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012 そのころの賢者の学院

 ◇◇◇◇◇◇


 賢者の学院。その魔道具学部長の研究室に学院長が訪れていた。

 魔道具学部長の助手たちは人払いされているので二人っきりだ。


「魔道具の完成は、まだなのかね?」

「……少し手こずっております」


 ヴェルナーの研究室にあった開発途中の魔道具。

 研究の過程を書いたノート。魔道具の設計図。


 それら全てが広い魔道具学部長の研究室に持ち込まれていた。


「……さすがに時間がかかりすぎなのではないか?」

「そういわれましても、魔道具の開発には時間がかかるものですから」


 魔道具学部長は、魔道具開発の何たるかを理解していない学院長に苛立っていた。


「だがねぇ。あのシュトライトは一週間もあれば完成させていたがな」

「…………魔道具の種類によるんです」

「そういうものか。だが、商人が早く出せとせっついてきている。なんでもいいから早く魔道具を完成させるように」


 学院長の言う商人とは、ゲラルド商会の商会長のことだ。

 ヴェルナーがクビになった日に家を借りに行こうとして、追い出されたのがゲラルド商会である。

 学院長と魔道具学部長は、ゲラルド商会から表にできない接待を受けているし借金もしている。


 だから学院長も魔道具学部長も、ゲラルド商会には頭が上がらないのだ。


「……わかっていますよ、すぐにできますから」

「そうか、本当に頼むよ」


 のんきな学院長は、研究室から出ていく。


「クソが!」


 一人になった魔道具学部長は、声を荒げ、たまたま手に持っていた金属の欠片を壁に投げつけた。

 あの学院長は、ヴェルナーの残した物の解析がいかに難しいのか理解していないのだ。


 なんだ、この理論は。

 文字は読める。単語も理解できる。だが内容がわからない。


 魔道具学部長も、魔道具学の権威とすら呼ばれた男だ。

 ヴェルナーがほんの子供の頃から世界でも有数の魔道具学者と称えられてきたのだ。


 だからこそ、研究ノートと開発途中の魔道具があれば、簡単に完成させられると思っていた。


「これは何が書いているんだ。そもそも何をする魔道具だ?」


 一週間以上かけて、研究ノート一ページの解読も進んでいない。

 魔道具学部長の指導下にある院生や助教たち、准教授を総動員してもそうなのだ。


「……そうだ!」


 魔道具学部長は名案を思いついた。

 魔道具学部の学生でもあるヴェルナーの教え子を呼び出すことにしたのだ。


 …………

 ……


 やって来た学生三人、全員の機嫌は悪そうだった


「もう卒業研究も終わっているんですけど、何か用ですか?」


 学生たちは、ふてぶてしい目を学部長に向けている。


 学部長は忘れている。

 八年ほど前。彼らの入学当初、なんとなく、顔が気に食わなかったのでいじめ抜いたことを。


 そのせいで心を病み、留年し放校されかかったところを、ヴェルナーが指導し卒業まで持って行ったのだ。


「おお、よく来たな。少し開発を進めないといけない魔道具があってだな。手伝ってくれないか?」

「……それをして、俺たちになにかメリットあるんですか?」


 学生のくせに生意気だと、学部長は思った。

 だが、困っているのは自分である。

 ぶちギレそうになるのを我慢して、笑顔で言う。


「もちろんだとも。学部長名で推薦状を書こう。学院長にも推薦状を書いてもらおうじゃないか」

「もう、就職決まってるんですけどね」

「ならば、アルバイト代を払おうじゃないか」

「……はぁ。仕方ないっすね。で、どれっすか?」


 学生たちの態度は極めて悪い。

 だが、いつも、誰に対しても態度が悪いわけではない。


 ヴェルナー相手には敬語しか使わないし、口答えも全くしない。

 それは彼らがヴェルナーのことを尊敬しているからだ。


 それに他の教員たちにも、基本的に敬語を使って礼儀正しくふるまっている。

 自分たちを苛め抜いた魔道具学部長に対する態度が悪すぎるだけだ。



 学部長は無礼な学生たちへの怒りを何とか抑えて、笑顔で言う。


「……これなのだが」

「これですか。シュトライト先生が、開発されていた魔道具ですね」


 そういって、学生たちは学部長を睨みつけた。

 すでに、ヴェルナーが学院長と魔導学部長によってクビになったことは学院中に知られている。

 そして、その理由がねたみだと、学院中の噂にはなっていた。


 だからこそ、学部長に対して、学生たちは怒っていたのだ。


 学部長は学生たちが怒っていることにも気付かない。

