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80 下水道の謎

 ミルカの推理は的を射ているように思える。

 だが、ミルカの推理が全て正しかったとしても、判明するのは人をさらった場所だ。

 誰が黒幕かは依然としてわからない。


 セルリスが言う。


「この辺りで人が攫われているのだとしたら……」

「見回りしたほうがいいかもでありますね」

「いえ、それよりも……。私がおとりをやろうと思うの」


 セルリスは真剣にそんなことを言う。

 何を馬鹿なことをと俺が窘めようとしたが、先にミルカが口を開く。


「おとりなら、おれがやるぜ!」

「いいえ、ミルカには任せられないわ」

「いいや、セルリスねーさんの言葉でも、こればっかりは譲れないね!」

「ミルカは戦闘経験が少なすぎるわ」

「おとり役には腕なんて必要ないさ!」

「いえ、大事なことよ」

「セルリスねーさんは貴族なんだろう? そしてすごい美人だ。目立ちすぎるんじゃないかい? おとりには向かないさ」


 ミルカの言う通り、おとり役という意味ではミルカの方が適役だろう。

 セルリスは有名すぎる。美人なうえ、ゴランの娘なのだ。

 貴族でセルリスのことを知らない者は、ほとんどいないだろう。


 かといって、ミルカにおとりなどさせられるわけがない。


「おとりは使わない」

「どうしてだい?」

「リスクが高すぎるからだ」

「だけど、ロックさん。狼の子を捕まえるには、狼の巣に入らないと駄目なんだぜ!」

「よく、そんなことわざ知っていたでありますね」


 シアが少し驚いた様子で言った。遠くの国のことわざだ。


「じいちゃんの口癖だったからな!」


 そのミルカのじいちゃんは、リスクをとった挙句、借金を抱える羽目になったのだ。

 あまり手本にすべきではないだろう。だが、故人だ。悪くは言えない。


「がう?」


 狼の子供であるガルヴが、自分の話かと思ったのか、机の上に顎を乗せた。

 俺はガルヴの頭を撫でながら言う。


「ミルカとセルリスの考えはわかったが、おとり作戦は許可できないぞ」

「多少の危険は……」

「もちろん、危険というのもあるが……。それだけではない」

「どういうことだい?」


 俺は説明した。

 さらわれたあと、果たして貴族の家に連れ込まれるのか謎である。

 それに実行犯はカビーノのような末端である可能性も高い。

 今は末端を捕まえるより、黒幕を捕まえたい。


 俺がそのようなことを言いながら説得すると、ミルカとシアは納得したようだ。


 色々説明したが、ミルカとセルリスを危険にさらしたくないというのが俺の本音だ。

 リスクさえ考えなければ、おとりは有用だと思う。


 末端でも捕まえれば、黒幕に繋がる情報を得られる可能性は高いだろう。

 そもそも貴族の街で人をさらっているのだ。

 だから、黒幕の家に連れ込まれる可能性は低くないだろう。


 シアがうんうんとうなずく。

「おとりは使わないほうがいいと、あたしも思うでありますよ」

「こっこ」

「ゲルベルガさまも、おとりは使うなと言っています!」


 ルッチラもそんなことを言う。

 ゲルベルガは、こここと鳴きながら、ルッチラの腕の中から机の上に移動する。

 そして、机の上を歩いてセルリスの前へと向かった。

 セルリスはゲルベルガを優しく撫でながら言う。


「おとりは使わないというのはわかったけど……。じゃあ、どうやって黒幕の貴族を特定すればいいのかしら」

「……うーん」

 ミルカが呻きながら、地図に印をつけていく。


「なんの印でありますか?」

「下水道への入り口の場所だよ。おれは下水道で暮らそうと準備していたからね。入り口の場所は把握してるんだ」


 下水道への入り口はそれなりにあるようだ。俺の知らない場所もいくつもあった。

 さすがはミルカ。下水道をねぐらにしようとしていただけのことはある。


「ミルカ。どうして下水道の入り口なの?」

「えっとね。セルリスねーさん。それが下水道に捨てられていたんだろう?」

 そういって、ミルカは机の上に置かれた、邪神の像を指さした。


「そうね。でも、それがどうかしたの?」

「おれは下水道の入り口に近い家が怪しいと思うんだ。遠くから捨てに行くの大変だからな!」

「なるほど……。一理あるかもしれないわ」

「一理あるかい? そうなら嬉しいんだけど」

「さすがミルカね!」


 そういって、セルリスはミルカの頭を撫でていた。

 ミルカも「えへへ」と言いながら、照れている。


 確かに、黒幕の家が下水道の入り口から遠いならば、わざわざ捨てに行くのは大変だ。

 とはいえ、俺はミルカの考えには賛同できなかった。


「ミルカは下水道の構造に詳しいのか?」

「うん。詳しいぞ。調べまくったからな」


 調べまくった結果、壁が壊れて秘密通路に繋がっている場所を見つけたのだろう。


「下水道がどこを流れているか、地図に書き込めるか?」

「大体でいいなら出来るぞ」

「じゃあ、頼む」

「わかったぜ」


 ミルカは地図の上に下水道を書き込んでいく。

 下水道は道とは関係なく、流れているようだ。

 元からあった洞窟や、水路などを利用して下水道を作ったのかもしれない。


 セルリスが感心した様子で言う。


「ミルカ。よくわかるわね」

「下水道への入り口の場所がわかっているからな。あとは頭の中で組み立てればいいんだ」

「そんなこと出来るのがすごいわ」

「えへへ」


 照れながら、ミルカは書き込んでいった。


「できたぜ!」

「ありがとう」

「でも、これでなにか分かるのかい?」


 俺は今日下水道をかなり歩いた。つい先ほどのことなので、まだ記憶が鮮明だ。

 細部を思いだしながら、下水道の様子とミルカの書き込みと照らし合わせる。

 ミルカの書き込みは、かなりの正確さであるように思えた。


「えっとだな。ここにかけらが集まっていたわけだ」

「ほうほう?」

「当然だが、下水道には下水が流れ込む」

「そりゃそうだね」

「入り口から下水道に入って捨てなくても、かけらを下水と一緒に流したかもしれないだろ?」


 俺がそう言った途端、ミルカは真剣な表情で下水道を指でなぞりはじめた。

 下水の流れを考えているのだろう。


「この通りで人が攫われて、下水がこう流れているんだから……」


 通りに面している家は限られる。

 そして、かけらが流れついた場所から、どこから流したのかを逆算していく。


 ミルカは、とある家で指を止める。


「あ、この家か」

 それはマスタフォン侯爵家の屋敷だった。

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