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99 ニアのお願い

 シアの声を聞くと、ガルヴは一生懸命走っていった。

 すぐに、玄関の方から、シアとガルヴの声が聞こえてくる。


「がうがぅがぅ」

「ガルヴは元気だねー、よーしよしよし」

「ガルヴは本当にシアに懐いているのね」

「霊獣狼と狼の獣人は、先祖が同じでありますからなー。親戚のようなものでありますよー」

「がうがう」


 シアと同時に、セルリスも帰ってきたようだ。

 シアとセルリスは一緒に冒険していたのかもしれない。


「ガルヴ。おやつ食べるかしら」

「がうがう!」

「ガルヴ、お座り」

「がう」

「お手」

「がぅがぅ」

「ガルヴえらいわね。おやつをあげるわ」

「がふがふ」


 セルリスがどうやら、お座りとお手をさせたようだ。

 なんのおやつを食べさせたのか少し不安だ。だがシアが一緒なら大丈夫だろう。

 シアはヴァンパイアだけでなく、狼の生態にも詳しいのだ。


「ガルヴは、いい子でありますねー、かわいいでありますねー」

「がふがふ」

 シアがガルヴを撫でまくっている様子が伝わってくるようだ。


「食べてるときに撫でたらダメって聞いたのだけど……」

「子狼の時は大丈夫でありますよ」

「そうなのね」

「むしろ子狼の間に、食事中に触れられることに慣らしたほうがいいであります」

「そうなのね。私も撫でてみるわ」

「それがいいでありますよ。そうしないと、主人に対しても唸って噛みつきかねないでありますよ」

「がふがふ」


 俺もガルヴにご飯を上げるときは撫でることにしよう。

 その後、しばらくたって、シアたちが応接室に現れた。


「シア、セルリス。おかえり」

「ただいまです。ロックさん。って、そのかわいい子は?」

「ただいまでありま……ニア?」

「姉上。ご活躍とのこと、おめでとうございます」


 ニアは姉であるシアにも礼儀正しいようだ。

 シアを見た途端、ニアの尻尾がゆっくり揺れる。

 シアの尻尾もゆっくりと揺れていた。再会を喜んでいるのだろう。


 それから、シアはセルリスにニアのことを紹介する。

 セルリスとニアが互いに自己紹介を済ませると、シアは俺に向かって頭を下げた。


「私の留守中に、妹がご迷惑をおかけしたであります」

「いや、迷惑はかけられてないぞ。気にするな」

「そういっていただけると……。妹の相手をしてくださって、ありがとうございます」


 そして、シアはニアに向かって言う。


「ニア。勝手に来てはいけないでありますよ」

「ですが……」

「まずは私に事前に言わないと、ロックさんに迷惑が掛かるであります」

「ロックさん、ごめんなさい。姉上。ごめんなさい」

「気にしなくていいぞ」


 俺はニアに優しく微笑んでおいた。

 それから、シアはふぅーっと息を吐く。


「ニア、なぜここにいるでありますか? 父上はどうしたであります?」

「父上は相変わらずです。命に別状はありません」

「ならば、ニアは父上のお傍に……」

「なればこそです」

「ふむ? どういうことでありますか?」


 シアは首をかしげる。

 ニアは真面目な顔で言う。


「私も狼の獣人族の族長の娘。ヴァンパイアを狩る戦士にならなければいけません」

「それは父上が戦士として復帰されてから考えればよいでありますよ」

「姉上は私の年齢のころには、もう冒険者として父上と一緒に戦っていました」

「それはそうでありますが、だから父上が復帰してから……」

「父上が復帰されるまで、早くて一年です。ということは遅ければ何年かかるか。そもそも、父上ももうお年ですし……」

「なるほど……」


 シアは真面目な顔で考えはじめた。


 横で話を聞いていて、俺はニアの目的を理解した。

 ニアは冒険者デビューしたいのだろう。そして指導役をシアに頼みに来たのだ。

 早くて一年ということは遅ければそれ以上にかかるということだ。

 そもそも、シアたちの父の年齢的に、このまま一線を退く可能性も高い。


「姉上! 師となってください。お願いいたします!」

「でも……、私もまだ未熟でありますから……」


 困った様子でシアは言う。

 シアは十五歳で、既にBランク冒険者になっている。

 おそらく、ニアぐらいの年から冒険者を始めていたに違いない。


 俺はニアに尋ねる。


「ちなみに、ニアっていくつなんだ?」

「はい。八歳です」

「八歳か。しっかりしているな」

「ありがとうございます!」

「まだまだ、子供でありますよ」


 そういって、シアはニアの頭をわしわし撫でた。


「ニア。父上は何と言っているんであります?」

「はい。父上は、戦士として第一歩をいま歩き始めたいのならば、自分で姉上に頼めと言われました」

「……父上はほんとに、適当なことをいうであります。私はまだ人を指導できる立場ではないであります」


 シアの一族の問題だ。基本は外から何か言うべきではないだろう。

 だが、俺は一言だけ言っておきたかった。


「シア」

「なんでありますか?」

「ヴァンパイア狩りの一族のことはわからないが、シアは優秀な戦士だぞ。おれが保証する」

「お、お世辞でもうれしいであります」


 シアは顔を真っ赤にして、尻尾をびゅんびゅん振った。


「お世辞ではないぞ。俺は、こと冒険者の力量に関してはお世辞は言わないことにしているからな」


 お世辞を言われて、調子に乗った冒険者が危険な目に合う。そんなことはよくある。

 だから、力量に関して、絶対にお世辞は言わないようにしている。


 顔が可愛いとか、料理がおいしいみたいに、気軽にお世辞を言ってはいけないのだ。


「ロックさん。ありがとうであります」

「姉上、お願いします」


 もう一度、ニアはシアに頭を下げた。


「了解したでありますよ。冒険者として指導するであります」

「ありがとうございます、姉上!」


 ニアはシアに弟子入りすることに成功したようだった。

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