 だから笑顔で言う。

「ああ。シュトライト君は退任する際に引継ぎをせず、完成もさせずに放置していってね。納品予定の業者さんがとても困っているんだ」

「学部長が完成させればいいじゃないっすか?」


 それが出来たら苦労しない。

 学部長はそう怒鳴り散らしそうになるが必死に我慢する。


「……私は忙しくてね」

「そうっすか」


 ヴェルナーの学生たちは、研究ノートを読んで、開発途中の魔道具をみる。

 そして、ヴェルナーが作ろうとしていたものをたちまち理解した。


 ヴェルナーの研究ノートはとても分かりやすく、未完の魔道具も実に丁寧に作られていた。

 ここまでできていれば、三日もあれば学生たちだけでも完成させられるだろう。


「……これは」

「そうだな。こうなって……」

「ああ、実に効率的だな。流石はシュトライト先生だ」


 そんなことを学生たちは囁き合っている。

 どうやら、学生たちには理解できるらしいと知って学部長は喜んだ。


「どうだね。いつごろ完成させられそうかね?」


 学部長が笑顔で尋ねると、学生たちは真顔になった。


「……さっぱりわかりませんね」

「……難しすぎますね。俺ら劣等生には理解不能だな」

「ああ。学部長とこの優秀な学生に任せたらいいんじゃないっすか?」


 そう言われて学部長の顔は引きつる。


「な! そんなことないだろう? 優秀な君たちなら完成させられるはずだ」

「優秀? 冗談だろ? 俺たちの成績は卒業ギリギリですよ?」

「ああ、散々出来損ないだの、学院の恥だのののしっておいて、よくそんなことが言えるな」

「なんのことだ?」


 かつていじめたことを完全に忘れている学部長はきょとんとする。


「まあ、いいっすけどね。とにかく。この魔道具は俺たちの手には負えねーわ」

「ああ、いくらもらっても無理だな」


 学生たちは、そういって、馬鹿にした目で学部長をみる。


 それで学部長は、ついにきれた。

「貴様ら……卒業を取り消されてもいいのか?」

「はあ? 自分が何言ってるのかわかってんのか? 卒業審査はとうに終わって成績は確定しているんだよ」

「学部長である私に向かってなんて口の利き方だ! 私と学院長が組めば卒業取り消しなど簡単なことだ」


 そういうと、学生の一人が大きくため息をついた。


「卒業取り消しなどしたら、次に会うのは法廷になりますよ?」

「私を脅すのか?」

「脅しだと思ってるのか? 大審院判事の息子であるこの俺が、法曹界のお偉方と懇意にしているこの俺が、脅しで法廷で会おうなど言うと思うのか?」

「……なっ」


 学部長は絶句する。

 大審院は、最上級の裁判所である。

 そこの判事ともなれば司法の分野では相当に偉い。


 別の学生も言う。


「学部長ってのはとても偉いよ、確かにな。親の地位を利用するってのは気に食わないからやらなかったが……いざとなれば俺たちは何でも使う。ちなみに俺の父は公爵だし、こいつの親父は財務卿だ。知らなかっただろ?」

「…………」


 本当に知らなかったので、学部長は言葉を失った。

 公爵と言えば、上級貴族の中の上級貴族。全員が広大な領地を持ち、王宮でもつよい影響力を持つ。

 そして財務卿は言うまでもなく、国家予算、それこそ学院の予算すら自由にできる国政の重鎮だ。


「親の権力を使うのは良くないと思って、ずっと我慢してきた。だがな……」

「ああ、シュトライト先生から、自分より強い奴から理不尽なことをされた時は使っていいって教わったんだ。だから容赦なく使うぞ」


 余計なことを教えやがって。

 そう魔道具学部長は思ったが、口には出さなかった。


「ということで、俺たちの就職先に圧力をかけようとしても無駄だからな」

「ああ、精々、必死になってシュトライト先生から取り上げた未完成の魔道具を完成させろ」


 学生たちに居直られて、学部長は顔を真っ赤にして怒っていた。

 だが、学生たちの親を知った以上、八年前のように殴りつけることも出来なかった。


「お前ら……お前ら……」

「シュトライト先生に頼めばいいんじゃないか? 先生なら一日もあればで完成させるだろ」

「ああ、土下座して頼めよ。無能すぎる私たちには先生の研究は理解できませんでしたってな」

「ぐ。ぐぐぐぎぃぃ……」


 学部長はまともにしゃべれなくないほどに怒っていた。

 だが、保身の意識もある。

 保護者がとても偉いことを知っているので、ぐっとこらえて、学生たちが立ち去るのを何もせずに見守ったのだった。


 ◇◇◇◇◇◇

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