セルリスとシアが同行することで話は落ち着いた。
しかし、ケーテは俺の鼻先、すぐ近くに顔を持ってくる。
「むふーむふー」
「どうした、ケーテ、顔が近いぞ」
「ロックが知らないだけで、かわいい子は虎穴に放り込めということわざはあるのである」
「竜族のことわざでは、そうらしいな。俺は知らなかったが」
「むふふー」
この上ないどや顔だ。
そんなケーテの後ろから、ドルゴがぺちんと頭をたたいた。
大して痛くはなさそうではある。
「いい加減にしろ。調子に乗るな」
「……わかったのである」
「ロックさん、バカ娘がすみません」
「いえいえ」
ケーテはドルゴに叱られたことは気にしていないようで、転移魔法陣を観察し始める。
「転移魔法陣は大きいが、我がこの姿で入るには少し小さいかもしれないのである」
「そうだな。向こう側がどのような空間なのかもわからないしな」
あれだけ大量のヴァンパイアが出てきたのだ。狭い部屋ということはないだろう。
だが、巨大な風竜王が動き回れるほど大きな空間かは疑問が残る。
「人型になって向かうしかないのであるなー」
「ケーテは屋敷で待っていなさい」
「なんでだ、とうちゃん! ケーテはかなり強いのである」
「まだ父の方が強い。ケーテは大人しく待っていなさい」
「ケーテが行くのだ。父ちゃんが残るとよいのである」
「いや……」
「いや、じゃないのである!」
風竜の親子はしばらく話し合った後、同時にこちらを見た。
「どっちが同行するかロックに決めてもらうことにしたのである」
「ロックさん。お任せします」
「そうですね……」
戦力的にはどちらも強力だ。
だが経験に裏打ちされた判断力という面で、ドルゴの方が安心感がある。
それを踏まえて、俺は決めた。
「ドルゴさん。残ってもらってもよろしいですか?」
「むふふー。さすがロックである! 的確な判断力!」
「……理由を聞いてもよろしいですか?」
「ドルゴさんの方が、不測の事態への対応力が高いからです」
魔法陣の向こうには俺が同行するので指示もフォローもできる。
だが、こちら側はその場にいるものに判断してもらうしかない。
こちら側で不測の事態が起こったときのことを考えると、ケーテよりドルゴの方が安心だ。
「なるほど。理解いたしました」
俺の判断理由はドルゴには正確に伝わったようだ。
「さすがロックであるなー。人型になってくるから少し待っているのである!」
ケーテにはいまいち伝わっていないようだが、その方がいいだろう。
ケーテは物陰めがけて走っていった。
少し前まで、ケーテは人型になるときや竜形態に戻るとき、所かまわず裸になっていた。
セルリスとルッチラに叱られて、人前で裸になるのはやめたのだろう。
ケーテも人族の文化になじみ始めているようだ。
そんなケーテを見送りながらドルゴが言った。
「娘をどうぞよろしくお願いいたします」
「はい。とはいえ、ケーテさんは強いですから、頼りにしています」
「ロックさんにそういっていただけると、父としてもうれしいです」
そんなことを話している間に人型になったケーテが戻ってきた。
「待たせたのである」
「早いな」
「人型になって服を着るだけであるからなー」
確かにケーテの服は着替えやすそうな服だ。
だぼだぼの白い麻の貫頭衣だから上からかぶるだけで済むのだろう。
「ちょ、ちょっと、ケーテ!」
「どうしたのであるか? セルリス」
セルリスが慌てた様子で、ケーテを連れて行く。
「さすがにあの格好は、あまりよくないな……」
「レフィに似ているかもしれぬ」
ゴランとエリックがそんなことを言う。
ケーテの貫頭衣はだぼだぼかつ下着をつけていないので、ものすごい破廉恥な感じだった。
まだ裸の方がましである。
「うちのバカ娘が、本当にすみません」
「いえいえ、文化の違いはありますから」
恐縮しきっているドルゴに、笑いながら、そんなことを言っておく。
思ったより早くセルリスとケーテが戻ってきた。今回はちゃんとした服を着ている。
色が違うだけで、セルリスの服によく似ていた。
「これで大丈夫よ。少し待たせたわね」
「ケーテが着ているのは、セルリスの服か?」
「そうよ!」
「準備がいいな」
「魔法の鞄に着替えはいくつか入れてあるの」
さすがモートン家のお嬢さんだ。Fランク冒険者なのに魔法の鞄を持っているらしい。
「ケーテ。似合っているぞ」
「そうであるか? ふむー。少しきつい気がするのである」
そんなことを言いながら、ケーテは胸のところを引っ張ったりしている。
「そんなことないわ。戦闘するのだから、そのぐらいの方がいいの」
「そうであるかー。セルリスありがとうなのである」
ケーテは納得したようだった。
「で、向こうに行くのは俺とケーテ、ゴランとエリック。それにシアとセルリスだな」
「ガウ!」
「ガルヴも行くのか?」
「ガウガウ!」
「じゃあ、ついてこい」
そういうことになった。