。
そのとき、執事がセルリスの朝食を運んできた。
「ありがとう」
セルリスはお礼を言えるいい子のようだ。
朝ごはんをばくばく食べながらセルリスは言う。
「ママが出張しているのを、これ幸いと家に連れ込んだんだわ」
「それは誤解だぞ」
「パパのこと、そんなことしないって信じてたのに」
バクバク食べながら、目に涙を浮かべていた。
ゴランは娘がしばらく口をきいてくれないと嘆いていた。
きっと、その理由は、ここにあったのかもしれない。
冒険者になるのを反対されたからではなかったのだ。
セルリスは、母親が外国に長期出張に出て寂しかったのだろう。
そこに、父親がわけのわからない奴を屋敷に連れ込んだ。
異常に喜んだり、心配している姿を見て、隠し子を連れ込んだと思い込んだに違いない。
そんなセルリスに、執事が落ち着いた口調で言う。
「セルリスさま。ゴランさまはそのようなことをなさる方ではございません」
「あなたに嘘をつかせるなんて、パパは反省しなくてはいけないわ」
「いえ、私は嘘をついておりません」
執事がゴランをかばうが、セルリスは納得しない。
本当にゴランが隠し子を連れ込んだ場合でも、執事はかばうのだ。
執事がゴランをかばって嘘をついていると、セルリスが考えてもおかしくない。
セルリスは浮かべていた涙をぬぐうと、俺を見る。
「あなたは、わたしのお兄さまなの?」
「違うぞ」
「そう、つまりは弟なのね」
「ぶほぉ」
また飲んでいたミルクを吹いてしまった。
ものすごい論理の飛躍である。驚かされる。
「お姉ちゃんって呼んでいいわよ」
セルリスはそんなことを言う。あまりのことに困惑する。
だが、冷静さを失ってはよくない。俺はテーブルを静かに拭きながら指摘する。
「それは、さすがに無理があるのでは?」
「そうかしら」
いくら若く見えるとはいえ、四十歳のおっさんを捕まえて、弟扱いとはどんびきである。
このままでは、とてもまずいと思う。
信じてもらえないので、俺は冒険者カードを見せることにした。
「俺の冒険者カード見てみ」
「……Fランク冒険者、戦士のロック」
「そうだぞ、名字がモートンだったりしないだろ?」
俺は冒険者カードの名字を隠ぺいしている。だが普通は名字を隠ぺいなどしない。
冒険者カードに名字が書かれていなければ、名字がないと考えるのが普通なのだ。
「パパはあなたを認知していないってことね?」
「……いや、そういうことではないぞ?」
「悪いのはパパであって、あなたには罪はないものね。お姉ちゃんが認知するように言ってあげるわ」
「いやいやいや」
「ママが反対するって思っているのね? うーん。もしかしたら怒るかもしれないけど。お姉ちゃんに任せて。ママも説得して見せるから」
「そうじゃなくって」
「苦労してきたのでしょう。これからはお姉ちゃんに甘えていいのよ?」
セルリスは正義感が強いようだ。
褒めるべき美徳かもしれないが、この場合はとても迷惑である。
そして、弟が欲しかったのかもしれない。お姉ちゃんになり切って暴走している。
「いやいやいやいや! 落ち着いて聞いてくれ。俺は本当にゴランの子供じゃないんだって」
「パパに迷惑をかけるかもって心配しているのね。でも、少しぐらい迷惑をかけたほうがいいわ」
俺は説得することをあきらめた。冒険者カードの隠ぺいを解除する。
隠ぺい魔法はかけるのも解除するのも、とても難しい魔法だ。
だが、俺にとっては簡単である。
俺はセルリスの目を見る。
「な、なによ」
「秘密を守れるか?」
「相談かしら? お姉ちゃんはしっかりと秘密を守るわ」
完全に俺のことを弟だと思っている。本当にまずい。
ここまで思い込みが激しいとは。ゴランもそういうところがあった気がする。
親子だから似ているのだろう。
このままでは、モートン家、崩壊の危機である。
俺の身分は友の家庭を破壊してまで隠すようなものではない。
「じゃあ、これを見てくれ」
冒険者カードを見せた。セルリスが固まる。
今は隠ぺいを全解除してある。
長くて恥ずかしい、例の職業も書いてある。
大賢者にして、我々の救世主、偉大なる最高魔導士Sランクというやつだ。
名前の欄にラック・ロック・フランゼン大公と書かれているのも見えている。
「ど、どういうことなの?」
「そういうことだぞ」
「どういうこと……?」
「そういうこと」
セルリスは二度尋ねてきた。混乱しているのだろう。
俺は混乱が収まるのを少し待つ。
「ということで、俺はゴランの子供ではないってことだ」
「……そうだったのね」
やっとセルリスは納得してくれたようだった。