どや顔のケーテは、嬉しそうに尻尾を地面にびたんびたんとさせる。
結構大き目の音が鳴った。
「ケーテ、とりあえず、尻尾を落ち着かせてくれ」
「お、すまぬ」
そういって、ケーテは自分の尻尾を前に持ってきて自分の両手で抱えた。
尻尾は獣の尻尾ではなく、ドラゴンの尻尾だ。
太くて長くて、鱗が生えている。
「立ち話も何だ。中に入ってくれ」
「お、よいのか?」
「外にいる方が目立って困る」
俺はケーテを連れて屋敷に入る。
「ほほー。ここがロックの家であるかー」
「そうだぞ。家の中で尻尾をバシンバシンするなよ。床が壊れる」
「わかっているのだ」
ケーテは興味があるのか、しきりにきょろきょろしていた。
俺はケーテを居間へと連れていく。応接室もあるが、用意が何もないのだ。
居間にはセルリスとシアがいた。
「あれ? ロックさんのお客さまかしら?」
「……いや、ケーテさんでは? 匂いがそうであります」
セルリスは気付かなかったが、シアはすぐに気が付いた。
「シアもニアも鋭いのう! さすがである」
「獣人は嗅覚が鋭いでありますよ」
「がっはっは! すばらしいことだ!」
ケーテは豪快に笑う。
竜形態のぎゃっぎゃっぎゃという笑い声が、人型ではがっはっはになるのだろう。
「それに比べて、ロックは我を見ても気付かなかったのだぞ! 我は悲しい」
「いやいや、ほとんどの人族は視覚を重視するからな。それだけ姿が変わればわからなくて当然だ」
「ふむー。不便なものであるな」
俺はミルカも呼んで、改めてケーテのことを紹介する。
ルッチラとミルカ、フィリー、それにタマは、ケーテとは初対面だ。
互いに自己紹介を済ませた後、ミルカが言う。
「本当にロックさんの知り合いだったんだな!」
「そうであるぞ」
「それは悪いことをしたな!」
俺はミルカの頭を撫でる。
「いや、ミルカは正しい。あの対応で完璧だ」
「そうかい?」
「この屋敷にはゲルベルガさまがいるからな。知らない奴は入れたらだめだ」
「わかったぞ。これからもそうする!」
「頼んだ」
俺の屋敷にはゲルベルガさまやフィリーがいる。
それに錬金装置や秘密通路まで存在する。
誰がいつ狙いに来るかわからない。
今日はセルリスとシアがいたが、ミルカだけの時も多い。
やはり、門は開けないのが正解だ。
俺に頭を撫でられているミルカを見て、フィリーが言う。
「だがな、ミルカ。貴族の家の家人、徒弟としては、あの口調はよろしくないのだぞ」
「そうかい? そんな気もしてたんだけど、おれはこの話し方しかできないからなー」
「任せるがよい。明日からしっかり教えてやるのだ」
「本当かい? 頼んだよ、先生!」
ミルカの先生に対する口調も、ふさわしいものではない。
「教えがいがありそうである」
フィリーはやる気になっているようだった。
それからニアとルッチラがお茶とお菓子を持ってきてくれた。
徒弟としての仕事と判断したのだろう。
「おお、ありがとう!」
ケーテはお菓子をパクパク食べる。
三万ラック分飲み食いしたばかりだというのに、よく食べられるものだ。
「ケーテ。聞きたいことは山ほどあるのだが……」
「む?」
ただのグレートドラゴンは、人型にはなれない。
ケーテは一体何者か。とても知りたい。
だが、今、一番知らなければならないのは、どうしてここに来たかだ。
明日の昼に会う約束をしていたのに、急いできたということは何かあったのだろう。
「問題が起きたのか?」
「そうなのである」
ケーテは説明する。
あれからケーテは竜の遺跡を巡回して魔法をかけて回っていたのだという。
「おお、それは助かる」
「うむ。ロックに魔力結界だけでは不十分で、視覚もごまかした方がいいと教えてもらったからな」
もともと視覚をごまかす魔法が、竜の遺跡にはかかっていた。
だから人族の冒険者に発見されることがなかったのだ。それが今破られている。
破られたのと同種の魔法を、改めてかけなおすことに意味があるかはわからない。
だが、ケーテが巡回すること自体の効果は大きい。
何か異常があればすぐ気づけるからだ。
それにケーテが新たにかけている侵入者検知の魔法はとても助かる。
「また、昏き者どもに遺跡を荒らされたのか?」
「もっと大変なことが起こったのだ……」
「大変なこと? 遺跡荒らしよりもか」
遺跡マニアのケーテが、遺跡荒らしより重大事と判断したのだ。
本当におおごとらしい。
その割には、無銭飲食する余裕があったようだ。優先順位が違うと思う。
「うむ。王都周辺の遺跡を回って、我が宮殿に戻ったら……。やばい奴がいっぱいいたのだ」
宮殿という言葉も気になるが、やばい奴という言葉の方がより気になる。
「やばい奴ってなんだ? ヴァンパイアか?」
「うむ。あれは、多分ハイロードに率いられた集団である。配下に昏き者どもがいっぱいおったぞ」
「昏き者どもって、ゴブリンではないんだよな?」
「ゴブリンもおったが、それは我にかかれば造作もない」
「だろうな」
「問題は、
「昏竜?」
「昏き者どもの竜種である。竜種と言っても、我らの眷属ではないぞ?」
「そうなのか?」
俺が尋ねると、ケーテは深くうなずいた。
「昏竜は、腹立たしいことに我らに姿が似ているのだ。だが、作った神がそもそも違う。昏き者どもの神がこの世に堕とした残滓のようなものだ」
「なるほど……」
「ロックが知らなくても仕方がないことだ。我も見たのは初めてであったからな」
昏竜はとても珍しいらしい。
「で、魔装機械というのは?」
「文字通り魔力をまとい、魔力で動く機械だ。ものすごく強いうえ、魂がないゆえ昏き者どもではない」
「昏き者どもではないということは……」
「うむ。王都に張られている結界も反応せぬだろうな」
危険なものが動き出しているようだった。