真祖もどきと賽の神の欠片の残滓を消し去ることができた。
俺は早速、屋敷にいるリーアに通話の腕輪を繋げる。
「リーア。そちらに変化は?」
『あ、ロック。こちらから連絡しようと思っていたところなの! フィリーとミルカが目を覚ましたの!』
「そうか、よかった」
『フィリー、ミルカ。ロックさんから連絡なの』
『ロックさん、ありがとう。苦労を掛けたみたいだね』
『おれは気持ちよく寝てただけなんだぞ? でもありがとう』
「二人とも、よかった」
フィリーとミルカが目を覚ましたと聞いて、力が抜けた。
地面にひざをつきそうになるが、なんとか耐える。
「レフィはいるか?」
『いるわ。二人とも健康状態に問題なし。むしろよく眠った分元気になったかも』
「それならよかった」
会話を聞いていたセルリスとシア、ニア、ルッチラが大喜びで歓声を上げた。
マルグリットは小さく「よしっ」と言った。
ガルヴは尻尾を振りながら、セルリスたちの周囲をぐるぐると回る。
ちなみにセルリスとシアは、俺が真祖もどきを消滅させる前に、三匹の獣を倒し終わっている。
「よかったのである」
「本当に」
ケーテとグランも安心したようだ。
リーアたちとの通話が終わると、すぐにグランが駆け寄ってきた。
グランはゲルベルガさまとモルペウスさまを口に入れたままだ。
「ありがとうございます。ロックさん。ありがとうございます。ありがとうございます。皆さんありがとうございます」
巨大な下顎を地面につけるほど頭を下げた。
口を大きく開けた状態で、何度も何度もお礼を言う。
セルリスたちに向けても何度も頭を下げている。
「いえ、私に礼は必要ありません」
俺はモルペウスさまを助けることを主目的として動いたわけでは無い。
あくまでもフィリーとミルカを助けるために動いただけだ。
「ロックさんが助けてくれなければ、モルペウスさまは……感謝の言葉もありません」
俺はグランの口の中から、ゲルベルガさまを抱き上げた。
「ここ」
ゲルベルガさまは理知的なひとみで、こちらを見つめている。
人の言葉を話せないだけで、俺たちの言葉は完全に理解しているのだ。
「お礼ならば、ゲルベルガさまに」
「もちろんゲルベルガさまにも大いなる感謝を」
「俺からもお礼を言うよ。ゲルベルガさま。本当にありがとう、助かった」
ゲルベルガさまがいなければ、モルペウスさまを助けることは無理だった。
「ここぅ」
ゲルベルガさまは俺の腕から肩に飛び移ると、俺の頬に体をこすりつける。
グランのよだれでべたっとした。
俺は両手があいたので、グランの口の中からモルペウス様を抱き上げる。
「モルペウスさま。ありがとうございます。モルペウスさまの助言が無ければ、フィリーとミルカを助けることはできなかったでしょう」
「ぷぎ」
「そもそも、モルペウスさまのお力がなければ、王都には大きな被害がでていたでしょう」
「……ぷぎ」
モルペウスさまはゲルベルガさまと大差の無い大きさまで小さくなっていた。
恐らく、賽の神の残滓と混ざっていた部分を切り捨てたから小さくなってしまったのだろう。
「モルペウスさま、お疲れですか? 治癒魔法は必要でしょうか?」
「…………ぷい」
モルペウスさまはとても眠そうだ。
「モルペウスさま。どうぞお眠りください」
俺がそういうとほぼ同時に、モルペウスさまは眠りについた。
余程疲れていたのだろう。
フィリーとミルカを救った昨夜から、ずっと権能を使い続けてきたのだ。
そのうえ、賽の神の欠片の残滓と融合させられていた。
疲れないわけがない。
「これが貘のモルペウスさまの真の姿?」
「愛らしいでありますね」
俺が抱きかかえるモルペウスさまを見ようと、セルリスとシア、ニア、ルッチラがのぞき込み来る。
「本来はもう少し大きな姿なのですが……」
