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009 謎の少女

  ◇◇◇◇◇

 王都から離れた荒野の拠点に引っ越してから一週間。

 俺はひきこもって研究を続けていた。


「……やはり難しいな」


 つい独り言を呟いてしまう。

 作りたいのは鉱山用爆弾の爆風にすら耐える結界を展開できる魔道具である。

 ついでに泥棒も侵入できなくしたい。

 真夜中まで研究することもあると考えるなら、防音防振も大切だ。


 複数の機能を取り付けて、しかもオンオフできるようにしなければならない。

 どれも単一ならばそう難しくないのだが、全部まとめてとなると、とても難しい。


「だが、完成までの道筋は見えた」


 俺は水をゴクリと飲むと、乾燥パンを口に放り込む。

 相変わらず美味しくはない。


「今回は長期的な開発になるし……。きちんと寝ないと……」


 俺は研究の手を止めて、ベッドに倒れ込む。

 それとほぼ同時に、外から大きな爆発の音がした。


「……強盗かなにかか?」


 寝ている場合ではない。

 地下にある研究室の中で戦うのは避けたい。苦労していいところまで魔道具を開発している途中なのだ。

 成果物を盗まれたり壊されたら困る。


 だから、俺は地下室から外に出た。

 夕暮れ時だ。久しぶりに太陽の明かりを浴びた気がする。


「って、そんな場合じゃないな」


 目の前にはこの辺りには居ないはずの大きな老竜がいた。

 しかも老竜は非常に興奮していて、人間の少女に襲いかかろうとしている。

 老竜もそうだが、人もこの辺りには居ないはずなのだ。


 本当に事態が飲み込めないが、とりあえず助けるために俺は動く。

 噛み付こうとする老竜の顎を押さえつけた。


「……なんでこんなところに老竜がいるんだ?」


 そう少女に尋ねたのだが、少女はガクガク震えている。

 話せるような状況ではなさそうだ。


 とりあえず、老竜をなんとかしてから考えよう。

 そう俺は考えたのだった。



 ………………

 …………

 ……


 老竜が飛び去った後、俺はあっけにとられている少女に目をやる。


「いったい……なにが……」


 独り言のように呟いた後、少女ははっとする。

 そして深々と頭を下げた。


「どなたか、存じませぬが、助けてくださってありがとうございます! 私はロッテというものです」


 ロッテと名乗った少女はみすぼらしい恰好をしていた。

 恰好については俺も人のことはいえないだが。


 顔も髪も泥だらけに汚れていた。

 むしろよくここまで汚したなといいたくなるほどだ。

 もっとも、汚れ具合についても、俺も人のことはいえないのだが。


 全てが汚れているが、緑色の綺麗な瞳が目を引いた。

 加えて、服装もボロボロではあるが、生地自体は安物ではない。

 高価な服を敢えてボロボロにした、まるでそんな感じだ。


「……そうか。俺はヴェルナーだ。ロッテはここでなにをしていたんだ?」

「私は王都近くに住んでいる方に会いに来たのですが、道に迷い……」


 ここは道に迷って来るような所ではない。

 そういう場所だからケイ師匠が拠点を作ったのだ。

 ここは街道からはかなり離れている。

 よほど方向音痴でなければ、こんな所に来るわけがない。


 ロッテがものすごい方向音痴なのか、それとも別の理由があってここにいるのか。

 それは俺には関係のないことだ。


「そうか。迷ったのか。で、あの老竜はなんだ?」

「わかりません」

「そうか。わからないか」

「はい。歩いていたら突然襲われまして……」


 普通に考えたら、そんなわけはない。

 老竜がこんなところを飛んで居るわけがないし、そもそも老竜は手出ししないかぎり人を襲わない。

 それに、老竜には謎の魔道具が取り付けられて操られていた。


 なにか、ロッテには事情があるのだろう。

 とはいえ、それも俺には関係のないことだ。


「そうか。ロッテはこのまま王都に向かうのか? 徒歩で五時間ぐらいかかるが……」


 俺は西の空を見る。

 太陽が完全に沈みきっていた。赤かった夜空が、どんどん黒へと変わっていく。


 歩いて行くというならば、仕方ないので送ってやらねばなるまい。

 荒野を、それも夜道を一人で歩かせるのは危険すぎる。


 それも俺には関係ないことではある。

 だとしても、少女が王都に行く途中で死んだら寝覚めが悪い。


「もし、王都に向かうなら——」

「……あの! ヴェルナーさん!」

 意を決したようにロッテが言う。


「どうした?」

「このあたりにケイ博士の家があるとお聞きしたのですが、何かご存じではありませんか?」


 師匠の名前を出されて、俺は一瞬固まった。

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