俺はエリックに尋ねる。
「その懸念っていうのはなんだ?」
「それを話す前に、少し、場所を移したいのだが……」
「わかった」
エリックがそういうということは、重要な機密を話したいのだろう。
シアやフィリー、セルリスたちを信用していないというわけではない。
だが、機密は知るだけで危険になりうるのだ。
エリックの配慮だろう。
俺たちが移動しようと立ち上がると、
「ゴランさんはお食事中でありますね。あたしたちが席を外すでありますよ」
「すまない。助かる」
フィリーとタマ、シアとセルリス、それに徒弟たちは食堂から出ていった。
「こっ」
ゲルベルガさまは食堂に残った。堂々と俺の懐から顔を出している。
「がう?」
ガルヴはシアたちについて行くべきか、俺のところに残るべきか悩んでいるようだ。
「ガルヴは好きにしていいぞ」
「がう!」
嬉しそうに尻尾を振ると、俺の太ももにあごを乗せた。
シアたちがいなくなったことを確認してエリックが話始める。
「俺が危惧していることは敵の攻撃タイミングが合っていたことだ」
俺たちが本拠地を攻めることに決めてから、実際に攻め込むまで時間はかけていない。
だが、そのカウンターとして、水竜の集落に苛烈な襲撃があった。
それだけなら、すぐ動かせる戦力を集落の近くにひそめておいたのだと推測できる。
そもそも、昏き者どもの狙いは水竜の集落なのだ。
襲撃用の戦力が控えていてもおかしくはない。
「問題は王都にも同時に攻撃があったということだ」
「それはそうだが……。ヴァンパイアロードに率いられたアークとレッサーの部隊だったんだろう?」
ゴランが慎重に考えながらいう。
「ハイロードや昏き竜、魔装機械がなかった分、主力じゃないのは明白だ」
「確かにゴランの言うとおりだ。通話の腕輪に類するものが一つあれば事足りる」
俺もゴランと同様、さほど深刻だとは思わなかった。
王都周辺に昏き者どもが戦力を伏せていたとしてもおかしくはない。
俺もエリックも、ゴランも、当然敵が戦力を伏せているものと考えて動いていた。
そして奇襲ならば、通話の腕輪が一つあれば実行は可能だ。
敵は最上級のレアアイテムである王都の神の加護を突破する魔道具をそろえてきている。
店でも買える通話の腕輪ぐらい当然用意していると考えるべきだろう。
「ロックとゴランがそう思うのは当然だな。だが、そうではない」
俺とゴランは、黙ってエリックの説明の続きを待つ。
「俺もロックやゴランと同じように当初は考えた。だが、タイミングが違う。ロックの
「む? それは、どういうことなんだ?」
ゴランが困惑している。だから俺が解説する。
「俺たちの襲撃が、昏き者どもにあらかじめばれていたってことだ」
「なんだと? ばれるタイミングなんてなかっただろう?」
王宮内に内通者がいるのは周知の事実だ。
枢密院が全力で調査中だが、まだ判明していない。
だから、俺たちは「兵は拙速を尊ぶ」という方針で、急いで事を運んだのだ。
「俺たちの襲撃計画開始から、実際の襲撃まで思いだしてみよう」
「そうだな」
俺たちは一生懸命思いだす。
まずセルリスたちが本拠地の情報を俺のところに持ってきてくれた。
そして、ドルゴやエリックたちに通話の腕輪で知らせて水竜の集落に集合。
大急ぎで準備をして襲撃に出発。
「情報がもれそうな部分がないな」
「……狼の獣人族ぐらいじゃねーか?」
ゴランの意見にエリックは即座に首を振る。
「いや、それはない。ヴァンパイアは狼の獣人族の天敵だ。ヴァンパイアに内通して情報を流すなどあり得ない」
ヴァンパイアに内通するぐらいなら死を選ぶだろう。そういう者たちだ。
その上、狼の獣人族たちには魅了や催眠も効かない。
「そんなことは当然俺もわかっている。内通も催眠も魅了もありえねーだろうさ。だが、情報が洩れる可能性は内通だけじゃねーだろ」
「ゴランは密偵の可能性を疑っているのか?」
「ああ、そうだ」
「確かに、アークヴァンパイアより上位のヴァンパイアは姿を消せるが……。ロック、ヴァンパイアが姿を消して狼の獣人族を見張っていた可能性はあると思うか?」
「それも考えにくいな。狼の方々は鼻が利く。それにヴァンパイアの幻術の類は基本狼の方々には効かない」
そういうと、ゴランは首を振る。
「そうじゃない。狼の獣人族は、眷属は一目で見抜けるが、魅了をかけられたもののことは見破れない」
「……たしかにな」
「狼の獣人族だって、自給自足なわけではないだろう? 外部の商人と取引だってしているはずだ」
ゴランは外部の商人に魅了をかけられている可能性を疑っているようだ。
「だが、外部の商人に、襲撃の情報がつかめるだろうか」
「可能性は低いと俺も思う。だが可能性はゼロじゃねーだろ」
ゴランの言う通りではある。低いがゼロではないだろう。
エリックが言う。
「ロック。狼の獣人族の集落に行って調べてくれないか? 面倒で厄介な仕事だが……頼まれてほしい」
本当に、とてもとても面倒で嫌な仕事だ。そう思った。