俺と目が合ったシアとセルリスが言う。
「応援に来たであります!」
「大使館に案内するわ。近道があるの」
「応援はシアとセルリスか。頼んだ」
こういうとき王都育ちのセルリスは頼りになる。
道案内としてだけでなく、シアとセルリスはすでに立派な戦力である。心強い限りだ。
王宮の門から外に出て走りながらセルリスたちに念話の魔法をかける。
互いに念話で話せるようにだ。そうしてから尋ねる。
『大使館って、勝手に入ったら怒られるところだよな』
『そりゃそうよ。国内にある外国なんだし。非常時だからそうも言ってられないけど』
この前念話での発話法を身につけたばかりだというのに、セルリスの発話は非常に流暢だ。
セルリスは魔法に関する才能もあったのだろう。
『……俺は大使館の職員、それもトップに近い奴が昏き者に通じていると考えているのだが』
『それは厄介ね』
『確かにそれならば、狼の獣人族が、敵の尻尾をつかめなかったのも納得であります』
シアはうんうんと頷いている。
狼の獣人族は、エリックの直属の騎士として王宮の対ヴァンパイア防備の任についていただけではない。
同じくエリック直属の枢密院の実働部隊としても動いていた。
対ヴァンパイア、対昏き者に対する諜報に関して、シアたち狼の獣人族の右に出るものたちはいないのだ。
だが、ずっと王宮に入り込んだ昏き者どもを見つけ出すことは出来なかった。
『大使館なら、エリックおじさま直属の枢密院も簡単には入れないものね』
『そうであります。ロックさんは、敵がどのくらい準備していたと考えるでありますか?』
『そうだな。三年かからなかったのならば、邪神の奇跡を信じる必要があるかも知れない』
『そんなにでありますか?』
『三年以上前って、ロックさんがまだ、次元の狭間で戦い続けていたころってことよね?』
『そうだな』
俺の見立てでは十年近くかかっているだろう。
恐らく、俺とエリック、ゴランに魔神王の侵攻が防がれた後に動き出した計画だろう。
だが、敵も計画通り進められているわけではないはずだ。
計画の首謀者だと目される真祖を殺したことで、前倒しが必要になったのではなかろうか。
もしかしたら次元の狭間の戦いの最後で俺が倒した魔神王はこの計画によって這い出てきたものだったかも知れない。
『まあ、敵がどれだけ準備していようと、計画成就させるわけにはいかないからな』
『それはそうね』
『それでセルリスに聞きたいのだが、大使を殺したらどうなる? エリックは困るか?』
十年近く大使館で昏き者どもの計画を進めるのは下っ端には無理だ。
大使館の人員のうちどれだけの者が昏き者どもに与しているかはわからない。
だが、大使が昏き者ども側なのは、ほぼまちがいないだろう。
『そりゃあ、困るでしょうけど……』
『神の加護に穴を空けられたままの方が困るでありますよ』
『それもそうだな』
『昏き者どもについた裏切り者のことなんて、殺してから考えればいいでありますよ』
代々ヴァンパイア狩りを生業としている狼の獣人族の戦士のシアらしい意見だ。
『そうだな。面倒なことはエリックに任せればいいか』
『それに、大使を殺しても恐らくそれほど大きな問題にはならないかも』
『そうなのか?』
『ええ。リンゲイン王国としても大使が昏き者ども側に裏切って、他国の中で色々やってたなんて、醜聞もいいところよ』
『それはそうでありますね。リンゲインの国王が土下座するレベルの問題でありますね』
『そうそう。もちろん政治的ないろいろが絡まり合って、最終的にどういう落とし前をつけるかが決まるんだろうけど……。むしろ殺した方がリンゲイン王国としては助かるかも』
『可能なら、リンゲインに引き渡して裁かせた方がいいかと、俺は思ってたんだが……』
『生け捕りにしたら、
あり得ないほどの大罪を犯した大使には死んでもらった方がリンゲイン王国としても都合がいいということだろう。
『そういうものか』
『多分だけど。私も詳しくはないわ』
セルリスは謙遜するが、外交についてそれなりに詳しいようだった。
セルリスの母マルグリットはリンゲイン駐箚特命全権大使。
母親の仕事が知りたくて、セルリスは色々と自分で調べたのかも知れない。
『そういうことなら、俺は戦闘と神の加護の穴を塞ぐことを第一に考えよう』
その過程で大使がどうなろうと、それはそれ。
エリックとマルグリットがなんとかしてくれるだろう。
そう結論づけて、俺は大使館への道を走る。
いつもであれば人通りの多い道だが、ほとんど人は歩いていなかった。
『人がほとんど居ないわね』
セルリスが心配そうに呟く。セルリスはほとんど独り言のようなつぶやきも念話を使う。
ちょうどそのとき女性に声をかけられた。