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205 幻術を使った稽古

 幻術を使うことは、ルッチラの訓練にもなるはずだ。

 俺は肩で息をしている子供たちに向けて言う。


「ニア、子供たち。今から強敵を呼び出すので、とりあえず集団で戦いなさい」

「はい。がんばります!」

「はい!」


 ニアと子供たちは元気よく返事をするが、よくわかっていなさそうだ。

 ニア以外は幻術というものになじみがないのだろう。


 俺は子供たちから離れて、見物している族長たちの近くに行く。


「じゃあ、いきます!」

 そうルッチラが言った瞬間、ルッチラの気配が急激に薄くなる。

 姿隠しを使ったのだ。


 そして子供たちの目の前にレッサーヴァンパイアの幻が出現した。


 のんびり見物していた族長たちも一瞬で身構える。剣を抜いているものまでいた。

 ルッチラの幻術の精度はそれほど高いのだ。


 だから俺は族長たちに言う。


「安心してください。訓練用の幻術ですから」

「なんと! 幻術ですか? これほどはっきり見えるとは……」

「私の徒弟、ルッチラの特技ですよ」

「そうだったのですか……。まるで本当にレッサーヴァンパイアがいるように感じられます」

「さすがはロックさんの徒弟の方ですね」


 族長たちは心底驚いているようだった。

 ダントンがつぶやく。


「幻術と聞いて、改めて眺めてみても、本物のレッサーにしか見えんぞ」

「だろう? 俺が使う幻術もルッチラに教えてもらったんだ」

「ロックが教えてもらうほどとは……」


 俺が族長たちと会話している間に子供たちに幻のレッサーが攻撃を仕掛けた。

 子供たちは驚きつつも、すぐに反撃を開始する。


「さすが、子供とは言え、狼の獣人族の戦士だな。見事な動きだ」

「お世辞でもうれしい」

「お世辞ではないさ。さて、子供たちの訓練が終わり次第、シアたちにも幻術で訓練するか」

「シアたちにもレッサーを呼び出すのか」

「いや、シアとセルリスは強いからな。ロードの幻を呼び出す」

「なんと!」


 俺とダントンの会話は一応族長たちにも聞こえただろう。

 これで急にロードが現れても驚くまい。

 だが、念のために族長たち全員に改めて言う。


「この訓練が終わり次第俺がヴァンパイアロードの幻を出すことにします」

「ロードですか。それは……すごい」

「さすがはロックさんです」

「今後も幻を出すときはあらかじめご報告しますね」

「ありがとうございます」


 俺が事前に報告するのは、稽古中に本当にヴァンパイアが現れたときのためだ。

 その時、幻かもしれないと思われれば、どうしても初動が遅くなってしまう。

 だから、幻を出すときはあらかじめ報告することにしたのだ。


 俺は族長に伝えてから、ゆっくりとシアたちの元へと歩く。


「シア、セルリス。子供たちの訓練が終わり次第、稽古の続きだ」

「はい! よろしくお願いするであります!」「がんばるわ!」

「二人で協力して対応してみなさい」

「はい!」「任せておいて!」


 二人はとても張り切っているようだ。

 一方、そのころ、ガルヴは俺の後ろでお行儀よくお座りしていた。

 いつもはしゃぎまくっているガルヴにしては珍しい。


「ガルヴも訓練したいのか?」

「がう?」

 そういうわけでもないらしい。


 そうこうしている間に、子供たちの訓練が終わる。

 子供たちは見事幻術を退治できたようだ。

 とはいえ、幻術は普通にやっても倒せない。

 ルッチラが慎重に子供たちが与えたダメージを判断して倒させたのだ。


 俺はルッチラと子供たちに駆け寄った。

 まずニアと子供たちに尋ねる。


「どうだった?」

「強かったですけど、何とかなりました。本物もこんな感じですか?」

「そうだな。ルッチラの幻はかなりの再現度だった」

「ルッチラさん、ありがとうございます!」


 子供たちが頭を下げて、お礼を言い、ルッチラは照れていた。

 そんなルッチラに俺は言う。


「ルッチラ。見事だ」

「ありがとうございます」

「次はアークヴァンパイアを頼むかもしれない。可能か?」

「アークまでなら、かなりの精度で再現できます。ロード以上はぼくには戦闘経験があまりないので」

「そうか、素晴らしい」「がうがう」


 ガルヴはルッチラに甘えていた。ルッチラもガルヴを撫でている。

 そんなガルヴをルッチラに任せると、子供たちにささやく。


「いまからロードの幻を出す。シアとセルリスがどう戦うのか見てなさい」

「はい」


 期待のこもった目で子供たちが見つめてきた。

 俺はちらりとシアとセルリスを見る。談笑していた。

 まだ、訓練が始まるとは思っていなさそうだ。


 俺はシアたちの油断に構わずヴァンパイアロードの幻を出した。

 俺の全力に近い幻術である。

 幻だとわかっていても、本物としか感じられないだろう。


「ぬ……」「なんと……」


 族長たちのうめくような声が聞こえる。

 あらかじめ報告していたにもかかわらず、族長たちは全員剣を抜いている。

 それほど真に迫る幻を出せたのだと、俺は満足した。


「ひっ」

 子供たちは悲鳴に近い声を上げていた。あまりの威圧感に驚いたのだろう。


 一方シアとセルリスは

「りゃああああああ」

「とりゃ!」

 出現したヴァンパイアロードが動き出す前にシアとセルリスは躍りかかった。

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