幻術を使うことは、ルッチラの訓練にもなるはずだ。
俺は肩で息をしている子供たちに向けて言う。
「ニア、子供たち。今から強敵を呼び出すので、とりあえず集団で戦いなさい」
「はい。がんばります!」
「はい!」
ニアと子供たちは元気よく返事をするが、よくわかっていなさそうだ。
ニア以外は幻術というものになじみがないのだろう。
俺は子供たちから離れて、見物している族長たちの近くに行く。
「じゃあ、いきます!」
そうルッチラが言った瞬間、ルッチラの気配が急激に薄くなる。
姿隠しを使ったのだ。
そして子供たちの目の前にレッサーヴァンパイアの幻が出現した。
のんびり見物していた族長たちも一瞬で身構える。剣を抜いているものまでいた。
ルッチラの幻術の精度はそれほど高いのだ。
だから俺は族長たちに言う。
「安心してください。訓練用の幻術ですから」
「なんと! 幻術ですか? これほどはっきり見えるとは……」
「私の徒弟、ルッチラの特技ですよ」
「そうだったのですか……。まるで本当にレッサーヴァンパイアがいるように感じられます」
「さすがはロックさんの徒弟の方ですね」
族長たちは心底驚いているようだった。
ダントンがつぶやく。
「幻術と聞いて、改めて眺めてみても、本物のレッサーにしか見えんぞ」
「だろう? 俺が使う幻術もルッチラに教えてもらったんだ」
「ロックが教えてもらうほどとは……」
俺が族長たちと会話している間に子供たちに幻のレッサーが攻撃を仕掛けた。
子供たちは驚きつつも、すぐに反撃を開始する。
「さすが、子供とは言え、狼の獣人族の戦士だな。見事な動きだ」
「お世辞でもうれしい」
「お世辞ではないさ。さて、子供たちの訓練が終わり次第、シアたちにも幻術で訓練するか」
「シアたちにもレッサーを呼び出すのか」
「いや、シアとセルリスは強いからな。ロードの幻を呼び出す」
「なんと!」
俺とダントンの会話は一応族長たちにも聞こえただろう。
これで急にロードが現れても驚くまい。
だが、念のために族長たち全員に改めて言う。
「この訓練が終わり次第俺がヴァンパイアロードの幻を出すことにします」
「ロードですか。それは……すごい」
「さすがはロックさんです」
「今後も幻を出すときはあらかじめご報告しますね」
「ありがとうございます」
俺が事前に報告するのは、稽古中に本当にヴァンパイアが現れたときのためだ。
その時、幻かもしれないと思われれば、どうしても初動が遅くなってしまう。
だから、幻を出すときはあらかじめ報告することにしたのだ。
俺は族長に伝えてから、ゆっくりとシアたちの元へと歩く。
「シア、セルリス。子供たちの訓練が終わり次第、稽古の続きだ」
「はい! よろしくお願いするであります!」「がんばるわ!」
「二人で協力して対応してみなさい」
「はい!」「任せておいて!」
二人はとても張り切っているようだ。
一方、そのころ、ガルヴは俺の後ろでお行儀よくお座りしていた。
いつもはしゃぎまくっているガルヴにしては珍しい。
「ガルヴも訓練したいのか?」
「がう?」
そういうわけでもないらしい。
そうこうしている間に、子供たちの訓練が終わる。
子供たちは見事幻術を退治できたようだ。
とはいえ、幻術は普通にやっても倒せない。
ルッチラが慎重に子供たちが与えたダメージを判断して倒させたのだ。
俺はルッチラと子供たちに駆け寄った。
まずニアと子供たちに尋ねる。
「どうだった?」
「強かったですけど、何とかなりました。本物もこんな感じですか?」
「そうだな。ルッチラの幻はかなりの再現度だった」
「ルッチラさん、ありがとうございます!」
子供たちが頭を下げて、お礼を言い、ルッチラは照れていた。
そんなルッチラに俺は言う。
「ルッチラ。見事だ」
「ありがとうございます」
「次はアークヴァンパイアを頼むかもしれない。可能か?」
「アークまでなら、かなりの精度で再現できます。ロード以上はぼくには戦闘経験があまりないので」
「そうか、素晴らしい」「がうがう」
ガルヴはルッチラに甘えていた。ルッチラもガルヴを撫でている。
そんなガルヴをルッチラに任せると、子供たちにささやく。
「いまからロードの幻を出す。シアとセルリスがどう戦うのか見てなさい」
「はい」
期待のこもった目で子供たちが見つめてきた。
俺はちらりとシアとセルリスを見る。談笑していた。
まだ、訓練が始まるとは思っていなさそうだ。
俺はシアたちの油断に構わずヴァンパイアロードの幻を出した。
俺の全力に近い幻術である。
幻だとわかっていても、本物としか感じられないだろう。
「ぬ……」「なんと……」
族長たちのうめくような声が聞こえる。
あらかじめ報告していたにもかかわらず、族長たちは全員剣を抜いている。
それほど真に迫る幻を出せたのだと、俺は満足した。
「ひっ」
子供たちは悲鳴に近い声を上げていた。あまりの威圧感に驚いたのだろう。
一方シアとセルリスは
「りゃああああああ」
「とりゃ!」
出現したヴァンパイアロードが動き出す前にシアとセルリスは躍りかかった。