ジニーは依頼票の文字を読み取ったようだ。
ここから掲示板までそれなりに距離があるというのに目がよい。
流石は優秀な狩人なだけはある。
「ゴブリン退治か。受注しよう」
アリオがそう言うと、ジニーは真剣な表情でうなずいた。
「そうだね、お兄ちゃん。今は他の冒険者たちもほとんどいないし」
「じゃあ、俺も手伝おう」
「いいんですか?」
「ああ、ゴブリン退治はなるべくやることにしているからな」
「ロックが協力してくれるなら、百人力だよ」
アリオはほっとした様子で言う。
ゴブリン退治をアリオとジニーの二人でやるのは少し怖かったのかもしれない。
怖くとも、力のない村人のために危険を冒してでも戦う。
それは、なかなかできることではない。
「俺はこのまま出かけるが、ガルヴとゲルベルガさまは家に帰るか?」
「ガウ!」「コゥ!」
ガルヴもゲルベルガさまも一緒に来たそうな顔をしている。
少し不安は残る。
ゲルベルガさまは問題ない。疲れれば俺の懐に入っていればいいからだ。
だが、ガルヴは……。大丈夫だろうか。
それほど激しくはなかったとはいえ、今は散歩の後だ。
ガルヴが疲れきって動けなくなったら……。
「……いざとなれば俺が背負えばいいか」
「がう?」
俺はきょとんとしているガルヴの頭を撫でた。
「アリオ、受注の旨を伝えてきてくれ。俺は家に連絡しておく」
「わかった。任せてくれ!」
アリオとジニーがゴブリン退治クエを受注するためカウンターへと走る。
そして、俺はギルドの建物から出ると、通話の腕輪を通じてケーテに話しかけた。
「ケーテ。もう屋敷についたか?」
『む? ああ、ついたのである! タマは水を飲んだ後フィリーの研究室に走っていったのである』
「それは良かった。ケーテ、シアとセルリスに伝言を頼む」
『なんであるかー?』
「ゴブリン退治のクエを受注したから、このまま行ってくる」
『えっ? すぐに帰ると言っていたのだ』
「すまない。だが、困っている人もいるし。いま俺にやれることは特にないからな」
爆弾対策は、錬金術の天才フィリーが今頑張っている。
王宮内に潜んでいる敵を探すのはエリック率いる枢密院の仕事だ。
その他、昏き者の遺跡の調査などはゴラン率いる冒険者ギルドが全力を尽くしている。
俺はその結果を待っているところだ。
敵が誰なのか、そしてどこにいるのか判明すれば討伐できるのだが。
今は何もできることはない。
「ということで、伝言を頼む」
『ちょっと待つのである。具体的に依頼先はどこの村か詳しく教えるのである?』
「別に構わないが、その詳細な情報は必要なのか?」
『当たり前である。緊急時、知ってないと初動が遅れてしまうのであるぞ?』
確かにケーテの言うとおりだ。
俺がゴブリン退治をしている間に、緊急で何かが起こる可能性はある。
その場合、ケーテに迎えに来てもらうことになるかもしれない。
「確かに何か緊急の出来事が起きてから、細かく所在地を説明するのは時間の無駄だな」
『であろー?』
俺は依頼先の村の所在地を細かくケーテに説明する。
その後、改めてシアかセルリスへの伝言を頼んでおいた。
ケーテは伝言はしっかり伝えてくれるだろう。
「一応言っておくが、シアとかニアとかセルリスには休養が必要だからな?」
ゴブリン退治と聞けば、セルリス、シア、ニアたちも来たがるかもしれない。
だが、セルリスもシアもニアも、昨日激しく戦い、今日も朝から訓練をしていた。
彼女たちには休息が必要だ。
無理しては身体を壊してしまうかもしれないのだ。
『わかっているのである。そこらへんは任せておくがよいのである』
ケーテは力強く請け負ってくれた。
これで無理をしてシアたちが、俺たちのゴブリン退治についてくることは無いだろう。
その後、俺は通話を切ってギルドの建物へと戻る。
すると、ちょうどアリオたちが受注を終えたところだった。
受付嬢もアリオ、ジニー、俺の三人で受注すると聞いて納得してくれたらしい。
「Fランクでも三人なら、大丈夫だと思いますが……」
「ああ、任せておいてくれ」
「ですが、本当に気を付けてくださいね?」
心配してくれている受付嬢から依頼の詳細を聞いて、俺たちは出発する。
歩きながらジニーが言う。
「依頼元の村まで、徒歩で三時間ぐらいですから、順調にいけば日帰りで行けそうですね」
往復で六時間。ゴブリン退治に三時間なら九時間だ。
今はお昼前なので、順調にいけば日没後ぐらいには王都に戻れるかもしれない。
「そうだな。そうなればいいな」
そういいながら、俺はガルヴをちらりと見た。
やはりガルヴには泊まりはきついかもしれない。
「やっぱり日帰りの方が気が楽ですよね」
「前回のゴブリン退治は二泊三日だったもんな」
アリオもそんなことを言う。
前回のゴブリン退治では、シアと出会い、ゴブリンロードやヴァンパイアロードと遭遇した。
「またゴブリンロードに出会ったら……」
「そう簡単にゴブリンロードには出会わないさ」
ジニーが少し心配そうにしていたので、俺は笑いながらそう言っておいた。
「今度はドラゴンに出会ったりしてな!」
「それはないと思う」
アリオがおどけたように言って、ジニーが笑顔で否定する。
アリオなりに妹ジニーの緊張をほぐそうとしたのだろう。
そうして、和気あいあいとした雰囲気で、俺たちは進んでいった。