ケーテの竜の本に関する説明は腑に落ちる。
読む側も、そして書く側も、時間があるので長大になるのだろう。
「なるほど。体の大きさだけではなく、時間の長さも書籍のあり方に影響をあたえるんだな」
「考えさせられるのだ」
フィリーも感心している。
「とはいえ……」
俺は困った。
情報量が多いのは素晴らしい。夢のような本と言える。
だが、読むのは大変だ。
俺もフィリーも寿命のある人族なのだ。
そして、あまり時間を費やしていては、水竜の集落が襲われてしまう。
「さすがに、時間がかかりすぎるのだ……」
好奇心旺盛で、知識欲も豊富なフィリーでも困っていた。
俺とフィリーの様子を見て、ドルゴが言う。
「ケーテ。ロックさんたちに、読むべき場所を教えて差し上げなさい」
「え?」
「え? ではない。教えたはずだな」
「教えてもらった覚えはあるが、あまり得意ではないのである」
「ケーテ」
「わかったのである」
そして、ケーテは深呼吸をした。
「我ら竜族も暇なわけではないのである」
「え? そうなのか?」
思わず失言してしまった。ケーテが暇そうに見えるからだ。
ドルゴは忙しそうだから、暇な奴ばかりではないというのはわかる。
「そうなのである」
ケーテは特に気にしていないようだ。
「長い一生、暇な時もあるのである。そういう時はゆっくり本を読むのだ」
「なるほど。それはうらやましいな」
「うむ。だが、忙しいとき、いちいちこんな分厚くて巨大な本を読んでいられないのである」
「竜もそうなのか。いや、そりゃそうか」
知りたい情報があって調べるとき、巨大な本は不便極まりない。
「もちろん、そりゃそうなのであるぞ」
「ということは、竜族は対策を持っているのだな?」
フィリーがケーテに対して、身を乗り出すようにする。
「そうである。その魔法を教えるのである」
「……魔法は、フィリーは苦手なのだ」
「それなら、我がフィリーのかわりに魔法を使うのだ。とりあえず、先にロックに魔法を教えるのである」
それからケーテは俺に魔法を教えてくれた。
本の中に書かれている文字列を探し出す魔法だ。
「このようにすると、知りたい文字列が光るのである。本を外から見てもわかるぐらい光るから、便利なのである」
「ほほう、それは助かる」
「ロック、試しに一回、やってみるのである」
俺は教えてもらったばかりの魔法を使う。
本の各所が光りはじめた。
「おお、すごいのである。一発で習得してしまったのだな。我は使えるようになるまで結構かかったのである」
「ケーテの教え方がいいからだ」
「がっはっは、照れる」
それから俺は魔法をかけて、本の中から必要な個所を探していった。
「フィリー。何が知りたいのであるか?」
「そうだなー……」
フィリーが文字列を指定して、それをケーテが魔法で探す。
そんな感じで、フィリー、ケーテ組は本を読んでいった。
魔法を使って目当ての文字列を探し、実際に読んで欲しい情報か判断する。
やってみると、思いのほか脳みそが疲れる感じがする。
一通り調べ終わるころには夕方になっていた。
「もう。もう。何も考えられないのである」
ケーテがぐでっとして、机に突っ伏していた。
「ケーテお疲れさま。ありがとう」
「ケーテ助かったのだ!」
フィリーも疲れた表情だが、ケーテほどではない。
「いやいや。気にしなくていいのである」
近くにいたドルゴが言う。
「ケーテ。頑張ったな」
「とうちゃんが我をほめるとは、珍しいことなのである」
そういって、ケーテは、がははと力なく笑う。
本当に疲れていそうだ。
「ケーテ。そこまで疲れるのはさぼっていたからだ。ロックさんを見てみろ」
「む?」
ケーテが俺の方を見る。
「ロックさんは、魔法を使って探し出して、読んで判断して、また魔法を使って。つまりケーテとフィリーさんの二人分の働きをしていたのだ」
「ロックは……本当に人族であるか?」
「もちろん、人族だ」
「人族とは恐ろしいものであるなー」
フィリーが言う。
「ロックさんが特殊なのだ」
「もちろんロックさんは特殊というか、異常というか、化け物みたいなものであるが……」
ケーテの言い方が結構酷い。
「フィリーも大概であるぞ。脳みその回転早すぎるのである」
「そうかな?」
フィリーが首を傾げていた。
「我もフィリーの読んでいるところを読んでいたのだが……。全然ついていけなかったのである」
「フィリーは読書をよくしているからだと思うのだ」
フィリーがそういうと、ドルゴが首を振る。
「フィリーさん。基本的に竜族は人よりも読書スピードがはるかに速いのです」
「それは、知りませんでした」
「ケーテがさぼっていたことを差し引いても、読解の速さで風竜王に勝つとは……。錬金術の天才とお聞きしておりましたが。心底驚きました」
「過分なお言葉ありがとうございます」
ドルゴに褒められて、フィリーは照れていた。
「ロック。フィリー。よさげな魔道具を作れそうであるか?」
「ああ、頭の中にはもう魔法回路はできている。フィリーはどうだ?」
「フィリーも準備完了なのだ。素材も……。一つだけなら手持ちでいけると思うのだ」
やっと、魔道具製作に入れそうだ。