屋敷に戻ると、ルッチラやミルカ、ゲルベルガが出迎えてくれた。
「ロックさん、お疲れ様です」
「お疲れなんだぞ!」
「こここ」
「ゲルベルガさまもみんなも、お出迎え感謝」
「ここ」
「俺は疲れたから、早いけど寝るぞ」
俺がそういうと、ミルカがびっくりしたようだ。
「早いんだな、夕食はどうするんだい? 作る予定だぞ!」
「ああ、いただこう。出来たら起こしてくれ……」
「了解したぞ!」
俺は自室に戻る。ガルヴがついてきた。
魔力をかなり使ったせいか眠い。俺はベッドに倒れこむ。
ガルヴもベッドに飛び込んできた。とりあえず背中を撫でる。
「ガルヴもお疲れだぞ」
「くぅーん」
ガルヴは顎を俺のお腹の上に載せてくる。
体は大きいのに、まだ子供なのだ。甘えたいのだろう。
下水道でネズミに襲われて怖かったから、甘えたいというのもあるのかもしれない。
「くぅーんくぅーん」
しきりに甘えてくるガルヴを撫でているうちに俺は眠りについた。
「ロックさーん、ご飯だぞー」
「がふがふ」
俺はミルカの声で目を覚ました。ガルヴが、嬉しそうに俺の顔を舐めている。
外はもう暗くなっていた。三時間ぐらい眠っていたのだろうか。
「……ミルカか。ありがとう。ガルヴも起こしてくれてありがとうな」
「がう!」
ガルヴの頭をわしわしなでて、俺は起きる。
食堂に向かうと、みんながいた。エリック、ゴラン、セルリス、シア、ゲルベルガだ。
そこにミルカとルッチラがご飯を運んでくる。俺もホストとしてご飯運びを手伝った。
「ミルカが作ってくれたのか? ありがとう」
「気にしないでおくれ。仕事だからな!」
全員が席に着き、みんな一緒に夜ご飯を食べる。
とても微妙な味だった。まずくはない。が、さしてうまくもない。
だが、まずくないと言うのは、とても素晴らしいことだ。
「ロックさん、どうだ? おれはあまり料理したことないから自信ないんだ!」
「そうなのか。結構うまいと思うがな」
「そうかい! それならよかったぞ」
ミルカは嬉しそうだった。
そんなミルカにセルリスが優しく言う。
「ミルカちゃん。美味しいわよ。私も料理作るの好きだから、今度一緒に作りましょうね」
「セルリスねーちゃん。ありがとう!」
エリック、ゴラン、シアにルッチラも笑顔でパクパク食べていた。
ガルヴとゲルベルガさまもそれぞれ美味しそうにご飯を食べていた。
食事の後、あとかたづけを終えてから、全員が居間に集まる。
俺は気になっていたことを尋ねた。
「ところで、なぜエリックが来たんだ?」
「少し空き時間があったからな。秘密通路の使い勝手を調べるついでに、ロックの家に遊びに行こうと思ってな」
屋敷についた後、ルッチラたちに事情を説明されてマスタフォン侯爵家に走ったのだろう。
「国王陛下が走り回ったら国民が、何事かと動揺するぞ」
「大丈夫だ。頭巾をかぶって変装しておいたからな」
「そうか、ほどほどにな」
そして、俺は本題に入る。
「エリック。カビーノの取り調べはどうすることになった?」
「ああ、
枢密院は国王直属の諮問機関だ。
国王からの政治に関する諮問に答えたり、勅令発布の手続き等を司っている。
そして枢密院には国王のための諜報機関としての役割もあるのだ。
その枢密院の中に捜査本部を置くということは、エリック自ら指揮をとる気なのだろう。
「官憲の地区長はどうなった?」
「一時的に枢密院に転属させた。暗殺の恐れが捨てきれぬからな」
「それなら安心だな」
色々やったので時間が経ったような気がする。
だが、カビーノを捕まえたのは今日の昼だ。捜査が本格的に進むのはこれからだろう。
「あと、ロックには枢密顧問官の役職を与えておいた。覚えておいてくれ」
「え? なぜそんな面倒なことを」
「国王の代理人というのは、本来は枢密院の管轄だからな。それに今後、動くにも枢密顧問官の役職があった方がいいだろう」
「それは確かに便利だが……」
「公表しないことにするから、大丈夫である」
「それならいいが……」
当たり前だが、普通は枢密顧問官は全員公開されている。
大臣を歴任した大貴族などが、着任する大変名誉ある役職だ。
それを公開しないということは、俺の正体がばれないように、気をつかったのだろう。
