エリックは俺とゲルベルガさまを見て頷いた。
『頼んだ、こっちは任せろ』
『霧を消したら、リンゲインの大使館に向かう』
大使館が神の加護の穴を空ける術式のコアのあるであろう場所だ。
『俺も行こうか?』
『エリックが大使館に入るのは色々面倒だろう』
非常事態なので、どうしても必要ならばためらうべきではない。
だが、エリック抜きでもなんとかなりそうなら、エリックは入らない方がいい。
『まあ、助けが必要なら呼ぶ』
そういって俺は霧の残っている方向に向けて走り出す。ガルヴが後をついてきた。
俺は王宮の中には人影はほぼ無い。
霧が出たので、ヴァンパイア対策で各自部屋の中に閉じこもったのだろう。
途中、出会うのは狼の獣人族だ。
ヴァンパイア対策で雇用されたエリック直属の騎士たちである。
狼の獣人族の騎士は、走る俺と並走しながら尋ねてきた。
「ロックさん、お手伝いすることはありますか!」
「大丈夫だ、ありがとう。陛下の指示を待ってくれ」
「了解いたしました! 非常事態は解除されたのでしょうか?」
「まだだ」
「了解です! 引き続き王宮の皆さんには室内待機をお願いしていきますね」
「頼む」
そういうと、騎士は去って行った。
神の加護がない現状ではヴァンパイアが王宮に入り込みやすい。
狼の獣人族にはヴァンパイアの魅了も眷属化も通用しないから安心だ。
だが、一般の人族はそうはいかない。
人族には室内で引きこもって貰っていた方が守りやすい。
俺は数人の狼の獣人族の騎士以外とは遭遇せずに、王宮の中を進んでいった。
そして霧が残っている場所に到着する。
「頼む」
「コォォォゥゥゥコケッコッォコオオオオオオオオオオオオオオオ!」
神々しい鳴き声とともに霧が晴れていく。
その中にはヴァンパイアロードが三匹いた。
床には真祖の足元に描かれていた魔法陣と同様のものも描かれている。
「き、貴様!」
「真祖の奴はもう死んだぞ、諦めろ」
「戯れ言を。あの方は不死にして不滅なのだ!」
「神ですら不死でも不滅でもないというのに、傲慢が過ぎるぞ。コウモリ風情が!」
俺は三匹のロードを魔神王の剣で斬り刻んだ。
変化して逃げようとしたら、ゲルベルガさまの餌食である。
三匹を灰にした後、床に描かれた魔法陣を魔神王の剣で傷付けておく。
「よし、次だ」
「がう」「ここ!」
俺はガルヴとゲルベルガさまを連れて走る。残りの霧は三カ所だ。
しばらく走って次の霧に到着する。
手順は同じだ。ゲルベルガさまに鳴いてもらい。中にいるロードを倒す。
そして、魔法陣を傷付けて壊した。
それを三回繰り返し、真祖を倒したところ含めて計五カ所の霧を晴らした。
「これで王宮内からは霧を取り除けたはずだ」
「ここ」
満足そうにゲルベルガさまが鳴いた。ゲルベルガさまも気配で周囲に霧が無いことがわかるのだろう。
空を見上げると、いまなお激しくケーテたちが戦っていた。
昏竜の数は順調に減っているようだ。
「落ちた昏竜は……どうなったんだ?」
いま王都上空を飛んでいる昏竜は、竜の中でも大きな体躯を持っている。
倒されて、王都にそのまま落ちてきたら、大きな被害が出かねない。
そんなことが気になっていると、昏竜が一頭倒された。
ドルゴの牙と爪が昏竜の胴体を切り裂いたのだ。
すると、すかさずケーテが暴風のブレスを吐いた。
風竜王の放つ暴風ブレスの威力はすさまじく、遠くの雲が吹き飛ばされていくのが地上からわかったほどだ。
ケーテの暴風ブレスは何度か見せてもらったことがある。だが見せてもらったどのブレスの威力よりも高い。
壊れるものが周囲にない上空で、味方は竜の王族だけ。味方を巻き込まないよう威力を抑える必要が無い。
「あれが本気か。すさまじいな」
仮に王都の中心でケーテが暴風ブレスを吐いたら、王都の建造物の五分の一ぐらい吹き飛ぶかも知れない。
そんなすさまじいブレスによって死んだ昏竜の死骸は吹き飛ばされて王都の外へと落下していく。
「……倒した後のことも、ケーテたちは考えてくれているんだな」
非常にありがたいことだ。
俺は俺でやるべきことをやらねばならない。
王宮から霧を払えたが、リンゲイン大使館は未だ霧の中にある。
俺はリンゲイン大使館に向かって走り始めた。
リンゲイン大使館は王宮近くに建っているとても大きな屋敷だ。
壁は高く頑丈で、門扉も分厚い。
メンディリバル王国内部にある外国だ。
俺が大使館方面につながる王宮の門に走っているとき、
『ロック。聞こえるか? 順調か? 今どこだ?』
ゴランが話しかけてきた。
「予定通り王宮内から霧は晴らした。今は門に向かって走っているところだ」
『さすが仕事が速いな』
「それよりどうした? 何か問題が起きたか?」
『そうじゃない。こっちも順調だ。だからそっちに応援を送る』
「それはありがたいが……。そっちの人手がたりなくならないか?」
元々俺はゲルベルガさまとガルヴだけで一緒に大使館を制圧するつもりだった。
もちろん人手があるには越したことはないが、エリックたちのほうが人手を必要としているに違いない。
エリックもゴランも王都の機能を回復させ民を保護するために色々や等無ければならないことがある。
敵を滅ぼせばなんとかなるような俺の気楽な立場とは違うのだ。
『安心しろ。霧が晴れたおかげで、狼の獣人族の警護兵たちが動き出したから人手は足りてるんだ』
「それならいいが……」
『思う存分使ってやってくれ。門で合流してほしい。頼んだぞ』
「わかった。助かる」
その後少し走って、門が見えた。そこにはシアとセルリスが待機していた。