しばらくセルリスは固まっていた。
英雄ラックが生存していたことに驚いてるのかもしれない。
セルリスが固まっている間、俺はすることがないので、朝ごはんを食べる。
混乱から立ち直るまで、時間を与えたほうがいいだろう。
「うまい」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
執事にお礼を言われた。
「これほど美味しいご飯をごちそうになって……私のほうこそなんとお礼をいえばよいのか」
「もったいないことでございます」
焼きたてのパンも美味しい。
オムレツの焼き加減も絶妙だ。中にとろりと入ったチーズも大変うまい。
朝ごはんを食べながら、執事に尋ねる。
「あの、執事さんは俺の正体知っていました?」
「存じ上げておりませんでした」
ゴランは執事にも言ってなかったようだ。
「一応、秘密なので……」
「もとより、職務上知りえた情報を、執事が口外することはございません」
執事は真剣な表情でそう言った。執事の矜持があるのだろう。
もしかしたら、必要のない口止めをしたことで、その矜持を傷つけたかもしれない。
謝っておくべきだろう。
「それは失礼いたしました。ご配慮ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず」
「これからもロックと呼んでください。一応ミドルネームはロックなので……」
「承知いたしました」
そんなことを話していると、セルリスが混乱からやっと立ち直る。
「そんな、英雄ラックが私の弟だったなんて……」
「……ん?」
なにやらセルリスは混乱から立ち直っていなかったようだ。
「確かにパパが英雄ラックについて語るとき、目が潤んでいたもの。あれは息子を思う親の目だったのね」
「どうしてそうなる」
計算が色々とあわない。混乱しすぎだ。
「そういわれてみれば、英雄ラックの像も、パパにどこか似ている気がするわ」
「いや、それは似てないだろ」
英雄ラックの像は、線の細い美少年と言った感じだ。
一方、ゴランは、熊のようにごつい。
「あのな。セルリス」
「ラック。きちんとお姉ちゃんって呼びなさい」
早速、お姉さん風を吹かせ始めた。
「あのな。お姉ちゃん」
「なあに?」
「よく考えてみるんだぞ。英雄ラックが次元の狭間に残ったときお姉ちゃんはまだ5歳だっただろ?」
「そうね」
「いくら英雄ラックでも、幼児が一人で次元の狭間で戦うとか無理だろ」
「そういえば、そうよね……。どうやったの?」
「つまり弟じゃないってことだ」
俺がそういうと、セルリスは真剣な顔で考え込んだ。
そして首をかしげながら言う。
「……お兄さまってこと?」
「ちがぁう!」
「だって、弟じゃないなら、お兄さまでしょ? お兄さまなら10年前に幼児じゃなかったかもだし」
「まず、俺がゴランの息子ってところから離れよう。な?」
それから、俺はセルリスに事態を把握させるのに、数十分かけた。
思い込みが激しくて困る。ゴランの血筋だろう。
やっと納得したセルリスが、冷めてしまったパンを口にしながら言う。
「ロックさんは、英雄ラックさんでしたか……」
「一応、俺が英雄ラックってのは秘密だからな」
「わかっています」
それから、セルリスは黙々と朝ごはんを食べた。
一応、俺は言っておく。
「ゴランにも謝っとけよ?」
「でも……あれはパパが……怪しいことをするのが悪いんです」
「誤解して、あらぬ疑いをかけたのは事実だろ」
「そうですけど……」
「昨日、ゴラン悲しそうだったなー」
「…………そんなに?」
「泣きそうだったぞ」
「……そうだったのね」
少し大げさに言っておいた。
セルリスはすごく反省しているように見えた。
俺は言うべきことは言ったと思う。
あとは親子の問題だ。ゴランとセルリスに任せるべきだろう。
「ま。俺はどっちでも、いいけどな」
一応そんなことを言っておいた。
セルリスは心優しい子っぽいので、たぶん大丈夫だろう。
しばらくたって、冷めた朝食をすべて食べ終わったころ。
セルリスに呼びかけられた。
「……ラックさん」
「ロックと呼んでくれ」
「わかりました。ロックさんはどうやって次元の狭間を生き延びたのですか?」
セルリスの目は輝いていた。
きっとゴランが俺の英雄譚を誇張して聞かせまくったりしたのだろう。
とても困る。
