ニアもガルヴもケーテの叫びを聞いてびっくりしている。
「が、がう!」
「すごい声です」
「そうだな。王都中に聞こえてそうだな」
とりあえず、ケーテのもとに走った方がいいだろう。
「走るぞ」
「了解です!」
「がっがう」
「コッコ!」
ゲルベルガさまは、驚くこともなく、平然と俺の肩につかまっている。
「ゲルベルガさま、大丈夫か? 胸当ての内側に入るか?」
「ここう」
どうやら大丈夫らしい。
俺は声のした方へと先程よりも速く走る。ニアが遅れかけた。
八歳なので仕方がない。
「ガルヴ、余裕はあるか?」
「ガウ!」
余裕はありそうだ。
俺はニアの襟首をひょいとつかむと、ガルヴの背に乗せた。
ガルヴはまだ子供の狼霊獣だが、馬ぐらい大きいのだ。
「す、すみません。遅れてしまって」
「気にするな。ガルヴ、行けるよな?」
「ガッガウ!」
ガルヴは張り切って走る。
ガルヴの全力に合わせて、俺は走った。
「GYAAAOOOON! にぃぃしぃいのおおおぉ、おかああぁあぁでぇぇえ、まぁぁあってるぞおおおお!」
ケーテが叫んでいる。
確かに俺と連絡取れればなんでもいいとは言った。
だが、目立ちすぎである。非常に困る。
「あまり時間をかけるわけにはいかないか。他の冒険者や騎士とかが集まったら面倒だ」
幸運だったのは西の丘というのが、ここから比較的近いということだ。
「ガルヴ、加速するぞ」
「ガ、ガウ!」
俺が走ると、ガルヴは懸命についてくる。
やはり、ニアを乗せて全力移動はガルヴには厳しかったのかもしれない。
俺はニアの襟首をつかんで、横抱きに抱く。
「すまない。急ぐからな」
「は、はい!」
ニアの尻尾がパタパタ揺れた。
さらに加速して、ガルヴが遅れ始めたころ、やっとケーテの姿が見えた。
「ぎゃっぎゃっぎゃ! ロック、早かったのだな」
「たまたま、この近くにいたんだ」
「そうだったのか!」
ケーテはご機嫌だ。
俺は周囲を見回す。まだ冒険者も騎士も現れていない。
「ケーテ、話は後だ。隠れるぞ」
「む? なぜだ?」
「なぜだじゃないだろう。王都中に響く声で、グレートドラゴンが叫んだんだ。軍隊が派遣されるぞ」
「むむう」
「なにが、むむうだ。いいから移動だ」
「わかったのである。背に乗るがよい」
「助かる」
俺はニアを横抱きに抱いたまま、ケーテの背に乗る。
そして、ニアを背にそっと降ろした。
「ありがとうございます」
「急がせてすまなかったな。ゲルベルガさま。空を飛ぶらしいから入ってくれ」
「ここ」
ゲルベルガさまが肩の上から、胸当ての内側へと入る。
そのころにガルヴはやっと追いついた。
「ガルヴも乗りなさい」
「が、がう」
ガルヴはしり込みしていた。気持ちはわかる。
「ガルヴ。ここで待っているか? ヴァンパイアに襲われる可能性があるからついて来て欲しいが」
「ガウ!」
ガルヴはひと際大きい声で吠えた。
勇気を振り絞ったのだろう。そして、ケーテの背に乗った。
「大丈夫であるか?」
「ああ、移動してくれ」
「任せるがよい」
ケーテは空へと飛びあがる。
ニアは俺の手をぎゅっと握る。
「ご、ごめんなさい。少し怖くて」
「気にするな、いくらでも握ってくれ」
「ありがとうございます」
ニアはニコッと笑う。
尻尾に元気がないので、きっと無理して笑顔を作っているのだろう。
そして、ガルヴは完全に怯えていた。
「……きゅーんきゅーん」
いつものようにガウと鳴かず、子犬が甘えるような声を出している。
高所であるということに加えて、ものすごく怖いケーテの背の上にいるのだ。
ぷるぷるしながら、俺の体にしっかりと寄り添っていた。
「安心しろ」
俺は空いた手で、ガルヴを撫でた。
ケーテは飛びながら楽しそうに言う。
「ぎゃっぎゃっぎゃ。人族を乗せるのは初めてである」
「そうか。それはよかった。で、また遺跡をゴブリンに占拠されたのか?」
「うむ。その通りである」
あれからケーテは発見した竜族の遺跡に
「昔にかけられた隠蔽の魔法はあるのだがな。さすがに時がたちすぎて、弱まっているのだ」
「それで強化して回っているということか?」
「その通りである。仮にも竜族の魔法であるのだ。弱まっていなければ、ゴブリンごときが侵入できるはずもない」
「それはそうだが、誰かが解除して回っている可能性もあるだろう?」
「ぎゃっぎゃっぎゃ! そんな暇な奴がおるかのう?」
隠蔽の魔法をかけて回るケーテみたいな奴がいるぐらいだ。
逆に解除して回る奴がいてもおかしくないとも思う。
だが、それを言うと、隠蔽魔法は文化財の保存という崇高の任務のためだ。
遊びで解除して回る奴とは全く違うと、ケーテはいうに違いない。
ケーテは少し寂しそうに言う。
「さすがに竜族の魔法も数千年も経てば弱まってしまうのだなぁ」
「時の流れはどうしようもない」
「ぎゃっぎゃ、寿命の短いものが言うと説得力があるな」
そういって、ケーテは笑った。
俺はケーテに尋ねる。
「今回はケーテのかけた魔法が破られたってことか」
「うむ。隠蔽の魔法を使うのが初めてだったゆえ……もしかしたら間違っていたのかもしれぬのだ」
「魔法が得意な竜族が珍しいな。猿も木から落ちるってやつか」
「面目ないのである。あとでロックに見て欲しいのだが……」
「それは構わないぞ」
「ロックがこの前かけた隠蔽の魔法は素晴らしかったからな!」
ケーテに褒められてしまった。
ケーテが言うには、遺跡には隠蔽の魔法の他に侵入者探知の魔法をかけたのだという。
今回は、早くも侵入者探知にも引っかかった。恐らくゴブリンに侵入されたのだ。
「それで、約束通りロックを呼んだのだぞ」
「お、おう……」
ケーテには悪気はないようだった。どや顔をしている。
連絡方法については、後でしっかりお話しをせねばなるまい。