少し飛んで、ケーテが言う。
「もう見えたのだぞ」
「飛ぶと速いな」
「当たり前である!」
飛びはじめてから、ほとんど一瞬でついた。
歩きで王都から向かえば、一時間ぐらいかかるだろう。
さすがにドラゴンは速い。
ケーテはふわりと地面に降りる。
俺たちもケーテの背から地面へと降りた。
「あっちであるぞ」
「どれどれ?」
ケーテは俺の後ろに立って、俺の顔に自分の顔を並べる。
顔を並べると言っても、ケーテの顔は俺の身長ぐらいある。
俺の横の地面に顎をつけているといった感じだ。
ケーテは俺と視線をそろえてくれているのだろう。
「ロック、みえるか? あそこに洞窟っぽいのがあるであろう?」
「うむ。見えるぞ。あれがゴブリンに占拠された遺跡ってやつか?」
「そうなのである。なんと、ふてぶてしいゴブリンであろうか!」
ケーテは鼻息が荒い。
ケーテの顔は、俺の顔のすぐ近くなので風音がすごい。
遺跡の入り口を観察すると、確かにゴブリンが二匹見えた。
「確かに、ゴブリンだな」
「であろう? 我もゴブリンだと思ったのだ。だが万一、人族だったら困るのである」
ケーテは人族と、ゴブリンの見分け方に自信がないようだ。
前回、俺たちのことをゴブリンと見間違えたくらいだ。
「それで、俺にも連絡してくれたのか?」
「そうなのである」
ケーテはどや顔をしている。
「侵入者探知魔法に何者かが引っ掛かったので、見に来たのだ。そしたらゴブリンっぽいのがいたので焼き払おうと思ったのだが……」
「俺との約束を思い出してくれたと」
「まさに! まさにその通りであるぞ」
「約束を守ってくれてありがとう」
「ぎゃっぎゃっぎゃ! ケーテは義理堅いドラゴンなのである!」
俺はニアとガルヴを呼び寄せる。
ガルヴはだいぶ落ち着いたようだ。それでもまだプルプルしている。
「ガルヴ大丈夫か?」
「がう」
どことなく声にも元気がない気がする。
子供狼なので仕方がない。
「ニア。見えるか?」
「はい。見えます。二匹のゴブリンがいますね」
ニアは落ち着いている。
震えもしなければ、尻尾も股に挟んでいない。
背中に乗ったことで慣れたのだろう。
先程まで、巨大なケーテがそばに居るのに加えて、高所、高速という状況だった。
それに比べれば、地面に足がつくこの状況は大したことがないともいえる。
「ニアは、あの遺跡に全部でゴブリンは何匹いると推測する?」
「そうですね……」
ニアは真剣な表情で考え込む。
俺はニアが答えを出すまでゆっくりと待った。
その様子をケーテも面白そうに見守っている。
「遠すぎて、何とも言えないのですが……二匹は見張りに見えます」
「それで?」
「なので、見張りを置くということは、リーダーはホブゴブリンやゴブリンマジシャンの可能性もあるので……」
「ふむふむ」
俺はニアの言葉に相槌をうって続きを促す。
「十匹、いや、二十匹ぐらいいるかもしれません」
「素晴らしい」
「あ、ありがとうございます」
ニアは尻尾をゆっくりと振る。
「もちろん、群れ全体で五匹以下だったり、今見えている二匹がすべての可能性もある」
「はい」
「だが、それはただの希望的観測だ。ニアが考えたように、面倒な方向で考えるほうが冒険者としては正しい」
俺は褒めてから、ニアの頭を優しく撫でた。
ケーテは俺たちのやり取りを真面目な顔で見ていた。
「人族は色々考えるのだなぁ」
「人族は竜族に比べて弱いんだ。考えなければすぐ死んでしまう」
「ぎゃっぎゃっぎゃ! 我より強いロックがそれを言うのか」
ケーテはご機嫌だ。俺の陰に隠れているガルヴと対照的だ。
「ゴブリンとわかったことだし、早速焼き払うのである」
「ちょっと待ってくれ」
「む? まだ何かあるのか?」
「中に人族がいる可能性もあるからな」
「ふむ? ゴブリンと手を組んだ人族ということであるか?」
「いや、ゴブリンに、捕まった人族ということだ」
「そういうのもあるのだな」
ゴブリンは人を食べる。
それゆえ、ゴブリンにさらわれた人族が生き残っている可能性は少ない。
「俺とニアとガルヴで遺跡を探索してくるから……」
「えっ?」
ニアが驚いていた。
「む? 気が進まないなら、ケーテと外で待っていてもいいぞ?」
「いえ、驚いただけです。私も行かせていただきます」
「そうか」
「我も行きたいのだ」
「うーん。ケーテは大きいからな」
「竜族の遺跡だから遺跡も大きいのであるぞ?」
「それはそうだが……。ケーテは入り口の前で待機して、逃げて来たゴブリンを倒してほしいんだが」
「なるほど。それは大切な仕事であるな」
ケーテは納得してくれたようだ。
「ガルヴはどうする? 外で待っていてもいいぞ」
「が、がう」
ガルヴは小さく鳴くと、俺の手を両前足でひしっと挟む。
ケーテと一緒にいるよりもゴブリン退治の方がいいのだろう。
「わかった。一緒に行こう」
それから、俺はニアとガルヴと打ち合わせをする。
遺跡に近づいたら会話は出来ない。だから事前に済ませるのだ。
気づかれないように遺跡に近づき、ニアと俺で一匹ずつゴブリンを退治。
その際、悲鳴を上げさせてはならない。
それからは俺、ニア、ガルヴの順番で遺跡の中を進むことになった。
今回はニアの隠密行動の訓練もかねている。
一人前の冒険者になるには、たとえ戦士でも隠密行動は大切だ。
ゴブリンごときに気取られるようでは話にならない。
そういうことを説明してから、行動開始だ。
静かに進み、充分に近づいてから、ニアは跳びかかる。ゴブリンの首を剣で突いた。
そのころには俺の剣もゴブリンを絶命させている。
俺はニアに向かって大きくうなずくと、遺跡の中へと足を踏み入れた。