着陸したケーテの背からみんなで降りると、ダントンが駆け寄ってくる。
「よくぞ来てくれた!」
「急に会いに来てすまない」
「気にしないでくれ! ロックならいつ来てくれても嬉しい。皆もよく来てくれた」
ダントンと俺はフランクに語り合う間柄なのだ。
そして狼の獣人族の大人たちが次々に挨拶しに来てくれる。
全員ではないが有力者らしきものたちは全員自己紹介してくれた。
最後になって、一人の女性が近づいてきて頭を下げる。
「いつも娘がお世話になっております。ニアの血縁上の母です」
「あっ、こちらこそいつもお世話になっております」
俺はニアたちの母親のことは全く知らなかった。
会話に全くのぼらないので、勝手にいないと思い込んでいたところもある。
「母上がいらっしゃるなら、もっと早く教えてくれればご挨拶に……」
「ニアは父の子でありますからね」
「そうなのです。私の親は父ですから」
「ふむ? つまり、どういうことだ?」
俺の疑問に対して、シアとニアが説明してくれる。
狼の獣人族の間には基本的に結婚はなく、片方が親となるようだ。
子が生まれると、五歳ぐらいでどちらの子供とするか決めるらしい。
母の子とすることの方が多いが、たまに父の子にすることもある。
「基本子供は沢山生まれるでありますからね」
母の子、血縁上のニアの兄妹姉妹もいるとのことだ。
母の子の血縁上の父親はダントンだったり、そうじゃなかったりらしい。
「そうなのか。俺たちの風習とは少し違うんだな」
「そうでありますねー」
狼の獣人族の風習は只人族とは異なるようだ。
そして、ニアの母は別の部族の族長でもあるとのことだ。
「ニアの母上ってことは、シアの血縁上の母上はまた別なのか?」
「そうでありますよ。結構前にヴァンパイアとの戦いで死んでしまったでありますが」
「そうなのか。変なこと聞いてすまない」
「気にしないでほしいであります」
シアはそう言ってほほ笑んだ。
セルリスとルッチラも真面目な表情で聞いていた。
「知らなかったわ。だいぶ私たちとは制度が違うのね」
「うちの部族もそんな感じです」
ゲルベルガさまを抱いたままのルッチラがそう言った。
ちなみにルッチラは只人族ではなく魔族である。
「え? そうなの?」
「そうですよ」
「ここぅ」
ゲルベルガさまもルッチラに同意するようにうんうん頷いていた。
結婚して二人で子供を育てるというのは、只人族に一般的なだけなのかもしれない。
「ところで、風竜族のそういう制度はどうなんだ?」
俺は気になったのでケーテに尋ねる。
「結婚制度はないが、生まれた子は両親の子ではあるぞ。ただ我らは卵から生まれるゆえな。父母の役割の差が少ないのだ」
「へー、勉強になるな……む?」
そう教えてくれたケーテは全くこっちを見ずに子供たちと遊んでいる。
ケーテの周りには狼の獣人族の子供が沢山集まっていた。
怯える様子もなく嬉しそうにケーテにしがみついたり匂いをかいだりしている。
子供たちに人気なことが、ケーテもすごく嬉しいようだ。
「待て待て、慌てるでないのである。尻尾は一本しかないのだ」
「きゃっきゃ!」
すごく楽しそうだが、本来の姿のままだと屋敷にも入れない。
「ケーテ、そろそろ人の形になったらどうかな?」
「おお、ロックの言う通りであるな。子供たち待っているがよい。ちょっと変身してくるのだ」
「変身? すげー」「ケーテさんすげー」
子供たちの期待をうけて、ケーテは近くの森の中へと走っていった。
男の前で裸になるなと言われたのを気にしたのだろう。
ケーテが走り去ると、子供たちの興味はガルヴに移る。
「でっかいなー」
「がう」
「霊獣さんだね! お名前なんて言うの?」
「ガルヴだぞ」
「ガルヴーいい子だねー」
「がーう」
子供たちに撫でられ、ガルヴはご機嫌だ。
子供たちと互いに匂いを嗅ぎあい、顔を舐めあったりしている。
そこにケーテが戻ってきた。意外と早かった。急いだのだろう。
「子供たち、待たせたのである!」
「…………」
子供たちは人型状態のケーテを見て首をかしげる。
今のケーテの姿は期待とは違ったようだ。
「む? ケーテであるぞ!」
「う、うーん。ケーテ姉ちゃん、かっこいいと思う」
「そうだね、かっこいいと思う」
ケーテは子供たちに気を使われていた。子供たちはガルヴの周りから動かない。
かわいそうなので慰めておく。
「まあ、気を落とすな。インパクトが違うから仕方ないぞ」
「……そうであるな」
そんな様子を見ていたダントンが言う。
「立ち話も何ですし、皆さん、我が家においでください」
「ありがとうございます」
俺たちはダントンの家に案内してもらう。
かなり大きな屋敷だった。
「立派なお屋敷なのね」
「族長でありますからねー」
シアが言うには、族長の屋敷は縄張りの中心にあるのだという。
会議などを開く必要があるので、かなり大きいのだ。
そして、ヴァンパイアとの戦いの際には砦となる。
だから、しっかりとした石づくりの建物なのだ。
「おお、これは戦いやすそうだな」
「さすがは、ロック。やはりわかるか?」
ところどころに水が流れていた。
ヴァンパイアが流れる水を越えられないというのは迷信だ。
だが、流れる水を嫌うのは事実なのだ。一瞬動きが鈍くなる。
日光が入りやすい構造にもなっている。
もちろん日の光を浴びた程度ではヴァンパイアは死なない。
だが、ヴァンパイアが日光を嫌うのは確かなのだ。
生死を分ける戦いの際、一瞬動きが鈍くなるだけでも、大きく有利になる。
「ああ、ヴァンパイアの特性をよく考えている。参考にさせてもらおう」
「参考にしてくれ!」
ダントンはとても嬉しそうだった。