「そうなのでありますね」
起こさないように、セルリスたちはモルペウスさまに手を触れない。
「セルリス、シア、助かったよ」
俺は改めて礼を言う。
「お役に立てたのなら良かったわ」
「なかなか歯ごたえのある敵だったでありますよ」
セルリスとシアは少しだけ、汗をかいているようだ。
だが、それだけだ。怪我もしていないし、息が切れているわけでもない。
あれだけの強敵と戦ったというのに、頼もしい限りだ。
「……強くなったな」
「へへ」
「ロックさんのご指導のおかげであります」
俺が褒めるとセルリスは照れて、シアは尻尾をぶんぶんと振った。
照れているセルリスに、マルグリットが言う。
「本当に。……私より強くなったんじゃ無い?」
「ママより? それはさすがに……」
「うん、本当に強くなったわ、頑張ったわね」
マルグリットはセルリスの頭を撫でた。
セルリスと、そして姉であるシアをニアがじっと見ている。
俺はニアの頭を撫でた。
そして、ガルヴは嬉しそうに俺に体をこすりつけていた。
俺はガルヴを撫でながら、離れたところで休んでいるルッチラに言う。
「ルッチラも助かった、ありがとう」
「いえ、ぼくはたいしたことは……」
ルッチラは頬を赤くして照れていた。
セルリス、シアだけでなく、ルッチラも本当に強くなった。
もはや超一流の剣士、魔導士と言って良いだろう。
「ここっ」
ゲルベルガさまが俺の肩からルッチラの頭の上に移動する。
「ここっぉう」
ゲルベルガさまも、ルッチラのことを褒めている。そんな気がした。
「若者は成長が早いなぁ」
俺は昔を思い出して、すこし懐かしい気分になった。
俺は夜空を見上げる、綺麗な月が昇っていた。
感傷に浸っていると、
「モルペウスさまをお預かりいたしますね」
「ああ、グランさん、お願いします」
俺はグランにモルペウスさまを手渡す。
グランの肢体が、月明かりに照らされている。
「えっ」
「どうされました?」
グランは全裸だった。竜の姿から人の姿になったのだ。
当たり前のことではある。
「ちょ、ちょっと、グランさん」
「こっちに来るであります」
「あわわ」
慌てた様子のセルリスとシア、ニアによって、グランは物陰へと連れて行かれる。
「どうされましたか?」
グランはなんで慌てているのか理解していない様子だ。
結構騒いでいるのに、グランに抱っこされたモルペウスさまは気持ちよさそうに眠ったままだ。
「あ、ぼく、ちょうどいいもの持ってます」
「ここぅ」
ゲルベルガさまを抱っこしたルッチラがその後を追っていく。
「まったくグランは常識が無いのである」
そうは言うが、つい最近まで、ケーテも常識がなかったのだ。
「文化が違うから仕方が無いよ」
「そうであるなー」
ケーテは元気にみえる。いや、無理に元気に振る舞おうとしている。
人を殺してしまったかもしれないという思いがあるのだろう。
「ケーテ。真祖もどきの言葉は気にしない方がいいぞ」
「気にしてないのである」
「そもそもだ。三匹の獣が出てきただろ?」
セルリスとシアに対峙された獣のことだ。
「出てきたのだ」
「あれの材料の一つが人だ。残りはヴァンパイアだろうが……」
「……恐ろしい話なのである」
「量的に、人は全てあれの材料になっていると思うぞ」
「そうであるか?」
「ああ。あの中には生きた人間は一人もいなかったはずだ」
正直なところ、俺にも三匹の獣を作り出すのに必要な人間の数はわからない。
だが、あれほど強力な昏き神の加護の中心近くに、人が長い間生存できるわけが無い。
だから、人はいなかっただろうと俺は確信していた。
「だから、気にしなくていい」
「そうであったかー!」
巨大なケーテはご機嫌に尻尾を振らす。
元気になったようで良かった。
そのとき、急にガルヴが元気に吠え始めた。
