愚者の石製造装置についてはあとで調べるしかないだろう。
「ケーテ。悪いがこの装置を貸してくれ。調べたい」
「むむ。遺跡はそのままの姿を保存したいのだが……」
「だが、これを置いておけば、ヴァンパイアが狙ってまた来るだろう。そしてそうなれば、荒らされることになる」
「むむう。仕方ないのである。大切に扱うのだぞ」
「わかっている」
俺は装置を魔法の鞄に再びしまう。
それを見て、むふーっとケーテは息を吐いた。
「まあ、文化財保護に理解のあるロックなら大丈夫であろう」
「ケーテ。他に同じような装置がある遺跡はあるか?」
「何もない遺跡の方が多いが、まれに装置のある遺跡はあるのだ」
「さっきの装置と同じものだったか?」
「……わからぬ」
ケーテにはわからないようだ。
見ただけでわかるようなものでもないのだろう。
俺も見ただけでは、なにをするものかわからなかった。
「ケーテ。これからもゴブリン、いやヴァンパイアが遺跡荒らしに来る可能性が高い」
「……それは困るのである」
「隠蔽の魔法をかけて回るしかないか」
「あ、そうであった。我の魔法に不備がないか見てくれぬか?」
「それは構わないが」
「頼むのである」
ケーテは遺跡に隠蔽の魔法をかけた。
竜族の魔法体系なので、俺の魔法とは少し違う。
それでも、かなりの力量だと見て分かった。
「ケーテ、やるじゃないか」
「ぎゃっぎゃっぎゃ! 本当であるか?」
「うむ。見事な隠蔽魔法だ。魔力探査をしても見つけることは容易ではないはずだ」
「本当か?」
「うむ。これならヴァンパイアでも容易には気付けまい」
「ぎゃっぎゃっ! そうかそうか」
ケーテはご機嫌に笑う。
「……って、ではなぜ、この遺跡は侵入されてしまったのだ? この遺跡にかけてあった魔法は今かけたものと同じであるぞ?」
「それはだな。目で見たらばれるんだ」
「ふむ?」
「はるか上空から探査するドラゴン相手ならこれで充分だが、地上から探すものにとっては視覚情報が重要だ」
上空からは遺跡の入り口は見えにくい。
だから魔力探査にさえ感知され無ければ、問題がないのだろう。
だが、地を這って暮らす人族やゴブリンにとっては、丸見えだ。
「そ、そうであったか……」
ケーテはやはりドラゴンの常識で考える傾向がある。
「だから、この場合は……こうすれば……」
俺は視覚を誤魔化す隠蔽魔法を付与した。
「なるほど、見事なのである!」
「やり方は理解できたか?」
「うむ。一度解除して、最初からやってみるのだ。ロック頼むのだ」
「わかった」
俺は自分のかけた魔法と、ケーテのかけた魔法を同時に打ち消した。
「わ、我のかけた魔法は自分で解除するつもりだったのだが……」
「あ、それはすまない」
「い、いや、問題はないのだ。我の魔法が一瞬で解除されてショックだっただけなのだ」
「そうか」
それは悪いことをしてしまった。
「では行くのだ」
ケーテは、再び隠蔽の魔法を遺跡にかけた。
今度は視覚的にも誤魔化せるようになっている。
「どうだ?」
「いい感じだ。ニア。どう思う?」
「はい、私では気付けないと思います」
「とのことだ。ケーテ。安心してくれ」
「それならよかったのだが……。この魔法も、ロックにかかれば、一瞬で解除されてしまうのだなぁ」
「ロックさんは特別ですから!」
ニアがケーテに向かって言った。
「そうであるな。我に勝った人族だものな」
「ヴァンパイアにも圧勝でしたから」
「ふむふむ」
俺はケーテに確認する。
「ケーテ。侵入者探知の魔法はまだ解除されてないのか?」
「うむ。ちゃんとかかっているままだぞ」
「それならいい」
「これから我は魔法をかけて回る予定である」
「そうか。それがいいな」
「また、何かあったらロックを呼ぶのである」
「それはありがたいのだが……ケーテ」
「む?」
ケーテは首を傾げた。
「あの呼び出し方はやめてくれ」
「あの?」
「王都に向かって咆哮して、名前を呼ぶあれだ」
「え? 便利であろう? 一発でわかるのだし。実際すぐ来てくれたではないか」
ケーテの認識はその程度だったのだ。また、同じことをされたら困る。
俺は丁寧に説明することにした。
竜の咆哮はそれだけで、王都の民を震撼たらしめるものである。
竜が王都の近くで吠えれば、軍隊が動員される。
冒険者ギルドからは緊急クエストがだされることになる。
「それは大変なことだな」
他人事のようにケーテは言う。
「ケーテにとっては、軍隊ぐらい怖くないんだろうが、人族はそれはもう大変なんだ」
「そんなことないぞ。軍隊は、あのバリスタ? とかいうのを持ってくるだろう? あれは結構痛いのだ」
「ケーテにバリスタが効くとも思えないが」
「それは、怪我はしないが、痛いのは痛いのだ」
「そうか」
バリスタでダメージを与えられるドラゴンは、もっと小さいドラゴンだけだろう。
「ケーテの咆哮で王都中は大騒ぎになったことだろうさ」
「ふーむ。それは悪いことをしたのである」
「その上、ケーテ、俺の名前を叫んだだろう?」
「ん? そうだったか?」
「そうだったぞ。あれはとても困る」
「そうか、すまぬ」
「今度からのろしとかにしてくれ」
「だがなぁ、声を出さないと、ロックは気づかないかもしれぬではないか? いつも空を見ているわけではないのであろう?」
「それはそうだが」
「やはり、そうであろう!」
ケーテの鼻息が荒くなった。
「少し考えてみる。明日の昼も西の丘に行くからその時までになんとかしよう」
「頼んだぞ!」
そして、ケーテは飛び去っていった。