安心したケーテの横で、リーアはシアの方を見る。
「シア。質問をまだ聞いていないの」
「そうであったでありますね。その柱の間から出入りするという話でありましたが……」
「そうなの」
「水竜の皆さんは空をとばないでありますか?」
水竜たちには立派な羽が生えている。
空は飛べるはずだ。それなら、別に門を通らなくてもいい。
そうシアは思ったのだろう。
「全体的に結界が張られているから、ここから出入りするの」
「なるほど? どういうことなのかしら?」
セルリスはわかっていなさそうだ。
「つまり集落全体に、出入りを防ぐ防御結界が張られているってことだ」
「さすが、ラック! その通りなのよ。だからこの柱の間以外から出入りするのはとても難しいの」
リーアに褒められてしまった。
ゴランが柱を調べながら言う。
「ということは、この周辺を防衛すれば、大丈夫ということですかな?」
「そうなの」
「これまで、我ら水竜に大きな被害や死者を出さずに耐え忍べたのは、この結界のおかげです」
侍従長モーリスが補足してくれた。
そんなことを話していると、水竜たちがざわざわし始めた。
「殿下が、ラックさまを呼び捨てにしたぞ」
「いくら温厚なラックさまでも……呼び捨てにしてはまずいのでは……」
「水竜全員で謝って勘気を解かねば……」
水竜たちは焦っているようだ。短気だと誤解されるのも困る。
「大丈夫です。呼び捨てしてくださって、結構です。まったくもって気にして——」
俺の言葉の途中で、水竜たちがごろごろ転がりはじめた。
仰向けでお腹を出している。犬の服従のポーズに似ている。
「な、なにごとですか?」
驚いて、俺が尋ねると、ケーテがうんうんとうなずいた。
「水竜たちはお詫びしているのだ。人族で言うところの土下座というやつであるぞ。我は竜族の習俗にも人族の習俗にも詳しいのである」
ケーテはどや顔をしていた。
一方、寝っ転ろがっている水竜たちは口々に言う。
「殿下はまだ幼少の身。どうかお許しください」
「どうか! ご勘気をおときくださいますようお願い申し上げます」
「がうがう!」
ガルヴまで水竜の隣でお腹を出していた。
ガルヴは遊んでいると思っていそうだ。
「ほんと謝ってもらう必要はないです。頭をお上げ……、いや体を起こしてください」
俺がそういっても水竜たちは体を起こさない。
「水竜の皆の衆、ラックは本当に気にしてないから大丈夫であるぞ」
ケーテが説明し、
「ラックとリーアはお友達なの!」
リーアがどや顔で胸を張った。尻尾もピュンピュン上下に揺れている。
「そうです。互いにリーア、ラックと呼ぶ仲なんですよ!」
俺がそういうと、やっと水竜たちは体を起こした。
水竜たちは驚いているようだ。
「なんと」
「さすがは殿下だ」
「ラックさまを呼び捨てにすることが許されるなんて!」
水竜たちは俺を神格化していそうな勢いだ。
それは、少し困る。
「いえ、みなさまもぜひラックかロックとだけ、お呼びください」
「……なんと心の広いお方だ」
「だが、あまりにも畏れ多くて……呼び捨てなど、とてもではありませんが……」
「ああ、その通りだ」
そんなことを水竜たちが真面目な顔で話しはじめる。
「いえ、本当に、お気になさらないでください」
俺がそういっても、水竜たちは呼び捨てに抵抗があるらしかった。
話し合いの結果、ラックさんと呼ぶことになった。
水竜たちの会議の間、エリックとゴランは柱を観察していた。
「ラック。俺にはよくわからないんだが、この結界の強度はどの程度のものなんだ?」
「ああ、それは実に大事なことだ。ラック、ちょいと調べてくれねーか?」
「そうだな。少し待ってくれ。調べてみよう」
俺は結界の魔法的強度を調べていく。
かなり強固な結界に思える。
「見事な結界だ。王都の神の加護に近いかもしれないな」
「ほう?」
強度自体、かなりのものだ。
だが、強度以上に、広範囲を覆っているのが凄い。
これほどの広範囲を結界で守るのは俺でも難しい。
「ここだけ守っていれば大丈夫なレベルと考えてよいか?」
「いや、そうではない。ヴァンパイアロード以上はここからではないと入れないだろうが……」
「つまり、雑魚は入れるってことか?」
「そういうことになる」
神の加護に近いとはそういう意味だ。
強いものを弾くことに特化している。
雑魚になら入られても怖くはない。そういうことだろう。
「神の加護と考えていいのか?」
「いや、神の加護と違い、魔力に反応している感じだな。昏き者どもかどうかは関係ない」
おそらく竜族同士の戦争にも備えているのだろう。
「弱い奴は、なぜ弾かないのでありますか?」
「全部弾くのは難しいというのもありますし、我らの獲物の魔獣も弾いてしまいますから」
そう侍従長モーリスが説明してくれた。
「レッサーやアークヴァンパイア程度なら、我らの中の一番弱い個体でも余裕ですからね」
「魅了も防げますか?」
「もちろんです。竜族はそもそも精神抵抗が高いゆえ」
「ラックにはこの門から入ってくるロードやハイロードを迎え撃って欲しいの」
リーアが笑顔で言う。
「そういうことなら、任されましょう」
俺がそういうと、水竜たちは歓声を上げた。