「がーうがうがうがうがう」
「む? ガルヴどうしたのだ? あ、ロック、なんか来たのである」
「なんか?」
ケーテが指さす方をみると、確かに夜闇の中を、黒いフードを被りこちらに向かって走る人影が見えた。
かなり速い。
あっというまに俺の所に走ってくると、フードを取った。
「はあはあ……。ご要望の昏き神の加護を緩和する魔道具だ」
走ってきたのはゴランだった。
ゴランは肩で息をしている。
言うまでも無く、ゴランの体力は凄まじい。
そんなゴランが息を切らしていた。
「……ああ、早かったな。ありがとう」
俺は魔道具を受け取って、お礼を言う。
「ゴラン。随分急いだのね」
マルグリットはゴランに水を差しだした。
「おお、ありがとう。一刻も早く届けねばと、全力で走ったからな」
ゴランは水をごくごくと勢いよく飲む。
王都の俺の屋敷から、リンゲインの王都近くまで転移魔法陣が通じている。
だが、王都から、ここまでは、それなりに離れているのだ。
その距離を馬より速く走ったのだ。さすがのゴランも疲れただろう。
「目印も無いのに、よく迷わなかったな」
しかも夜道である。
「星が出ているし、道もあるからな」
そう言いながらゴランはキョロキョロ周囲を見回した。
ガルヴは、そんなゴランの両肩に前足を乗せて顔を舐めている。
「はふはふはふびちゃびちゃはふびちゃ」
「ガ、ガルヴ、落ち着け」
「びちゃびちゃびちゃ」
「そ、それで、賽の神の神殿てのはどれだ? 攻略するぞ」
ゴランは随分と張り切っているようだ。
「言いにくいんだが」
「なにがだ?」
「賽の神の神殿は消し飛んだ」
「……なんで?」
昏き神の加護が展開しているから攻略が難しかったんじゃないのか?
そう目で尋ねてきている。
「えーっと、そうだな。ついでにエリックたちにもまとめて事情説明しよう」
「ん。私はちょっと、後始末に入るわね」
「面倒ごとをまかせる。すまない」
大使の仲間たちの死骸は恐らく残っていない。
神殿はほぼ跡形もなくなっている。
それでも、リンゲイン王国の文官や兵士と一緒に色々調べる必要がある。
なにしろマルグリットはリンゲイン王と、エリックに報告しなければならないのだ。
「いいわ。ゴラン、またあとでね」
「お、おう……あとでな」
顔面をガルヴのよだれまみれにしたゴランはマルグリットを見送って、
「もしかして俺、間に合わなかったか?」
「……そうなる」
「…………そうか。いや、解決済みならそれでいいんだ。早ければ早い方が良いからな」
口ではそういうが、目に見えてゴランは気落ちしていた。
そんなゴランを慰めるかのように、ガルヴが一層激しく顔を舐める。
「……すまんな、ゴラン」
「がはは! ゴラン。残念だったのである! 神殿は我が吹き飛ばしてしまったからな」
ご機嫌なケーテは、尻尾を地面にバシンバシンと叩きつける。
「ケーテ、石畳の道が割れる」
「あ、すまないのである」
ケーテは少し移動して、土の地面にバシンバシンと叩きつけ始めた。
「……土なら良いか」
穴が開いても、埋めれば良い。
俺は改めてエリック、ドルゴ、リーア、モーリスとモルスに通話の腕輪を繋げた。
「ロックです。夜分すみません」
『解決したか、早いな』
エリックは、俺の声音ですぐに気がついたようだった。
「おかげさまで解決いたしました。ありがとうございます」
俺は礼を言ってから、一から経緯の説明をしたのだった。
エリックたちへの説明が終わるころには、服を着たグレンやセルリスたちが戻ってきた。
グランとモルペウスさまを地竜の里に送っていこうと思ったのだが、マルグリットの拠点で休むことになった。
モルペウスさまが非常に疲れていること、もう夜が遅いことが理由である。
「立派な建物であるな。急いで建てたものとは思えないのである」
