次の日、朝目を覚ますと、横でガルヴが眠っていた。
仰向けになり、お腹が丸見えである。
「……まったくもって、野生を感じないな」
「……が……がふぅ。にゃむにゃむ」
夢の中で何かを食べているのか、口をもぐもぐしていた。
俺はガルヴの脇腹辺りを撫でてやった。
「がふふふ」
ガルヴは後ろ足をばたばたさせた。自分で掻いているつもりなのかもしれない。
なんか面白い。
ガルヴを撫でながら、考える。
俺が現世に帰って来てからつぶした、昏き者どもの拠点は三つだ。
一つ目はシアやアリオ、ジョッシュとつぶしたヴァンパイアロードの拠点。
二つ目はエリックやゴラン、シアたち狼の獣人族とつぶしたハイロードの拠点だ。
そして、三つ目が邪神頭部のあった拠点である。
王都内の拠点としてはカビーノ邸とマスタフォン侯爵邸だろうか。
これは出先機関と考えたほうがいいかもしれない。
「いま、わかっていないことは何だろうか」
あえて声に出してみた。自分の考えを整理するためだ。
「がうーぅ」
ガルヴの暢気な寝顔を見ていると、頭が冴えてくる気がした。
カビーノの後ろにいたのはマスタフォン侯爵家の家宰だろうか。
侯爵家の家宰ともなれば、色々なことができるだろう。
「だが、官憲を動かすのは難しいのではないだろうか……」
マスタフォン侯爵は財務卿を務めたことのある大貴族だ。
だが、それも数年前の話。
最近まで要職についていたとはいえ、財務系の役職だ。
「官憲の主務官庁は内務省……。財務省と仲がいいとは言えない」
もしかしたら、昏き者どもの影響下にある、内務省系貴族がいるのかもしれない。
そうなれば、厄介だ。
「王国内に入った昏き者どものことで、わかっているのはこのぐらいか……」
次に考えるべきは昏き者どもの組織である。
ハイロードの配下に、ロードがいて、その下に無数のヴァンパイアがいるらしい。
倒したハイロードは二体だ。
一体目は王都に進攻しようとしてた。
二体目は邪神を復活させようとしていた。
二体とも、焦っていたようだ。
長い間、計画を進めて来たのに、急に動き出した感じである。
エリックやゴランは俺が帰ってきたから焦っているのだろうと言っていた。
だが、はたしてそうだろうか。
「むしろ俺が帰ることができた理由の方が重要なのではなかろうか」
俺は魔神を全滅させて魔神王を倒したから、帰還することにしたのだ。
十年前、魔神王をエリックたちと一緒に倒した。その魔神王が復活するのに十年だ。
魔神王は次元の狭間を通って現世に向かおうとしていた。それを俺は倒した。
「魔神王が昏き者どもの戦略の重要なピースだった可能性があるな……」
もしかしたら、魔神王の代わりにするために、邪神頭部を召喚したのではなかろうか。
魔神は神に仕える亜神である。神そのものではない。
たとえ王であっても、神の頭部なら代替できるのかもしれない。
「昏き者どもは何をしようとしていたのか……」
普通に考えたら、目的はこの世界を昏き者どもの支配下に置くことだろう。
問題はその手段だ。
「そもそも、ハイロードの上位存在はいないのか?」
ヴァンパイアのグランドハイロードと言うべき、存在がいる可能性はないだろうか。
もしいるのなら、どこで何をしているのか。
「……悩ましい」
わからないことばかりである。
「がう?」
いつの間にか目覚めていたガルヴがこちらを見て首をかしげていた。
「ガルヴ、起きたのか」
「がうがう!」
わしわし撫でてやると、ガルヴは嬉しそうに尻尾を振った。
とりあえず調査結果を待つしかないだろう。
それまで、ゴブリン退治でもして時間をつぶそうか。
そんな結論を出して、部屋を出る。
食堂に歩いていくと、すぐにミルカが気づいた。
「あ、ロックさん、起きたんだね! 朝ごはんは食べるかい?」
「おお、朝ごはんの用意があるのか。助かる」
ミルカが朝食を準備してくれる。パンと目玉焼きだ。
ありがたい。
「ミルカ、ありがとう」
「気にしないでおくれ! 仕事だからな!」
「エリックたちはどうした?」
「夜明け近くに起きて、帰っていったぞ」
「そうか、二人とも忙しいからな」
俺がそういうと、真面目な顔でミルカが顔を近づけてきた。
「どうした?」
「ロックさんって、もしかして結構偉い人なのかい?」
「それなりだぞ。どうしてそう思ったんだ?」
「だって。エリックのおっちゃんのこと国王って呼んでいたからな」
「おお、やっと気づいたか。実はエリックは王様なんだぞ」
「やっぱり、そうだったのかい。気づかなかったぞ」
そして、改めて俺を見た。
「で、ロックさんは何をしている人なんだい?」
「冒険者というのは本当だぞ」
「ふむふむ」
「ここだけの話、凄腕なんだ」
「王様に頼られるぐらいだもんな!」
「そうそう」
「そっかー」
ミルカは納得したようだ。
そして、不安そうな表情になった。
「あっ、おれ王様にけっこう失礼なことしてないかな?」
かなり失礼なことを、していたと思う。
「心配になって来たぞ!」
そういいながら、ミルカはガルヴの背中をわしわししている。
「……がぅ」
「まあ、気にするな。ミルカは今まで通りでいいぞ」
「そうなのかい?」
「こっちに来るときは、エリックはお忍びだからな。下手に儀礼通りに対応すると目立ってしまうからな」
「そういうものなのかい! 安心したよ!」
ミルカはそう言って、ガルヴの首をぎゅっと抱きしめた。