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21 謎の魔獣の影

 俺たちは王都を出て、目的地に向かう。

 依頼元は二時間ほど歩いたところにある比較的大きな村である。


 道中、セルリスが笑顔で言った。


「王都に近いというのに、魔獣が出るとは物騒ね」

「都会近くにでる魔獣はそれほど強くないのが普通だが」

「Eランク相当ものね。きっと弱い魔獣ばかりだと思うわ」


 セルリスはずっと機嫌がいい。

 冒険が好きなのだろう。


 道中、セルリスは、俺たちの昔の話を聞きたがった。

 せっかくなので、俺はゴランのかっこいい話をしておいた。


 昔話をしていたらあっという間に村につく。

 村人に尋ねて依頼主である村長の家へと案内してもらう。


 セルリスが村長に冒険者カードを見せると、村長はたちまち笑顔になった。

 長らく依頼を引き受けてくれる冒険者がいなかったから嬉しいのだろう。


「よくぞ、おいでくださいました」

「いえいえ。困った人を助けるのが冒険者ですからね。魔獣にお困りと聞いたのですが」


 交渉は基本セルリスに任せるつもりだ。困ったときだけ、手助けすればいい。


 どうやら、セルリスは初めての冒険の割に交渉が得意なようだ。

 人当たりもよく、礼儀正しい。おかげで、相手に好印象を与えている。

 それだけで半分成功していると言っていい。


「それがですね……」


 村長は困ったような表情をする。


「はっきりしないのです」

「といいますと?」

「被害は確かにあるのです。目撃者もいます。ですが、目撃証言がバラバラなのです」

「具体的にはどのようなものがあるのかしら?」

「はい。まずは……」


 村長は最初の目撃証言を教えてくれた。


 最初の証言者は羊飼いだ。

 巨大な狼が出たという。首が三つあり口から炎を吐いたのだという。


 それを聞いてセルリスがつぶやく。


「……ケルベロス」

「ケルベ……? それは強いのですか?」

「はい。とても」

「そうなのですか。恐ろしい」

「そのケルベロスによる被害はどのような?」

「羊を一匹盗まれたとのことです」

「それだけですか?」


 セルリスの言葉に、村長は顔をしかめる。


「それだけとは心外です。羊がどれだけ大切な財産かわかっていただけないのですか?」

「失言でした。申し訳ありません」


 セルリスは素直に謝る。

 先輩冒険者としてフォローしておこう。


「ケルベロスはとても恐ろしい魔獣です。羊の群れが全滅してもおかしくありませんでした。だからそれだけと言ってしまったのです」

「そうでしたか。幸運だったのですね」


 俺の言葉で、村長は少し青くなる。


「ケルベロスの目撃された場所はどのあたりかしら?」


 セルリスは地図を開いて尋ねている。


「それはこの辺りで」

「なるほど……」


 セルリスと村長は敵がケルベロスだと想定して話しはじめた。

 これは問題である。

 目撃証言はバラバラなのだ。他の証言がどのようなものか聞かなければならない。


 俺は村長に尋ねる。


「村長。他の証言はどのようなものが?」

「あ、はい。次の目撃者は村の狩人なのですが」

「ほうほう?」

「首が三本ある——」


 セルリスがうなずく。


「やはりケルベロス——」

「大きな蛇です」

「……じゃないわね」


 村長は困惑する。


「ケルベロスではないのですか?」

「蛇ならケルベロスではないわね……」

「そうなのですか……」


 首が三本は共通だが、蛇と狼ではまったく違う。

 狼ならケルベロスかもしれないが、蛇ならヒドラかもしれない。


「村長、他にはどのような目撃証言が?」

「そうですね……」


 村長の教えてくれた目撃情報はどれも恐ろしげなものばかりだった。

 一つ目の大きな巨人。まるでサイクロプスだ。

 尻尾は蛇で、頭はライオン、胴体は山羊。まるでキマイラだ。

 そして、巨大な竜。


 聞いていたセルリスがうめくようにつぶやいた。


「なんという恐ろしい魔物たち……」

「はい、それはもう恐ろしいのですよ」


 村長も怖がっているようだ。


「被害はどのようなものが?」


 俺が尋ねると、村長は被害も教えてくれる。

 だが、被害は大したことがなかった。

 最大の被害は最初の羊である。

 他の被害は集めていた山菜を盗まれた、釣った魚をとられたなどだ。

 驚かされただけというのすらある。


「どういうことなの?」


 セルリスがそんなことを言いながら、こちらを見てくる。


 俺はそれを無視して、村長に目撃された場所を地図に書き込むようお願いした。

 目撃された場所は、村の西側ばかりだった。


「なるほど。いい情報です」

「ほかには何かお聞きになりたいことはございますか?」

「充分です。ありがとうございます」

「ど、どういうことなの?」


 聞いてくるセルリスを適当にあしらって、村長の家から出る。

 村長の前で憶測を多分に含む分析を披露するのは、ためらわれたのだ。


「ロックさん、どういうことなの?」

「えっとだな」


 家の外に出てから、セルリスに向けて解説する。


「魔獣の種類はまだわからん。だが幻術の類だろうな」

「幻術?」

「そうだ。そして、魔獣自体はあまり強くないと思う」

「どうしてそう思うの?」

「強かったら村人相手に幻術を使う必要はないからな」

「……なるほどなるほど」


 納得している様子のセルリスに地図を見せる。


「で、おそらくはこの中心にいる」

「そうなの?」

「みせてくる幻術が恐ろしすぎる。人を遠ざけたいってことだろう。ならその中心が怪しい」

「なるほど。そういうものなのね」


 村長をはじめ、村人は怖がっている。だから依頼がギルドに出されたのだ。

 だが、証言がバラバラ。被害も少ない。


 本当にケルベロスなどの討伐クエストならAランク相当だ。

 被害額だけならば、Fランク相当。

 ギルドとしては危険度算定に困ったことだろう。

 そして、本当にAランク相当魔獣たちが群れているわけがないと判断したのだ。

 Eランククエストになったのは、ギルド職員が悩んだ末の結果に違いない。


「とりあえず、西の方に向かいましょう!」


 セルリスは元気に歩いて行った。

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