それを聞いていたゴランが言う。
「公開しないなら、枢密顧問官の力も使えないだろう?」
「そういうと思って持ってきた。顧問官の指輪である」
エリックはその指輪を机の上に置いた。
手紙の封蝋に利用できる印章が刻まれていた。
「それを、つけていたら顧問官ってばれるだろうが」
「そ、それもそうであるな……」
「首飾りと一緒にかけておけばいいだろ」
「そうするか」
ゴランのアドバイス通りに、首飾りの紐に通しておいた。
首飾りの紐が、切れないように、魔法で強化するのも忘れない。
そうしてから、俺はゴランに尋ねる。
「邪神の本拠地の調査ってどうなったんだ?」
「Aランク冒険者パーティーを邪神の本拠地に送っておいた。二、三日中には調査結果が出るだろうさ」
二、三日は移動時間を考えれば、早すぎる。
ということは、冒険者パーティーは転移魔法陣を通って本拠地に向かったのだろう。
エリックはうなずいてから、つぶやくように言った。
「……マスタフォン侯爵家が乗っ取られていたとはな」
エリックが言うには、マスタフォン侯爵は数年前には財務卿を務めていたらしい。
どうやら有能な人物だったようだ。財務卿を退いた後も、要職にあったという。
「それが、先月、病気のため休養したいと急に連絡があってな……」
そのころに家宰に乗っ取られて監禁されていたのだろう。
「フィリーは五女と言っていたが、フィリーの兄や姉たちはどこにいるんだ?」
「侯爵の子供は娘ばかりが五人だ。他の四人は他家に嫁いだり、養子に行ったり留学中だったりであるぞ。王都にいるのは五女だけだ」
不幸中の幸いと言えるかもしれない。侯爵家の家族は全員無事ということだ。
「マスタフォン侯爵の屋敷も、今、枢密院と冒険者ギルドが全力で調査中だ」
「侯爵一家は?」
「王宮に保護したゆえ、安心するがよい」
「それならよかった」
一安心である。
ついでに俺はエリックとゴランに、気になっていたことを話してみることにした。
「敵は長い間準備をしていたように思うのだが……。その割に実行がずさんな気がする。どう思う?」
「俺が思うに……。昏き者どもがロックの帰還に気づいたんじゃねーか?」
「ありうるな。それで拙速に動き出したのやもしれぬ」
「俺の帰還のせいか……」
エリックが笑う。
「ロックの帰還のせいではなく、ロックの帰還のおかげであろう?」
「そうだぞ。おかげで対処がしやすい。ひそかに準備を進められて、邪神の完全体を王都に召喚されていたらどうなっていたか、わからねーぞ」
「ロックが帰って来てくれてよかったと、友としてだけでなく、国王としても心底から思う」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しい」
昏き者どもが、まだ何か企んでいるのは確かだろう。
今後も、対処せねばなるまい。
俺が決意を新たにしていると、シアが真面目な顔で言う。
「暗躍しているヴァンパイアどもは、まだまだいると考えたほうがいいでありますよ」
「とりあえず、昏き者どもの王都への橋頭保、数年がかりで仕込んでいたマスタフォン侯爵家を奪還できた。それは愚者の石の製作能力を昏き者どもから奪うことに成功したということでもある」
エリックの言うとおりだ。天才錬金術士フィリーを保護できたのは大きい。
「また褒美をやらねばならぬが……」
「つい先日貰ったばかりだ。あとで、まとめてもらうよ」
「すまぬ。さすがに、褒美の乱発は何事かと、貴族たちが騒ぎ出すゆえな……。だが、けして、功績を忘れることはないぞ」
「まあ、気にするな」
そのとき、ゴランが思い出したように言う。
「ところで、ロック。この屋敷の扉、セルリスたちだけ開けられるというのは、ずるいんじゃねーか? なあ、エリック」
「ああ、俺も開けられるようにしてほしいのだが……」
「二人がきたら、当然すぐ登録するつもりだったさ。ついてきてくれ」
俺はエリックとゴランを連れて、門の魔法鍵への登録をしに向かった。
エリックもゴランも機嫌よく笑っていた。
実際に侵入していたヴァンパイアは退治した。ひとまず安心だ。
今夜ぐらいはゆっくりしてもいいだろう。