ケーテの宮殿を昏き者どもから取り戻した後、ケーテは俺たちを送って王都に来た。
そのころにはすでに夜明けごろ。俺たちは、一晩中眠らなかったのだ。
とりあえず、ケーテは俺の屋敷で仮眠してから帰ることになった。
エリックは王宮に、ゴランは自分の屋敷に戻っていった。
軽く寝て、すぐ仕事をするのだろう。頭が下がる。
俺はガルヴと一緒に、昼まで寝ることにした。
俺が目を覚ますと、夕方になっていた。予定より長く眠ってしまった。
戦闘と移動で疲れていたのかもしれない。
俺とガルヴが居間に行くと、みんながいた。
俺より先に起きていた、ケーテが言う。
「人族の家にお泊りしたのは初めてなのである」
「それはよかったぞ。折角だし夜ご飯も食べて行くといい」
「よいのか?」
「もちろんだ」
ケーテは嬉しそうだ。太い尻尾が上下に揺れる。
「ケーテさんは苦手な食べ物とかあるのかい?」
「苦手な食べ物……」
俺の徒弟ミルカの問いに、ケーテは真剣な表情で考え込んだ。
ミルカは料理担当の徒弟なのだ。
俺の同居人にして、天才錬金術士のフィリーが真面目な顔で言う。
「フィリーの読んだ文献には……。竜族は肉が好きと書いてあったのだ」
「なるほどー。フィリー先生、勉強になるんだぜ!」
ミルカはフィリーのことを先生と呼ぶのが嬉しいようだ。
フィリーは錬金術だけでなく、あらゆる学問に精通している天才だ。
それゆえ、俺の徒弟たち、ミルカ、ルッチラ、ニアの家庭教師をお願いしてある。
「ああ、肉はうまいものが多いのである」
ケーテは初めて王都に来たとき、肉料理の屋台で無銭飲食していた。
肉料理は好きなのだろう。
「我は肉食であるのは間違いないのだ。普段はそこらの魔獣を捕まえて食べているのだぞ」
そんなことを言いながら、ケーテは狼のガルヴのお腹を撫でていた。
「くーん、きゅーん」
「ガルヴのことは食べないから安心するがよいぞ」
ガルヴはお腹を見せてケーテに媚びている。
馬ぐらい大きいが、ガルヴはまだ子狼なのだ。
そして普通の魔獣よりはるかに格の高い霊獣である。
「ケーテさんは、肉以外には何が好きなんだい?」
「甘いお菓子も大好きであるぞ!」
「ケーテはたくさん食べるからな。相当多めに頼む」
「わかったんだぜ」
台所に向かうミルカをニアとルッチラが追う。
「私もお手伝います!」
「ぼくも手伝うよ」
「ありがたいんだぜ!」
ルッチラが台所に行ったことで、ゲルベルガさまが残った。
「ココッ」
一声鳴くと、トトトと走ってきて、俺のひざにぴょんと跳ぶ。
ゲルベルガさまは、白い羽と赤いとさかを持つ普通のニワトリの外見をしている。
だが、その正体は神鶏さまだ。
霊獣などより格が高い。半神のようなものだ。
ルッチラの一族の氏神様のような存在であり、鳴き声には特別な力がある。
「ゲルベルガさま、どうしたんだ?」
「ここ」
ゲルベルガさまは甘えるように、俺に体を押し付ける。
そんなゲルベルガさまを優しく撫でた。
「わふ」
「タマも撫でて欲しいのか?」
「わふぅ」
フィリーの足元で寝ていたフィリーの愛犬、タマも俺のところに寄ってきた。
俺はゲルベルガさまを左手で抱えながら、タマも撫でる。
タマは大型犬だが、ガルヴに比べたらだいぶ小さい。
そして、ガリガリに痩せている。
「タマも、少し太って来たか?」
「わふ」
「解放されたばかりに比べたら少し太ったのだが……まだまだやせているのだ」
フィリーもタマを心配しているようだ。
タマは忠犬だ。
餌をもらえず、家族にも会えない中、一頭で屋敷にとどまった。
それも昏き者どもが占拠している屋敷にだ。
フィリーのことが心配で、ずっと雨ざらしの庭で助けを待っていたのだ。
尊敬すべき犬と言えるだろう。
俺がタマを撫でていると、ケーテが近づいてきた。
ケーテは馬のように大きなガルヴを両手で抱いていた。
相当な腕力だ。
「……きゅーん」
ガルヴが助けを求めるような目でこっちを見ていた。
そんなことは気にせず、ケーテは言う。
「ガルヴにタマと、ロックの家には犬がいっぱいおるのであるな」
「……犬科なのは間違いないな」
「ガルヴは狼でありますよー」
「へー?」
ニアの姉にして狼の獣人族のシアの言葉にケーテは首を傾げた。
ケーテにとっては、狼も犬も大した違いはないのだろう。
「ガルヴは霊獣の狼だから、我らの遠い遠い親戚のようなものであります」
シアは十五歳の若さでBランク冒険者になった優秀なヴァンパイアハンターだ。
「ガルヴは大きいから、あまり抱えないほうがいいかも知れないでありますよ」
「そうなのであるな」
ケーテはガルヴを降ろすと、タマを撫でる。
「成犬のガルヴも可愛いが、子犬のタマも可愛いのである」
「タマは子供ではないぞ?」
俺がそういうと、ケーテは驚いたようだ。
大きさの比率から言えば、ケーテの言うとおりだ。
「そうなのであるか?」
「うむ。ガルヴが子狼で、タマが成犬だ」
「不思議であるなー」
そんなことを言いながら撫でている。
「その鳥もかわいいのである」
「ゲルベルガさまは、神鶏さまだぞ」
ケーテにもゲルベルガさまの偉大さを教えておいた。
「ゲルベルガさまは、偉大なのであるな!」
「ここぅっ」
ゲルベルガさまは、俺の肩の上に乗り羽をバタバタさせた。
これはゲルベルガさまなりの照れ隠しである。
「ゲルベルガさまは、元気ね」
ゴランの娘Fランク冒険者のセルリスが、ゲルベルガさまを抱きかかえる。
セルリスは戦闘力はBランク相当だが、冒険者になりたてなのだ。
「こぅ」
セルリスに抱きかかえられると、ゲルベルガさまは大人しくなった。
「夜ご飯の準備ができたぞー」
そのとき、居間にミルカの声が届いた。