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106 一応の後処理

 グレートドラゴンのケーテが飛び去った後、ニアがへなへなと座り込んだ。

 それまで、ずっと気を張っていたのだろう。

 よく見たら、尻尾が股の間に挟まっている。


 俺はニアの頭を撫でた。


「よく、冷静さを維持したな。見事」

「ありがとうございます。でも、腰が抜けてしまったのです」

「ケーテがいなくなって、気が抜けたんだろう。仕方がないことだ」


 ケーテがいなくなるまで、尻尾を股に挟むことなく、頑張っていた。

 はじめての冒険でグレートドラゴンに遭遇したのに、素晴らしい根性だ。


 シアがニアをぎゅっと抱きしめた。


「ニア。立派だったでありますよ」

「あ、姉上ありがとうございます」

「うんうん。さすがはシアの妹ね」


 ニアをみんなでほめていると、ガルヴが俺の周りをぐるぐる回りはじめた。

 さっきまで、股に挟んでいた尻尾を勢いよく振っている。

 ケーテがいなくなって、急に元気になったようだ。


 ガルヴは、明らかにほめて欲しそうにこっちを見ている。

 だが、ガルヴは褒めるべきか難しいところだ。


 ガルヴは尻尾を股に挟んで俺の陰に隠れていた。

 これは褒められたことではない。


 だが、怯えて鳴きだすこともなく、逃げ出しもしなかった。

 これは子狼にしては頑張ったと言えるのではないだろうか。


「ガルヴも、偉かったぞ。よく逃げ出さなかったな」

「がぅー」


 ガルヴを撫でてやると、自慢げに胸を張る。そして勢いよく尻尾を振った。


 ガルヴをしばらく撫でている間に、ニアは立ち直ったようだ。

 ゆっくりと立ち上がる。


「もう、大丈夫なのか?」

「はい。情けないところをお見せしました」

「いや、気にしなくていい」

「ありがとうございます」


 それからニアは笑顔で言う。


「大物に勝利したので、勝どきをあげなければ!」

「勝どき?」

「はい! 我ら一族では大きな勝利をあげたときには勝どきを上げるのが習わしなのです」

「そうだったのか」

「はい! 大切な儀式です。やっても構いませんか?」

「ああ、構わないぞ」


 ニアは息を大きく吸った。そして、大きな声で叫ぶ。


「わんわーん!」


 この叫びは聞いたことがある。

 ヴァンパイアハイロードとの戦いに勝利した後、狼の獣人族たちが叫んでいた。

 どうやら、狼の獣人族の儀式だったらしい。


 ニアは思いっきり叫んだあと、シアを見る。


「姉上? どうして勝どきをあげないのですか?」

「いや、なんというか……タイミングが難しいであります」


 シアは少しもじもじしていた。

 そういえば、シアが勝どきを上げているのは一度しか見たことがない。

 ハイロードを討伐した後だけだ。

 恥ずかしいと考えているのかもしれない。


「姉上、一緒にやりましょう」

「え、でも……」

「大物を倒した後はこれをしなくては」

「グレートドラゴンを倒したのはロックさんでありますし……」


 シアは遠慮しているようだ。


「シア。これはパーティーでの勝利だぞ」

「そ、そうでありますか」

「じゃあ、姉上、一緒に!」


「「おおおおおおお! わんわーん!」」

「がおおおおん」


 シアたちに合わせて、ガルヴも大きな声で吠えていた。

 吠え終わると、ガルヴはドヤ顔になる。

 シアもニアもどこかすっきりした顔になっている。


 シアたちが勝どきの余韻を楽しんでいる間、セルリスは洞窟の方を見る。


「隠ぺい魔法ってすごいわね。もう私には洞窟がどこにあるのかわからないもの」

「優秀な魔導士ならわかるが、戦士なら難しいかもな」

「そういうものなのね。あっ、ゴブリンの死骸の処理を済ませてないわ」

「火炎ブレスで骨まで燃え尽きただろう」

「それもそうかも……。先に魔石回収しておいてよかったわ」


 魔石の回収を後回しにしていたら、任務失敗になりかねないところだった。


「さて、帰るか」

「死骸処理の手間がはぶけたでありますな!」

「楽でいいわね」


 全員で王都に向けて歩き始めた。

 しばらく歩くと、ニアが俺の横に来た。


「ロックさん! ロックさんは魔法戦士なのですか? 最強のFランク戦士と聞いていたのですが」

「ああ、シアは言ってないのか」

「はい。本人のいないところで秘密をばらさないほうがいいと思ったであります」


 シアはとてもまじめな子である。


「そうか、ありがとう」

「いえ! 当然のことであります」


 シアの尻尾がぴゅんぴゅんゆれる。


 俺はニアに向かって言う。


「冒険者ギルドには戦士で登録しているが、実は本職は魔導士なんだ」

「そうだったのですね! ドラゴンを手玉に取るとはすごいです!」


 ニアの目がキラキラしている。尊敬された気がする。


「ロックさんは最強の魔導士なのよ」

 なぜかセルリスは自慢げだった。


「ロックさんはドラゴンと戦うのは初めてではなかったのですか?」

「そうだぞ。倒したことがある」

「何体ぐらい倒されたのですか?」

「うーん。ソロで倒したのは三体ぐらいだ。パーティーでなら十体ぐらいかな。今日みたいに降参させた数はもっと多い」


 強力なドラゴンほど知能が高い。話が通じるのだ。

 だから、力でねじ伏せた後、話し合いで解決することが多い。

 そのほうがドラゴン族同士の情報伝達網により、事態がよい方向に転がりやすい。


「すごいです!」


 ニアの尊敬度合いが深まったようだった。


「本当にすごいわね」

「すごいであります」

「がう」


 セルリスとシア、ガルヴも尊敬の目でこちらを見つめていた。

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