人型になって、拠点に入ってきたケーテが言う。
「仮にも大使の拠点だからな」
リンゲイン王の幼馴染みとは言え、マルグリットはメンディリバルの大貴族にして全権大使。
いわばここは大使館といっていい建物なのだ。
ある程度の広さと、快適さは必須と言える。
「さて、みんな、今日はもう寝るぞ」
俺は拠点に入った皆に言う。
ちなみに、ゴランとマルグリットは外で作業中だ。
マルグリットの護衛として、セルリスとシアも同行している。
セルリスとシアは休むべきだと俺は思うのだが、護衛としての責任感があるのだろう。
「睡眠は成長に大切だからな。早く寝るぞ」
まだ眠たくなさそうなニアたち、重ねて言う。
すると、ニアが真剣な表情で言う。
「あの、ロックさん」
「どうした?」
「姉上とセルリスさん、強かったですね」
「うん、強くなったな」
ただでさえ魔素の濃い次元の狭間で、魔神と魔神王、邪神と戦ったのだ。
魔素の濃い空間で戦うと強くなりやすい。加えて強敵と戦うと、更に強くなりやすい。
それに、シアもセルリスも若い。急成長には驚かされたが、納得もした。
「……ニア、焦るなよ?」
「はい。でも追いつけない気がします」
これは余り良くない傾向だ。
こういうことを言い始めた冒険者は、功を焦って死にやすい。
「じゃあ、一緒に訓練するか。俺が指導すればすぐ強くなる」
「はい!」
ニアは嬉しそうに尻尾を揺らす。
「それにしても……ルッチラも強くなったよな」
もともと才能にあふれる魔導士だった。
魔族と言うことで、魔力量などの素質も充分だった。
それに幻術に関しては、俺も教えられることが多い。
とはいえ、想像以上に急成長していると思う。
きっと強敵と戦っているからだろう。
それに、幻術には、対象の観察が必要不可欠だ。
だから、ルッチラは観察眼が他の魔導士よりも優れているのだろう。
その鋭い観察眼で、昏き者の魔法と、ケーテやリーアといった竜の魔法をよく見ているのだ。
成長しないわけが無い。
フィリーの錬金術や、レフィの治癒魔術を近くで見る機会があるのも、急成長につながっている可能性はある。
「ロックさんに訓練していただいているからです!」
それだけではないはずだ。
だが、先ほどニアに俺の指導をうければすぐに強くなるといったばかりだ。
だから否定できない。
「まあ、それはあるだろうが、ルッチラの努力と才能も大きいよ」
「こここ」
ゲルベルガさまもルッチラのことを褒めているようだった。
「若さって素晴らしいなぁ」
「おっさん臭いのである!」
「竜にはわからんだろうが、人間的には俺はおっさんなんだよ」
寿命が圧倒的に長く成長も遅い竜と人間に流れる時間は違うのだ。
「そんなもんであるかー」
その後、俺たちは大部屋で眠ることになった。
広い拠点とは言え、個室がたくさん余っているわけでは無いのだ。
「一人一つベッドがあるだけでもありがたいよな」
「冒険者は野宿が基本ですもんね!」
ニアはなぜか嬉しそうだ。
床につくと皆すぐに眠りについた。
グランなど特に早く眠りについた。しっかりとモルペウスさまを抱きしめている。
恐らく、モルペウスさまがいなくなってから、よく眠れなかったのだろう。
そして、俺はガルヴと一緒に床につく。
「がぁぅ」
「……ガルヴは眠くないのか?」
「がぅ?」
「みんな寝ているから静かにな」
そういうと、ガルヴは無言で俺の顔をベロベロ舐める。
舐めるだけならうるさくないだろうと言いたげだ。
「ガルヴも寝なさい」
ガルヴも体力がついた。
散歩途中で疲れた歩きたくないとだだをこねていたガルヴとは思えない。
ガルヴも次元の狭間で、強敵と戦った。
そのことで、密かに強くなっているのかもしれなかった。
「?」
俺がガルヴの顔を見ると、ガルヴはきょとんとして、首をかしげていた。