なんて答えようか、少し迷う。
師匠のことを隠してやる理由もこれといってない。
とはいえ、説明する前に、一応事情を聞いておくべきだろう。
「……ケイ博士に何の用があるんだ?」
「……ええっと」
ロッテは少しためらう。
ロッテにも何か話せない事情があるのかも知れない。
「まあ、話せないならそれでいい。俺も話さない」
「いえ! 隠すようなことではなく、私はケイ博士に弟子入りしたいのです」
師匠は非常に高名な魔導師だ。弟子入り志願は珍しくはない。
だが、隠れ家の場所の一つを知っているのは非常に珍しいが。
「そうか。弟子入りか。どこでこの場所を知った?」
「賢者の学院のケイ博士に弟子入り志願のお手紙を出したのですが、返事でこちらに来るようにと言われまして」
「……それは本当にケイ博士からの手紙だったのか?」
「これがその手紙なのですが」
ロッテはマントの内側から手紙を出した。
それを受け取って、俺は目を通す。
確かに、そこに書かれていたのは師匠の字に見えた。
荒野に来て、大魔導師を見つけるようにとだけ書かれていた。
自分のことを大魔導師と名乗るなど、本当に師匠らしい。
「……だが、なにがしたいのか本当にわからん」
師匠が弟子入り志願者に返事を出すことなどまずない。
自分はどこかの辺境にある温泉つき別荘にひきこもっているくせに。
弟子など取る気など皆無のくせに。
師匠が何を考えているのか本当にわからない。
「事情はわかった。確かにこの辺りにはケイ博士の拠点の一つがある」
「そうなのですね!」
ロッテは目を輝かせる。
「喜ぶのはまだ早い。ケイ博士はここにはいない」
「え? どこにおられるのでしょう?」
「それは俺も知らない。腰が痛いと言い出して、どこか遠くの辺境にある温泉に行った」
「……そ、そんな」
ロッテはその事実がショックだったようで、ガクリとひざを地面に突いた。
それを見ていると可愛そうになった。
師匠もひどいことをするものだ。
弟子にする気がないのは構わない。
ならば、返事など出さずに無視すればいい。
もしも返事を出すなら、きっぱり断るべきなのだ。
「まったく。……だがケイ博士の後任の立派な先生が、王都にある賢者の学院にはいるから安心してくれ」
学院長と魔道具学部長はクズだが、それ以外にも立派な教員はいる。
師匠の後任は、政治力はないが、学術業績的にとても立派な教授だったはずだ。
「…………はい。ありがとうございます。賢者の学院に向かうことにいたします」
そういって、ロッテはとぼとぼと歩き始める。
だが、明らかに右足を引きずっていた。
老竜から逃げる際に怪我をしたのだろう。
「まあ、待ちなさい。今から王都に向かうつもりか?」
「……はい」
「危ないぞ。右足を怪我した状態で無事王都にたどり着けるかどうか。それに日没と同時に王都の門は全て閉じられるから入れない」
「……王都近くで野宿します」
元気のないロッテはそんなことをいう。
だが、王都の中はともかく、その周辺は危険だ。
閉め出された者を狙う野盗もいる。
「仕方がない。今晩はケイ博士の拠点で眠っていくといい」
「え? よいのですか? といいますか、ヴェルナーさんは一体、ケイ博士とどのような」
「ケイ博士が賢者の学院の教授だったころ、俺は学院の学生だったんだ。その頃に研究を手伝わせてもらった縁で、拠点を好きにつかっていいと言われている」
ケイ博士の弟子だと名乗ると、色々面倒そうなので嘘ではない程度にごまかしておく。
弟子というのは、ただの学生とはかなり違う。
昔ながらの魔導師教育法で、指導されるのが弟子である。
公私ともに世話になり、色々雑用を命じられたりしながら、魔導師のいろはを一から学ぶ。
学生としては大変だが、魔導の奥義を直接、そして深く学べるという利点がある。
それを体系的にして、カリキュラムを組み、教授が変わっても一定の教育を施せるようにしたのが賢者の学院のシステムである。
とはいえ、素質を見込んだ学生を、昔ながらの弟子とする教授は少なくない。
奥義を深く教えるには弟子のほうが、効率的だからだ。
学生が、教授の弟子になった場合、学生であり弟子という状態になる。
俺も昔はその学院の学生兼弟子だったので、ロッテに言ったことは嘘ではないのだ。
「そうだったのですね。賢者の学院の卒業生の方だったとは」
「ロッテが賢者の学院に入学すれば、後輩だな」
そんなことをいいながら、俺はロッテを地下の拠点へと案内する。
「汚いが野宿よりはましだろう。寝るとき座るときはベッドを使え。部屋全体が乱雑に見えるだろうが、一応全ての配置に意味がある。基本的に何も触れるな。危ないものもある」
「あ、はい、ありがとうございます」
疲れていたのか、ロッテはベッドに腰掛ける。
「ロッテ、お腹はすいているか? これでも食べなさい」
俺はロッテに乾燥パンと水を手渡した。
「ありがとうございます。何から何まで……」
「偶然とはいえ、知り合ってしまったからな」
ロッテは乾燥パンをもそもそと食べる。
やはりあまり美味しくないのか、飲み込むのに苦労していた。
俺は長椅子に座る。
「最初、ヴェルナーさんが、ケイ博士だと思いました」
「……そんな馬鹿な」
俺とケイ博士は全然見た目が違う。
ケイ博士はエルフだし、なによりとても偉そうで強そうだ。
「老竜を軽くいなすなど、普通の人には出来ませんから」
「そういえば、ケイ博士は人前に姿を現すのを極度に嫌っていたからな。姿が知られていない以上、勘違いされても仕方ないのかも」
俺はひきこもり気質だが、師匠も似たようなものなのだ。
「はい。ケイ博士は謎多い人物ですから」
学院の教授であったころから、ケイ博士は滅多に人前に出なかった。
授業もテキストを配るだけ。課題を出すときも対面ではなく魔法で送っていた。
学生だけでなく、教職員でもケイ博士に会ったことがない者が多いぐらいだ。
「さて、ロッテ。右足を見せなさい」
「……はい」
ロッテは少し怯えた様子を見せるが、素直に右足首を見せてくれた。
「恐らく捻挫だな」
湿布を貼ってから包帯を巻く。
「しばらくは動かさないように」
「ありがとうございます」
しばらくたって、ロッテはベッドで眠りについた。
俺も疲れていたので、長椅子で眠った。