ケーテの声が響くと、ガルヴがびくっとして飛び起きた。
「がうー」
「ガルヴ、寝ててもいいぞ?」
「がう!」
「床じゃなくて、長椅子で眠った方がいいんじゃないか?」
「がーう?」
ガルヴは、ゆっくりと居間の長椅子まで歩いていく。
そして、横になると大きなあくびをした。
そこにケーテが入ってきた。
「む? お昼ご飯を食べていたのであるか?」
「そうだぞ」
「ケーテ、お昼ごはんはもう食べたか?」
「まだ食べていないのだ」
そう言った瞬間、ケーテのお腹がぐーっとなった。
「ケーテも食べるといい」
「よいのか?」
「ああ」
「ありがたいのである!」
そして、俺たちはケーテも一緒に昼ご飯を食べた。
昼食の後片付けを済ませて、居間に行くとガルヴの横にケーテが座っていた。
ガルヴは警戒心もなく、お腹を出して眠っている。
「がぁうー」
ガルヴはいびきをかいていた。
少し前まで、ケーテに怯えていたのが嘘のようだ。
「ガルヴは可愛いのである」
そういって、ケーテは眠っているガルヴのお腹辺りを撫でている。
ガルヴが起きる気配はない。
「ガルヴも随分ケーテに慣れたな」
「ケーテは良い竜なのである。それがガルヴにも伝わったのであろうな」
俺はケーテの隣に座る。
「ケーテ、今日も遺跡を巡回してきたのか?」
「うむ。今日も平和であった」
「それならよかった」
「良いとも言い切れないぞ」
フィリーの声が後ろから聞こえる。
俺が振り返ると、フィリーとタマが立っていた。
「フィリー。どういうことだ?」
俺はフィリーに向かいの長椅子を勧めながら言った。
フィリーとタマは、一緒に俺の向かいの長椅子に座る。
タマはフィリーの横に行儀よくお座りした。
お腹を丸出しにしていびきをかいているガルヴと正反対だ。
「もしかしたら……。遺跡を荒らす必要がなくなったということなのやもしれぬ」
「もう必要な魔道具や装置を集め終わったってことか?」
「うむ。可能性はある」
「だが、この辺りの遺跡はケーテが見張っておるのだ」
「遠くの竜族の遺跡を漁ったのかもしれぬし……もしかしたら竜族以外の遺跡を漁ったのかもしれぬ」
「むむう」
ケーテは真面目な顔で呻く。
尻尾の先が円を描くようにして、揺れていた。
「フィリーの言う通りかもしれないな」
「であろ?」
「実際、愚者の石の量産化に成功していそうな気配があるしな……」
「フィリーが懸念を抱いているのは、ロックさんたちが遭遇したという魔装機械の数なのだ」
フィリーの言うとおりだ。
愚者の石か賢者の石。そのどちらかが魔装機械の製造には必要だとドルゴが言っていた。
だから、俺たちは製造をあきらめたのだ。
だが、昏き者どもは五十機を風竜王の宮殿近くに配備していた。
「風竜王宮殿近くに配備する魔装機械など、優先順位は低いと思うのだが、ロックさんはどう思う?」
「確かにそうだな。昏き神の加護や呪いを溜めるメダル、神の加護を破るアイテムの方が重要に思える」
「なるほどー。そうかもしれぬのだ」
ケーテも感心しながら聞いている。
「水竜たちを生贄にすれば、昏き者どもの目的は果される。そんな時点まで来ているのかもしれぬ」
「昏き者どもの計画が順調に進んでいる可能性があるってことだな」
「怖いことであるなー」
ケーテがうんうんと頷いていた。
「そういえば、フィリー。自分のことを我って呼ぶのをやめたのか?」
先程から、フィリーは自分のことをフィリーと呼んでいる。
「わ、悪いのか?」
フィリーは顔を真っ赤にした。
「いや、全く悪くない。少し気になっただけだ」
「母上に……我は可愛くないといわれてな……」
「そうか。たしかにフィリーって呼んでいる方が可愛いかもしれないな」
フィリーは照れていた。
そして、ケーテが声を上げる。
「えっ?」
「ケーテ、どうした?」
「我って、可愛くないのであるか?」
「いや、そういうわけではないぞ?」
「我が、自分のことを我って呼ぶのは、やめたほうがいいのであるか?」
「いやいや、ケーテが我と呼ぶのは可愛いと思うぞ」
「ふむ? そうであるかー。人族の感性は難しいのだなー」
その時、呼び鈴が鳴った。
「おれが出るぜ!」
ミルカが走っていく。
「知らない人だったら開けなくていいからな」
「わかってるー」
そして、やってきたのはドルゴだった。
ドルゴも、ケーテと同じく、門を開けることができるように設定してある。
それでも、呼び鈴をわざわざならしてくれたのだ。
さすがは、ドルゴ。とても礼儀正しい。
「ロックどの、お邪魔いたします」
「よくおいでくださいました」
フィリーとタマが立ち上がって、近くの別の長椅子に移る。
空いた席をドルゴに勧めた。着席してから、ドルゴは言う。
「ケーテ、また来ていたのか」
「我だけじゃなく、父ちゃんだって来ているのではないか!」
「まあよい」
そして、ドルゴは俺の方を見た。
「水竜たちと話を進めてまいりました」
「どういう首尾に?」
「ぜひ、ロックさんにお願いしたいと」
「それならよかったです」
竜族の誇りで、人族の手は借りないとか言われなくてよかった。
これで、水竜の集落の防衛に注力できるというものだ。