それに、先ほどと口調が違う。丁寧で堅苦しくなった。
「それを話すのはまったくもって構わないのだが……その口調なんとかならんか?」
「なにか失礼を……?」
「いや、そうじゃなくて、丁寧すぎるだろ。もっとフランクでいいぞ」
「そういうわけにはいきません」
「俺のことは親戚のおじさんぐらいに思ってくれればいい」
「ですが……」
「一応身分も隠しているしな……」
俺は大公位にまつわる面倒などをすこし大げさに解説する。
大公だとばれたら、暗殺されかねないというのを、あえて強調しておいた。
セルリスは真剣な表情で聞いていた。
「わかったわ。あえていつも通りに話すわね」
「頼む」
「それで、さっきの話なのだけど」
「どうやって次元の狭間を10年生き延びたかだっけか?」
「そう。パパが言うにはものすごく強い魔神がたくさんいたんでしょ? 普通に考えたら助からないわ」
「そうだなー」
俺は簡単に経緯を説明する。
セルリスは目を輝かせて聞いていた。
「ドレインタッチ……」
「ああ、かなり有効だったな」
「私にも使えないかしら」
「セルリスは戦士だろ? ドレインタッチは魔神ぐらいしか使えない高度な魔法だし、難しいんじゃないか?」
「そうなのね。残念だわ」
セルリスは心底、残念そうにする。
その後、セルリスの興味は俺の剣に移ったようだ。
「それが魔神王の剣なの?」
「そうだぞ、持ってみるか?」
「いいの?」
「あげられないが、持ってみるぐらいならいいぞ」
「ありがとう!」
俺が魔神王の剣を渡すとセルリスは鞘から抜いて、素振りを始めた。
剣速も申し分ないし、型もきれいだ。ゴランの言う通り、なかなか筋がいいらしい。
セルリスは心底楽しそうに振っている。喜んでもらえてよかった。
「大きいのに、随分と軽いわね」
「材質がいいのかもな」
「切れ味はどうなのかしら」
「ものすごくいいぞ」
俺はゴブリンロード戦で坑道の壁ごと切り裂いた話をする。
セルリスは「ふわあ」と言って驚いていた。
しばらく素振りをした後、セルリスは満足したのか剣を返してくる。
「セルリスは純戦士なのか?」
「そうよ? パパと同じ」
「そうか、ゴランも戦士一筋だったな」
「ロックさん。どうやったらパパみたいに強くなれると思う?」
「難しいことを聞くものだな」
ゴランはSランク冒険者。
通常の努力では到達できない領域にいる戦士だ。
「ゴランに追いつくのはきついぞ。尋常じゃなく強いからな」
「わかっているわ」
「人並外れた才能に加えて、血のにじむような研鑽が必要だ」
「才能はパパよりないかもしれないけど……。だからこそ、パパより努力しないといけないと思う」
セルリスは頑張り屋さんのようだ。努力する若者を応援したい気持ちはある。
だが、俺にはゴランと同じ道を、セルリスに勧めることはできない。
「いいか。ゴランの研鑽は死線を何度も潜り抜けるといった類のものだ」
「…………」
セルリスは真剣な顔で黙って聞いている。
「ゴランと同じ道を選んだ大半の、いや、ほぼ全ての冒険者は、ゴランほど強くなる前に命を落とす」
「……」
「ゴランもエリックも。そして俺も。才能と研鑽に加えて、並外れた幸運に恵まれたというのが大きい」
「ロックさんも幸運だったんですか?」
「そうだぞ。確率的にはサイコロの6の目を何度も連続で出さなければ死ぬ。そんな局面が何回もあった」
不運に見舞われたら、冒険者は簡単に死ぬ。
アリオたちも、俺と一緒でなければ前回のクエで確実に死んでいただろう。
アリオたちだけではない。Bランクまで昇格したシアも同様だ。
たとえBランクであっても、ゴブリンロードとヴァンパイアロードを倒すのは難しい。
「身の丈に合ったクエストを選んで、少しずつ成長するのが結果的に一番早い。ゴランみたいになるにはそうしたほうがいい」
俺の言葉は嘘だ。
身の丈に合ったクエだけ受けていても、死ぬときは死ぬ。
前回のゴブリン退治クエのように、ギルドが見誤ることもあるのだ。
それに身の丈に合ったクエをこなしているだけでは、ゴランには絶対に追い付けない。
セルリスは、俺の言葉を聞いて真剣に考えてくれているようだ。
「ロックさん、お願いがあるのだけど」
セルリスはおずおずといった感じだ。
「なんだ?」
「私とパーティーを組んでほしいのだけど、駄目かしら」
とても面倒なことを頼まれてしまった。