目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

105 ドラゴンの事情

 寒さで震えているドラゴンに向かって俺は尋ねる。


「立派なグレートドラゴンが、こんなところで何をしている?」

「ここは、もともと竜族の神殿があったところなのだ」

「それは知らなかった」

「竜の魔法で隠ぺいしていたから、知らなくても仕方はあるまい」

「で、その神殿に何があったんだ?」

「隠ぺい魔法がなぜか壊れて、ゴブリンに占拠されてしまったゆえ取り戻しに来たのだ」

「そうだったのか」


 問答無用で火炎を中に吐いたのは、ゴブリンを焼き払うためだったのだろう。

 人間の冒険者が中にいるとは知らなかったに違いない。


 竜族は強大で恐ろしい魔獣だ。だが、昏き者どもではない。

 人族の敵とも味方とも決まっているわけではない。

 人族とは争ったり共闘したり様々だ。


 ドラゴンが大きくため息をついた。


「これほど強いゴブリンがおるとはな……」

「まさか、俺たちのことを、ゴブリンだと思っているのか?」

 もしそうならとても失礼な話だ。


「ちがうのか? てっきり神殿から出てきたからゴブリンだと思ったのだが……」

「まったく違う。俺たちは人族だ」

「すまぬ、人族の区別は我には付けにくいのだ」

「ゴブリンは人族ですらない」

 常識のないドラゴンである。もっと勉強してほしい。


「そ、そうであったか……」

「ドラゴンをトカゲというようなものだ」

 それを聞いて、ドラゴンは笑った。


「ぎゃっぎゃっぎゃ! さすがに、それは言いすぎであろう。トカゲとドラゴンはまったく違うであろう?」

「ゴブリンと人族も違う」

「二足歩行で、手が二本あるではないか」

「トカゲだって、鱗があるし、牙もあるだろう」

「だが、ゴブリンも人族も目鼻口の配置が似ておるし……」

「ドラゴンだって、目鼻口の配置はトカゲと大差はないだろう」

「それでも全然違うのである」

「それはゴブリンと人族も同じだ」

「……それも、そうであるな。すまぬ」


 勉強不足だが、素直なドラゴンだったようだ。

 よく考えたら、俺たちもドラゴンとトカかの顔の造形とか気にしたことがない。

 もし優れた画家がトカゲの顔とドラゴンの顔を同じ大きさで描いたとしよう。

 その絵を見て、どちらがドラゴンが判別できる人族がどれだけいるだろうか。

 そう考えると、ドラゴンの勘違いもやむを得ないことと言えるかもしれない。


「俺たちはゴブリン退治に来た人族の冒険者だ」

「それはまことに申し訳ないことをしたのである」

「本当に死ぬかと思った。気を付けてくれ」


 俺とドラゴンの会話を聞いていたシアが言う。


「ロックさんがいなかったら、私たちは全滅していたでありますよ」

「密室に火炎ブレスは避けようがないものね……」

「恐ろしいです」


 セルリスとニアもそんなことを言う。

 俺はニアの頭を撫でる。


「ニア。ゴブリン退治に来てドラゴンに襲われるってのは滅多にないから安心しろ」

「そうなのですね」


 初めての冒険でドラゴンと遭遇するのは運が悪すぎる。

 いや、逆に運が良いのかもしれない。

 少なくともドラゴンとの初遭遇が俺と一緒だったということは間違いなく幸運だろう。


「ゴブリンではなかったとしても、人族はとても強いのだな」

「ロックさんが特別でありますよ。今度から火炎を吐くときは気を付けて欲しいであります」

「すまない」


 ドラゴンは素直にシアに頭を下げた。


 俺はドラゴンに聞く。


「この遺跡……というか神殿跡をゴブリンから取り戻しに来たってことでいいんだよな?」

「うむ。そうである」

「なにか大事なものがある遺跡なのか?」

「歴史的に、文化的に価値があるのであるぞ」

「魔術的な価値とかは?」

「そういうことではない」

「そうか。人族も歴史的文化的に価値のあるものは大切にする傾向があるからわかる」

「ぎゃっぎゃ。わかってくれるか!」


 ドラゴンは喜んでいそうだった。


「竜族でも興味を示さないものがおるのだ。お主たちは強いだけでなく、文化や歴史にも理解を示すのだな!」

「そうだ。とはいえ、すべての人間が歴史的文化的に価値あるものを大切にするわけではないが……」

「ぎゃっぎゃっぎゃ! それも、竜族と同じであるな」

「そうかもな」

「人族の中でも、お主たちに会えたのは我にとって僥倖であった。我が名はケーテ。お主らの名を教えてくれ」

「ロックだ」

「シアであります」

「セルリスよ」

「ニアです」

「がうがう」


 ガルヴは俺の後ろに隠れて吠えていた。

 まだ、尻尾を股に挟んでいる。本気で怖いらしい。


「こいつはガルヴだ」

「そうであったか」

「ケーテ。この遺跡を隠せばいいのか?」

「うむ。ゴブリンを掃討した後、そうする予定だった」

「じゃあ、せっかくだし隠しておこう」


 俺は隠ぺい魔法を軽くかけておいた。

 ゴブリンや人族は気付かず、ドラゴンは気付ける程度の隠ぺい魔法だ。


「ロックよ、ありがとう。見事な魔法である。我の魔法より素晴らしい」

「気にするな。だが、あまり王都に近づくなよ。人族は臆病だから討伐に軍隊が動くことになる」

「うむ。気を付けよう……。だが、最近遺跡荒らしが流行っていてな……」

「王都近くに、竜族の遺跡はまだあるのか?」

「あるぞ」

「王都近くで荒らされている遺跡はどのくらいあるんだ?」

「王都近くで遺跡を荒らされたのは、この遺跡が最初である」


 今は荒らされていないようだ。何よりである。

 だが、これから荒らされる可能性は高そうだ。

 そのたびにグレートドラゴンにやってこられたら、色々大変だ。


「もし、王都近くでゴブリン退治するなら、言ってくれれば俺がやっておこう」

「よいのか?」

「うむ。勝手にやられて大騒ぎになったらことだしな。だが、連絡方法が問題だな。のろしでも上げてくれ」

「のろしであるか?」

「色を決めておこう。赤でいいか?」

「それは構わぬが、のろしでなければならぬか?」

「のろしでなくても、俺と連絡とれればなんでもいい」

「そうか。連絡手段は考えておこう。ロックに必ず連絡するようにしようではないか」


 それからケーテは何度もお礼を言って、飛んで去っていった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?