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79 行方不明人の秘密

 俺の家は王宮に近い。それゆえ、上流貴族の屋敷が多くある。

 その関係上、治安はよい。普段から官憲たちも巡回している。


「この辺りから人が消えるというのは、珍しいよな」

 それも十人もいなくなっている。

 王都全体で十人ならともかく、この地区だけで十人は多すぎる。


「そうでありますね。先月にでた人探し依頼も一応目を通したでありますが……」

「この地区に関係している人はどうだった?」

「はい。ほとんどいない、というより皆無でありました。もっと去年までさかのぼれば一件あったのですが、それもとっくに解決済みであります」


 セルリスが深刻な表情でつぶやく。


「この一か月で急激に増えたということね? 怪しすぎるわ」

「確かにな」


 一か月だけで十人もいなくなったのだ。怪しすぎる。

 この地区について、調べる必要があるだろう。


「で、これが、この辺りの地図でありますが……」


 シアが、この辺りの住宅地図を取り出した。

 俺の家のある地区とその隣接地区が描かれた大きい地図だ。

 一辺がミルカの身長ぐらいある。


「これは、今回のために買ったのか?」

「そうであります」

「かなり詳細な地図だな。高かっただろう。あとで経費を請求してくれ。エリックにまとめて請求する」

「了解であります!」


 地図は高いのだ。住宅街の地図は公的機関が発行したものではない。

 地図職人が書いて販売するのだ。

 当然、その精度によって値段は変わる。シアが買った地図は高い奴だ。


「マスタフォン侯爵家がここ。マルクル伯爵家はここで、フリア子爵家はここであります」

「なるほど。同じ地区ではあるが。そこまで近いわけではないな」

「そうであります。そして、一人いなくなった貴族の家はここと、ここと……」


 シアはいなくなった者たちが奉公していた家に印をつけていく。


「結構ばらばらね。この地区からまんべんなくいなくなっているわ」

「そうであります。奉公人や徒弟がいなくなった貴族の家は全部で八家でありますが、共通点はなさそうでありますよ」

「八家全部、調べるしかないかしら」


 最悪そうするしかないだろう。だが、もう少し絞りたい。

 俺は地図をじっとながめる。なにか法則性などはないものか。


「行方不明になった人たちの住所はどこだ?」

 徒弟は住み込みだが、徒弟以外の奉公人は通いだ。


「行方不明になった人の内訳は、徒弟六名、通いの奉公人は四名でありますよ」

「通いの奉公人の方が少ないのか」

「そうであります。で、奉公人の住所はここと、ここと……」


 シアは通いの奉公人の家に印をつけていった。

 貴族の屋敷の多い地区の隣には、奉公人が多く住む地域があるものだ。

 いなくなった奉公人は、皆そこに住んでいた。

 同じ地区とはいえ、家同士は近くない。地区の中では、ばらばらと言っていいだろう。


「特に共通点がないよな……」

「うーん。ロックさん。おれ思うんだけど」

「どうした? ミルカ」

「うん。この家と、この家は隣同士なのに、片方しか不明の人が出てないんだよな」

「そうだな」

「この家とこの家もだ」

「うん。確かにそうだ」

 ミルカが何を言いたいのかわからず、全員がミルカの顔を見る。


「で、この家とこの家の違い、この家とこの家の違いとか考えてみたんだけど……」

「……あっ」


 ミルカがそこまで言って、やっと俺は気付いた。

 ミルカはもしかしたら天才かもしれない。

 シアやセルリス、ルッチラはまだきょとんとしている。


「わふ?」

 ガルヴもわかっていないようだ。首を傾げていた。


「ここ」

 だが、ゲルベルガは理解している、ように見える。

 ミルカを「お前賢いな?」といいたげな目で見つめていた。


「ロックさんも気付いたかい? この屋敷を出た奉公人は、家に帰るために、みんなこの通りを通る」

 そう言って、ミルカは一本の通りを指さした。


「ふむふむ?」

 セルリスは真剣な表情で、ミルカの説明を聞いている。


「で、この屋敷はここを通って、やっぱりこの通りを通るんだ。で、この屋敷の奉公人も……」

「徒弟がいなくなった屋敷の場合は?」

「徒弟の外出なんだから、きっとおつかいだと思うんだ」

「そうね。そういう外出が多いでしょうね」

「それなら、こっちのお店とかある地区に行くから、やっぱりこの通りを通るだろう?」

「ミルカ、すごいわ!」

 セルリスに称賛されて、ミルカは顔が真っ赤になった。

 わしわしと後頭部をかいている。


「そ、そんな、大したことないぜ!」

「……少し待つであります」

 照れるミルカに冷静な口調でシアが言う。


「シアねーさん、どうしたんだい?」

「確かに鋭い指摘でありましたが、この屋敷やこの屋敷を出たものも、その通りを通るでありますよ」


 シアは行方不明者が出ていない屋敷を指さした。

 そして、行方不明者がでた屋敷の中で、ミルカが指摘しなかった屋敷を指さす。


「それにこの屋敷の入り口はここであります。それなら、その通りより、こっちの通りを使うと思うでありますよ」

「ああ、そのことかい? それならこの家の通用口はこっちだろう? この家の通用口もここ。だから、例の通りをやっぱり通るんだ」


 他の屋敷は玄関と同じ向きの離れた場所に、通用口がある。

 だが、シアが指摘した屋敷は裏の方に通用口があった。

 そして、奉公人は基本的に、通用口しか使わない。


「ミルカ詳しいな」

「下水に逃げ込む前、この辺りでごみをあさってたからな!」

 そういって、ミルカは堂々と胸を張った。


 使用人は通用口からごみを外に出す。だから覚えていたのだろう。


「ミルカ、お手柄だぞ」

「そうかい? 役に立ててうれしいぜ!」


 ミルカは嬉しそうだった。

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