俺の家は王宮に近い。それゆえ、上流貴族の屋敷が多くある。
その関係上、治安はよい。普段から官憲たちも巡回している。
「この辺りから人が消えるというのは、珍しいよな」
それも十人もいなくなっている。
王都全体で十人ならともかく、この地区だけで十人は多すぎる。
「そうでありますね。先月にでた人探し依頼も一応目を通したでありますが……」
「この地区に関係している人はどうだった?」
「はい。ほとんどいない、というより皆無でありました。もっと去年までさかのぼれば一件あったのですが、それもとっくに解決済みであります」
セルリスが深刻な表情でつぶやく。
「この一か月で急激に増えたということね? 怪しすぎるわ」
「確かにな」
一か月だけで十人もいなくなったのだ。怪しすぎる。
この地区について、調べる必要があるだろう。
「で、これが、この辺りの地図でありますが……」
シアが、この辺りの住宅地図を取り出した。
俺の家のある地区とその隣接地区が描かれた大きい地図だ。
一辺がミルカの身長ぐらいある。
「これは、今回のために買ったのか?」
「そうであります」
「かなり詳細な地図だな。高かっただろう。あとで経費を請求してくれ。エリックにまとめて請求する」
「了解であります!」
地図は高いのだ。住宅街の地図は公的機関が発行したものではない。
地図職人が書いて販売するのだ。
当然、その精度によって値段は変わる。シアが買った地図は高い奴だ。
「マスタフォン侯爵家がここ。マルクル伯爵家はここで、フリア子爵家はここであります」
「なるほど。同じ地区ではあるが。そこまで近いわけではないな」
「そうであります。そして、一人いなくなった貴族の家はここと、ここと……」
シアはいなくなった者たちが奉公していた家に印をつけていく。
「結構ばらばらね。この地区からまんべんなくいなくなっているわ」
「そうであります。奉公人や徒弟がいなくなった貴族の家は全部で八家でありますが、共通点はなさそうでありますよ」
「八家全部、調べるしかないかしら」
最悪そうするしかないだろう。だが、もう少し絞りたい。
俺は地図をじっとながめる。なにか法則性などはないものか。
「行方不明になった人たちの住所はどこだ?」
徒弟は住み込みだが、徒弟以外の奉公人は通いだ。
「行方不明になった人の内訳は、徒弟六名、通いの奉公人は四名でありますよ」
「通いの奉公人の方が少ないのか」
「そうであります。で、奉公人の住所はここと、ここと……」
シアは通いの奉公人の家に印をつけていった。
貴族の屋敷の多い地区の隣には、奉公人が多く住む地域があるものだ。
いなくなった奉公人は、皆そこに住んでいた。
同じ地区とはいえ、家同士は近くない。地区の中では、ばらばらと言っていいだろう。
「特に共通点がないよな……」
「うーん。ロックさん。おれ思うんだけど」
「どうした? ミルカ」
「うん。この家と、この家は隣同士なのに、片方しか不明の人が出てないんだよな」
「そうだな」
「この家とこの家もだ」
「うん。確かにそうだ」
ミルカが何を言いたいのかわからず、全員がミルカの顔を見る。
「で、この家とこの家の違い、この家とこの家の違いとか考えてみたんだけど……」
「……あっ」
ミルカがそこまで言って、やっと俺は気付いた。
ミルカはもしかしたら天才かもしれない。
シアやセルリス、ルッチラはまだきょとんとしている。
「わふ?」
ガルヴもわかっていないようだ。首を傾げていた。
「ここ」
だが、ゲルベルガは理解している、ように見える。
ミルカを「お前賢いな?」といいたげな目で見つめていた。
「ロックさんも気付いたかい? この屋敷を出た奉公人は、家に帰るために、みんなこの通りを通る」
そう言って、ミルカは一本の通りを指さした。
「ふむふむ?」
セルリスは真剣な表情で、ミルカの説明を聞いている。
「で、この屋敷はここを通って、やっぱりこの通りを通るんだ。で、この屋敷の奉公人も……」
「徒弟がいなくなった屋敷の場合は?」
「徒弟の外出なんだから、きっとおつかいだと思うんだ」
「そうね。そういう外出が多いでしょうね」
「それなら、こっちのお店とかある地区に行くから、やっぱりこの通りを通るだろう?」
「ミルカ、すごいわ!」
セルリスに称賛されて、ミルカは顔が真っ赤になった。
わしわしと後頭部をかいている。
「そ、そんな、大したことないぜ!」
「……少し待つであります」
照れるミルカに冷静な口調でシアが言う。
「シアねーさん、どうしたんだい?」
「確かに鋭い指摘でありましたが、この屋敷やこの屋敷を出たものも、その通りを通るでありますよ」
シアは行方不明者が出ていない屋敷を指さした。
そして、行方不明者がでた屋敷の中で、ミルカが指摘しなかった屋敷を指さす。
「それにこの屋敷の入り口はここであります。それなら、その通りより、こっちの通りを使うと思うでありますよ」
「ああ、そのことかい? それならこの家の通用口はこっちだろう? この家の通用口もここ。だから、例の通りをやっぱり通るんだ」
他の屋敷は玄関と同じ向きの離れた場所に、通用口がある。
だが、シアが指摘した屋敷は裏の方に通用口があった。
そして、奉公人は基本的に、通用口しか使わない。
「ミルカ詳しいな」
「下水に逃げ込む前、この辺りでごみをあさってたからな!」
そういって、ミルカは堂々と胸を張った。
使用人は通用口からごみを外に出す。だから覚えていたのだろう。
「ミルカ、お手柄だぞ」
「そうかい? 役に立ててうれしいぜ!」
ミルカは嬉しそうだった。