目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

289 不思議なハイロード

 二人が頑張ってくれているおかげで、俺は解析に集中できるというものだ。

 数分後、俺は魔道具の解析を終える。構造を把握。魔法理論も理解した。


「こんな手があったとはな。恐ろしいことを考えるものだ」

 魔法理論は非常に高度なものだったが、理解できれば魔道具を壊すことが出来る。


『そろそろ日没でありますよ!』


 隣の部屋からシアの念話が届く。

 シアとセルリスは大使を完全に制圧したようだった。

 部下の眷属たちが灰になった以上、大使がシアたちに抵抗できようはずもない。


『今から壊す。神の加護の穴が塞がるはずだが、一応警戒しておいてくれ』

『わかったであります』

『警戒しておくわね』

「がう」


 それから俺は魔道具を丁寧に壊していく。順に分解し、機能を完全に止める。


『これで神の加護の穴が塞がったはずだ』


 つまり、この場所も神の加護に包まれたと言うこと。

 とはいえ俺には関知できない。

 神の加護は昏き者どもに制約を与える神の奇跡のようなもの。

 昏き者どもではない俺には何の制約もないので効果は実感できないのだ。


「ぐうううううう!」

「ぐがあああぁぁぁ」


 だが、ハイロード二匹への神の加護の影響は痛烈だった。

 悲鳴を上げながら、うずくまる。

 強力な昏き者であればあるほど、効果を発揮するのが神の加護である。

 ゴブリンや眷属程度ならば王都内でも活動できる。


 だが、レッサーになると活動が厳しくなる。アークならばまともに活動出来まい。

 より強力なロードやハイロードともなれば、苦痛でまともに動けなくなるだろう。


「よし。神の加護が戻ったようだな」


 俺は悲鳴を上げるハイロード二匹を見て安堵する。


「日没までに間に合ったでありますね」

 そういいながら、シアはうずくまるハイロードの首をはねた。


「そうね。日が沈むと、昏き者どもは活発になるから、良かったわ」


 セルリスもハイロードの心臓に剣を突き刺す。

 ヴァンパイア狩りに熟達しているシアだけでなく、セルリスも手慣れたものだ。

 シアもセルリスも、ヴァンパイアを仕留める手順としては問題はなかった。

 ゴランやエリックでも、同様の手順でそうしただろう。つまり、完璧な手順だ。


 だが、二匹のハイロードは灰に変わることがなかった。

 一匹は首と胴が切り離され、もう一匹は心臓を抉られて、だが死なずに悲鳴を上げ続けている。


『……どういうことでありますか?』

 ヴァンパイア狩りのベテランであるシアが困惑している。


『わからん。ゲルベルガさまの鳴き声が通じなかったのと何か関係があるのかもしれないな』

 ハイロード二匹にどんな謎があるのかは、まだわからない。

 だが、謎を解き明かすのは、とどめを刺してからゆっくりすれば良い。


 倒れている二匹のハイロードの間には成人男性三人分ほどの距離がある。

 同時に攻撃するには離れすぎているので、俺はセルリスに心臓を抉られた方に向かう。

 そしてハイロードに触れると、ドレインタッチを発動させた。


「とりあえず、なんであろうと魔力を吸い尽くせば死ぬだろう」

「ぐああああああああああああぁぁぁぁぁ……」


 みるみるうちにハイロードは、しわくちゃになっていく。

 それにつれて悲鳴も弱々しくなった。

 神の加護の影響下なので、ハイロードは変化して逃亡することも出来ない。

 そろそろ灰になる頃だろう。そう俺は判断したのだが、そうはならなかった。

 苦しそうに悲鳴を上げていたハイロード二匹が同時に黙ったのだ。


「やっと死んだでありますかね?」


 そう言いながらシアは慎重に首と胴が離れたハイロードの様子を観察する。

 いつでも斬りかかれるように油断なく剣を構えていた。

 そのとき、突然ハイロードはゆっくりと消え始めた。


「え? き、消えていくの?」


 驚いたセルリスが念話ではなく声に出す。

 ハイロードは半透明になりつつあった。どんどん存在が薄くなる。

 俺がドレインタッチをかけていたハイロードだけではなく、首と胴体が離れたもう一匹の方もだ。

 二匹同時に存在が薄くなっていく。あっという間に目で見ることが難しいぐらい薄くなる。


「コケッコッコオオオオオ!」


 即座にゲルベルガさまが鳴いてくれるが、ハイロードが灰になることはなかった。

 ということは、この変化は通常のヴァンパイアの霧化やコウモリ化とは別ものということだ。


「ガァウガウッ!」


 俺が動く前にガルヴが飛び出す。

 シアの側に倒れていた首と胴の離れたハイロードに襲いかかった。

 その両前足の鋭い爪で胴体をがっちり掴み、転がる頭に牙で噛みつく。


「うがぁああ、この犬めがっ! 犬風情が我の体に触れようなどと」


 ハイロードが叫ぶ。

 ガルヴに噛みつかれたハイロードの姿は、はっきりと見えるようになっていた。


「ダークレイスか。セルリス!」

「わかったわ!」


 俺が側に居たセルリスに呼びかけると、セルリスは素早くハイロードを剣で斬り刻む。


「うがああぁあ。なぜ我に触れられる!」


 俺のドレインタッチは継続中だ。

 魔力を吸われたうえで斬り刻まれて、ハイロードは消滅していく。

 姿を消したのではない。命が絶たれ文字通り消え去ったのだ。


「この剣は特別製なのよ」

 セルリスはそういって微笑んだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?