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011 王都の門

 次の日の朝。

 夜明けとともに起きて、俺とロッテは王都に向かう。

 ロッテは右足を怪我しているので、俺が背負った。


「何から何まで……ありがとうございます」

「気にするな」


 怪我した若者を荒野に放り出すのは寝覚めが悪い。

 だからといって、怪我が治るまで拠点に居着かれたら迷惑なかぎりだ。

 俺は一人で研究がしたいのだから。


「今が冬で良かったよ」

「どうしてですか?」

「夏なら暑かっただろうからな」


 今は冬。

 だからこそ、ロッテを背負っても熱くない。むしろ寒くなくて助かるぐらいだ。


 俺はロッテを背負ってもくもくと歩く。

 ずっとひきこもっていたので、長い距離を歩くのは久しぶりな気がする。


「あの、大丈夫ですか? 私重くないですか?」


 ロッテはきっと平均より軽いのだろうが、人一人背負うのだ。

 重くないわけがない。

 だが、それを正直にいうのは失礼だろう。


「大丈夫だ。重くはない。それに運動不足だったからちょうどいいよ」

「ありがとうございます。このご恩は必ず……」

「子供がそんなことを気にしなくていい」


 ロッテとの会話も最小限に、五時間ひたすら歩いた。



 王都の門前に到着したのは昼頃だった。

 日が昇っているので、門はきちんと開いている。


 俺がロッテを背負ったまま、門をくぐろうとすると、

「おい! 待て!」

 門番に声をかけられた。


「どうしました?」

「怪しい奴だな、身分証を出せ!」


 身分証が必要なことを、完全に忘れていた。

 いつも辺境伯家の馬車で出入りしているので、チェックされたことがなかったのだ。


「身分証。……いま持っていたかな」


 研究室に戻れば確実にあるのだが、片道五時間かけて取りに戻るのはとてもしんどい。


「持ってないなら立ち去れ!」


 衛兵たちの態度はでかい。

 とはいえ、犯罪者が中に入らないように頑張っているのだ。

 多少は態度が大きくなるのも致し方ないだろう。


 そして身分証を提示させるのも、合法なので仕方がない。


 俺はもぞもぞとポケットの中を探る。

 もしかしたら、持っていたかもしれないからだ。


「おい! 怪しい動きをするな! 両手を挙げろ!」


 武器を取り出そうとしていると思われたのかも知れない。

 犯罪者を相手にすることも多い衛兵だから、警戒するのも仕方のないことだ。


「そんなこと言われても身分証を……」

「うるさい、お前のような奴が身分証を持っているわけないだろうが!」

「えぇ……何を根拠に」


 門番がとんでもないことを言い始めた。

 だが、ギリギリ合法なので仕方がない。


 俺が提示して、同じような態度をとられたのならまだしも、実際提示できていないのだ。


「お前のような、ボロボロの服を着て、しかも臭い奴など、まともな民のはずがなかろうが!」

「く、臭い?」


 臭いと言われて少しショックだった。


 ショックを受けている俺に追い打ちをかけるように、

「そうだそうだ! どこからか逃げてきた奴隷か犯罪者だろうが! 牢にぶち込まれないだけでもありがたく思え!」

 もう一人の門番も、同僚に同調する。


「いえ、私は……」

「だまれ、帰れ帰れ!」


 とりつく島もない。

 だが、いまだ合法なので仕方がない。

 俺が貴族であるからこそ、態度がでかいと言った理由で腹を立てるのは厳に慎むべきことなのだ。



 俺は門から少し離れるとロッテを降ろす。


「ロッテ、身分証あるか?」

「はい。一応ありますが……」

「なら、ロッテだけ入れてもらえ」

「そんな! ヴェルナーさんは……」

「俺は大丈夫。王都に用はないからな」


 王都の中に入っても面倒があるだけだ。

 元々、賢者の学院までロッテを送ったら、すぐに帰るつもりだった。


「ロッテこそ、一人で大丈夫か?」

「はい。それは大丈夫ですが……。ヴェルナーさんも入れてもらえるよう、衛兵には私が言います!」

「俺のことは気にするな。ロッテだけ入れてもらえ」

「そんな」


 まだ、ロッテは俺を放置して王都に入ることに抵抗があるようだ。


「……ここだけの話。俺は犯罪者でも逃亡奴隷でもないが、王都に会いたくない奴がいるのも確かなんだ」


 姉に会ったら、少し面倒ではあるのだ。

 妹の婚約者であるティル皇子に会えば、一日中話し相手をさせられかねない。

 ティル皇子はなぜか俺のことを慕ってくれているのだ。


「だから元々、俺は王都には入らず、帰るつもりだったんだよ」

「……そうだったのですね」


 そして、ロッテは深々と頭を下げる。


「本当にありがとうございました。何から何まで。このご恩は必ず……」

「気にするな。それより臭くて悪かったな」


 門番に臭いと言われた俺にロッテは五時間も背負われていたのだ。


「いえ! 全然臭くなかったです!」


 俺に気を遣って、そんなことを言ってくれる。

 ロッテはとても優しい子のようだった。


「ロッテ、気をつけてな」

「ありがとうございます。おかげで足もあまり痛くなくなりました」


 そう言うと、ロッテは改めて頭を下げて、ゆっくりと門へと歩いて行く。

 俺に心配させないようするためか、自然に歩こうとしている。

 だが、わずかに右足の動きがおかしい。まだ痛いのだろう。


 俺はロッテが心配で様子を窺う。

 もし、ロッテも門前払いされてしまったら、実家の力を使うのもやぶさかではない。


「待て待て! さっきの話を聞いてなかったのか! 身分証がなければ……」

「身分証ならあります」


 そう言ってロッテは素早く手のひらサイズのカードを取りだした。


「ふん? ……ひっ、失礼いたしました! おい! はやく局長を呼んでこい」

「え? なんで局長を?」


 ロッテの身分証を見た瞬間、門番の態度が急変した。


「いいから急げ! 失礼いたしました。あ、お怪我をなされているご様子。すぐに治癒術師を……」

「いえ、大丈夫です。私は賢者の学院に用があるだけなので……」

「あなたさまをこのまま通したら私どもの首が飛んでしまいます!」


 随分と大げさな物言いだ。

 もしかしたらロッテは大貴族の令嬢だったのかも知れない。

 この様子ならば、ロッテは丁重に扱われ、賢者の学院にも連れて行ってもらえるだろう。


「いえ、それよりも、先ほどのヴェルナーさんへの態度を謝って——」


 ロッテが俺に謝らせようとしている。

 俺は面倒に巻き込まれるのを避けるため、素早く静かにその場を去って帰路についたのだった。

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