ミルカの推理は的を射ているように思える。
だが、ミルカの推理が全て正しかったとしても、判明するのは人をさらった場所だ。
誰が黒幕かは依然としてわからない。
セルリスが言う。
「この辺りで人が攫われているのだとしたら……」
「見回りしたほうがいいかもでありますね」
「いえ、それよりも……。私がおとりをやろうと思うの」
セルリスは真剣にそんなことを言う。
何を馬鹿なことをと俺が窘めようとしたが、先にミルカが口を開く。
「おとりなら、おれがやるぜ!」
「いいえ、ミルカには任せられないわ」
「いいや、セルリスねーさんの言葉でも、こればっかりは譲れないね!」
「ミルカは戦闘経験が少なすぎるわ」
「おとり役には腕なんて必要ないさ!」
「いえ、大事なことよ」
「セルリスねーさんは貴族なんだろう? そしてすごい美人だ。目立ちすぎるんじゃないかい? おとりには向かないさ」
ミルカの言う通り、おとり役という意味ではミルカの方が適役だろう。
セルリスは有名すぎる。美人なうえ、ゴランの娘なのだ。
貴族でセルリスのことを知らない者は、ほとんどいないだろう。
かといって、ミルカにおとりなどさせられるわけがない。
「おとりは使わない」
「どうしてだい?」
「リスクが高すぎるからだ」
「だけど、ロックさん。狼の子を捕まえるには、狼の巣に入らないと駄目なんだぜ!」
「よく、そんなことわざ知っていたでありますね」
シアが少し驚いた様子で言った。遠くの国のことわざだ。
「じいちゃんの口癖だったからな!」
そのミルカのじいちゃんは、リスクをとった挙句、借金を抱える羽目になったのだ。
あまり手本にすべきではないだろう。だが、故人だ。悪くは言えない。
「がう?」
狼の子供であるガルヴが、自分の話かと思ったのか、机の上に顎を乗せた。
俺はガルヴの頭を撫でながら言う。
「ミルカとセルリスの考えはわかったが、おとり作戦は許可できないぞ」
「多少の危険は……」
「もちろん、危険というのもあるが……。それだけではない」
「どういうことだい?」
俺は説明した。
さらわれたあと、果たして貴族の家に連れ込まれるのか謎である。
それに実行犯はカビーノのような末端である可能性も高い。
今は末端を捕まえるより、黒幕を捕まえたい。
俺がそのようなことを言いながら説得すると、ミルカとシアは納得したようだ。
色々説明したが、ミルカとセルリスを危険にさらしたくないというのが俺の本音だ。
リスクさえ考えなければ、おとりは有用だと思う。
末端でも捕まえれば、黒幕に繋がる情報を得られる可能性は高いだろう。
そもそも貴族の街で人をさらっているのだ。
だから、黒幕の家に連れ込まれる可能性は低くないだろう。
シアがうんうんとうなずく。
「おとりは使わないほうがいいと、あたしも思うでありますよ」
「こっこ」
「ゲルベルガさまも、おとりは使うなと言っています!」
ルッチラもそんなことを言う。
ゲルベルガは、こここと鳴きながら、ルッチラの腕の中から机の上に移動する。
そして、机の上を歩いてセルリスの前へと向かった。
セルリスはゲルベルガを優しく撫でながら言う。
「おとりは使わないというのはわかったけど……。じゃあ、どうやって黒幕の貴族を特定すればいいのかしら」
「……うーん」
ミルカが呻きながら、地図に印をつけていく。
「なんの印でありますか?」
「下水道への入り口の場所だよ。おれは下水道で暮らそうと準備していたからね。入り口の場所は把握してるんだ」
下水道への入り口はそれなりにあるようだ。俺の知らない場所もいくつもあった。
さすがはミルカ。下水道をねぐらにしようとしていただけのことはある。
「ミルカ。どうして下水道の入り口なの?」
「えっとね。セルリスねーさん。それが下水道に捨てられていたんだろう?」
そういって、ミルカは机の上に置かれた、邪神の像を指さした。
「そうね。でも、それがどうかしたの?」
「おれは下水道の入り口に近い家が怪しいと思うんだ。遠くから捨てに行くの大変だからな!」
「なるほど……。一理あるかもしれないわ」
「一理あるかい? そうなら嬉しいんだけど」
「さすがミルカね!」
そういって、セルリスはミルカの頭を撫でていた。
ミルカも「えへへ」と言いながら、照れている。
確かに、黒幕の家が下水道の入り口から遠いならば、わざわざ捨てに行くのは大変だ。
とはいえ、俺はミルカの考えには賛同できなかった。
「ミルカは下水道の構造に詳しいのか?」
「うん。詳しいぞ。調べまくったからな」
調べまくった結果、壁が壊れて秘密通路に繋がっている場所を見つけたのだろう。
「下水道がどこを流れているか、地図に書き込めるか?」
「大体でいいなら出来るぞ」
「じゃあ、頼む」
「わかったぜ」
ミルカは地図の上に下水道を書き込んでいく。
下水道は道とは関係なく、流れているようだ。
元からあった洞窟や、水路などを利用して下水道を作ったのかもしれない。
セルリスが感心した様子で言う。
「ミルカ。よくわかるわね」
「下水道への入り口の場所がわかっているからな。あとは頭の中で組み立てればいいんだ」
「そんなこと出来るのがすごいわ」
「えへへ」
照れながら、ミルカは書き込んでいった。
「できたぜ!」
「ありがとう」
「でも、これでなにか分かるのかい?」
俺は今日下水道をかなり歩いた。つい先ほどのことなので、まだ記憶が鮮明だ。
細部を思いだしながら、下水道の様子とミルカの書き込みと照らし合わせる。
ミルカの書き込みは、かなりの正確さであるように思えた。
「えっとだな。ここにかけらが集まっていたわけだ」
「ほうほう?」
「当然だが、下水道には下水が流れ込む」
「そりゃそうだね」
「入り口から下水道に入って捨てなくても、かけらを下水と一緒に流したかもしれないだろ?」
俺がそう言った途端、ミルカは真剣な表情で下水道を指でなぞりはじめた。
下水の流れを考えているのだろう。
「この通りで人が攫われて、下水がこう流れているんだから……」
通りに面している家は限られる。
そして、かけらが流れついた場所から、どこから流したのかを逆算していく。
ミルカは、とある家で指を止める。
「あ、この家か」
それはマスタフォン侯爵家の屋敷だった。