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22 幻術使い

 目的地に向かいながら、セルリスが聞いてきた。


「ロックさん。幻術を使う魔物って何がいるかしら?」

「さあな。あまり聞いたことないな」

「ヌエとかかしら?」

「ヌエは伝説上の魔獣だからなー。実在するのかどうか」

「そうなの?」


 セルリスは首をかしげる。

 ヌエは昔話の中に出てくる魔獣である。

 雷を操り、怪しげな幻術で王都の民を怯えさせたのだという。

 数百年前の勇者の伝説の一部である。


「顔が猿とか猫とか、胴体が虎とかタヌキとかニワトリとか。伝承からして謎すぎる」

「ということは、本当にヌエがいたら、生け捕りにして研究所に送れば……」

「喜ばれるかもな」

「ようし!」


 セルリスは張り切っている。だが俺はヌエではないと思う。

 ヌエよりもまだ、人間の幻術士の方が可能性があるだろう。


「ギルドもヌエかもしれないよって、クエスト票に書いたらよいのに」

「ギルドはヌエじゃないって思ってるんだろうさ」

「そうなのかしら」


 ヌエの存在を疑うよりも、依頼者の混乱と判断するだろう。

 まともなギルド職員ならそうする。


「そろそろ、最初の目撃証言があったところね」

「そうだな」

「出てくるかしら」


 セルリスはワクワクしている。緊張感がないのが少し気になる。

 一応、注意しておこう。


「緊張感ないな? 大丈夫か」

「大丈夫よ。気合は入っているから」

「そうか、ならいい」


 さらにしばらく進むと、

「GOAAAAAAAAAAAA!!」

 巨大な咆哮が響いた。

 そして、どこからともなく、大きな竜が姿を現した。

 大きさ的にはエルダードラゴンといったところだろう。


「で、でたわね!」


 セルリスは剣を構える。

 俺は冷静に観察する。本物の竜特有の威圧感が感じられない。

 幻術だ。だが、見事な幻術だと思う。

 威圧感以外は完璧である。


 セルリスのひざが少し震えていた。幻術だということを忘れていそうだ。


「セルリス。好きにやれ」

「了解したわ!」


 セルリスは突っ込んでいく。

 Bランク相当というのは伊達ではない。かなりの速さだ。剣筋も鋭い。


 竜は尻尾を大きく振るう。セルリスは横に飛んでかわした。

 次に竜の爪。鋭い一撃がセルリスを襲う。


「なにを!」


 セルリスは剣で爪を受け止める。見事な反応だ。

 一撃、二撃、三撃。セルリスは巧みに受けるが、徐々に体勢を崩されていく。

 そこに、再度尻尾の一撃。セルリスは宙に飛んでかわすしかなかった。

 セルリスの動きを読んでいたかのように、竜の火炎ブレスが襲い掛かる。

 避けようにも空中だ。セルリスには避けるすべがない。


「ぐああああ」


 セルリスはブレスを食らって、地面に倒れる。

 苦しみながらゴロゴロと転がっていた。

 ダメージを受けたと脳が誤認識しているのだ。


 素晴らしく精度の高い幻術である。


「見事だ」


 俺は近くで見ているであろう術者に聞こえるよう、大き目の声で言う。

 そして、竜に向かって突っ込む。

 竜は再び吠えた。


「GRAAAA」

 襲いかかってくる竜の尻尾を右手でかき消す。爪もかき消し、牙もかき消した。

 幻術は魔法で構成されているので、ドレインタッチでかき消せる。

 だが、尻尾も爪も牙も、すぐに再生する。

 コア部分をどうにかしなければ、幻術自体は消えないのだ。


 俺は一気に接近すると、竜の額に手を置いた。ドレインタッチを発動させる。

 額がコア部分だと見抜いたのだ。

 一気に幻術を構成する魔力を吸い取る。一瞬で竜の幻全体が消え去った。


 同時に幻術のラーニングが完了する。

 ちょっとした幻術めいたことなら今まででもできた。

 だが、これほど精度の高い、実体を感じさせるほどの幻術は習得していなかったのだ。

 使えたら、色々便利になると思う。


 そうしてから、まだ転がっているセルリスに言う。


「いつまで転がってるんだ。幻術だぞ」

「ぐあああああ……ぁ? ほんとだ。痛くないわ」

「幻術と、まともに戦ったら負けるぞ?」

「そういうことは早めに言って欲しいわ」

「体で覚えないと、すぐ忘れるからな」

「そういわれたら、そうかもだけど」


 すこしセルリスは不満げだ。


「セルリス。幻術は初めてか?」

「うん。そうね」

「実際に食らったかのように痛かっただろう?」

「痛かったわ。幻術って恐ろしいのね」

「普通の幻術は、そこまで痛くないぞ。術者が優れていたのだろう」


 セルリスが首をかしげながら言う。


「ロックさん。幻術とまともに戦うなって言ってたけど……どうすればいいの?」

「術者を見つけて倒せ。それができなければ、逃げたらいいぞ」

「逃げるって、悔しいわ」

「負けるよりはいいだろ」

「そうかもしれないけど……」


 俺はセルリスに怪我がないことを確認してから、周囲に向けて呼びかける。


「幻術使いよ。あなたの目的はわからないが、とりあえず話し合ってみないか?」


 反応はない。警戒しているのかもしれない。

 俺の呼びかけを聞いて、セルリスが驚いたような顔になる。


「魔獣じゃないの?」

「魔獣なら、これほど見事な幻術はつかえないぞ」

「そ、そうなのね?」


 それからまた、俺は呼びかける。


「話し合いが決裂したとしても、日が暮れるまでは手を出さないと誓おう」


 そう言って、俺は魔神王の剣を遠くに放り投げた。


「も、もったいないわ!」

「後で拾う」

「それならいいのだけど」


 さらに呼びかける。


「あなたによる被害が少ないことは知っている。なにか隠したいものがあるのだろう?」

「…………」

「こちらも冒険者ギルドからのクエストを受注してきている。出てこなければ、問答無用で隠しているものが何かを調べに行くしかないぞ」


 そう俺が言ってからしばらくたって、かなり遠くの空気がわずかにゆがんだ。

 まるで、そこだけ空気ではなく、水面になっているかのような違和感がある。

 光の屈折を操り、姿を隠していたのだろう。


 距離があるとはいえ、今まで俺に居場所をつかませなかったのだ。

 おそらく気配遮断の魔法も使っていたに違いない。

 優れた魔法使いだ。


 しばらくして、少年が姿を現す。セルリスやシアより若そうだ。

 整った顔をしている華奢な少年だ。

 そして、頭に生えている羊のような角が魔族であることを示していた。

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