ゲラルドが賢者の学院に到着すると、すぐに学院長室に通される。
学院長と魔道具学部長の三人で話し合いが始った。
ゲラルドは怒気を抑えて尋ねる。
「なんですか? あの魔道具は」
「気に入って頂けましたか?」
魔道具学部長はゲラルドの怒りに気付かない。
笑顔を浮かべている。
「気に入るわけないでしょう? コップ一杯の水を人肌に温めるのに三時間? あんなの全く売れませんよ」
「素人はこれだから」
ぼそっとあきれたように、魔道具学部長は呟いた。
「なんですって?」
「いえいえ、何でもないですよ。この魔道具は温める原理が革新的で——」
「原理とかどうでもいいんですよ。性能がどうかでしょう?」
研究ならまだしも販売される魔道具は実用性が全てだ。
「私どもを馬鹿にするのもいい加減にして頂きたい」
「馬鹿になど……」
「ケイ博士指導下の研究室で開発されていた新作はどうなったのです?」
「少し苦戦していて」
「魔道具学部長ともあろう方が、苦戦ですか? どうしたんですか? 最新の理論について行けなくなったのでは?」
「…………」
魔道具学部長は無言だ。だが怒りで顔が真っ赤になっている。
「まあ、いいでしょう。新作の供給が難しいなら、これまでどおり既存作の製作を進めてください」
「……開発に総力を挙げているので」
「はあ? 総力を挙げているのに、一向に開発が終わらないとはどういうことです?」
怒るゲラルドを学院長がなだめようとする。
「まあまあ。ゲラルドさん」
「学院長。冗談ではないんですよ」
ゲラルドに睨み付けられて、学院長も押し黙った。
学院長と魔道具学部長はゲラルドから、表に出来ない接待を受けている。
だから頭が上がらないのだ。
「いいですか?」
ゲラルドは学院長と魔道具学部長を睨み付ける。
「既存作の供給。同時にケイ指導下の研究室で開発されていた魔道具の完成。その両方を速やかに実行してください」
「わかっている」
学院長がそういうと、ゲラルドは冷たくにらみ返す。
「いや、わかっていないですね。このままだと、あなたたちも良くないことになりますよ」
「良くないこととは一体何かね?」
「私にそれを言わせるんですか? あなたたちが想像していることよりも良くないことですよ」
そういって、ゲラルドは去って行く。
ゲラルドの剣幕に怯えていた学院長が魔道具学部長に言う。
「君。急ぎたまえ」
「充分急いでいますよ」
「急いでいる? ならばなぜ完成しないんだ?」
「だから、魔道具作りには時間がかかるのです。この前もそうお伝えしたはずです。何度言わせるんですか?」
「はぁ? そもそも、シュトライトをクビにする前に三日もあれば充分だと言ったのは君だろう?」
「予定通りに進まないことがあるのはよくある事ですよ。あなたも研究者なんだからそのぐらいは知っておいてもらわないと」
「予定通りに進まない? 三日のはずが何日経った? 随分と杜撰な予定を建てたものだな。学生なら留年だよ?」
「なんとおっしゃいました? 私を留年学生に例えるなど……」
「私は、君が留年学生以下だと言ったつもりだがね」
「……いくら学院長でも、許せませんね」
「許さなければどうするのかね」
ヴェルナーが残した未完成の魔道具は沢山ある。
だが、そのどれ一つとして、魔道具学部長は完成させることが出来なかったのだ。
魔道具学部長は無能ではない。権威とまで言われた男である。
だが、ヴェルナーの理論が先進的過ぎて、理解できなかったのだ。
学院長も魔道具学部長も利益で結びついた関係だ。
上手くいっている間は仲良く出来る。
だが、上手くいかなくなり始めると、途端に険悪になる。
「この……!」
魔道具学部長が怒りのあまり殴りかかろうとした。
だが、学院長は即座に指先に炎を灯す。
「まさかとは思うが、私が攻撃魔法学の権威であることを忘れたわけではあるまい?」
「……くっ!」
「たかが道具屋風情が、私に手をあげるつもりか?」
通常、魔道具師はあまり強くないのだ。
ヴェルナーが異常なのである。
魔道具学部長が悔しがりながら拳を握りしめ、それを見た学院長は勝ち誇ってにやりと笑った。
完全に二人は仲間割れを起こしていた。
上手くいっているときはともかく、上手くいっていないときに悪党同士が手を結ぶのは難しい。
「道具屋は、道具屋らしくさっさと魔道具を完成させたまえ」
「…………」
魔道具学部長は学院長を睨み付ける。
「なんだ? その目は? 文句があるのかね?」
「…………ありません」
「ったく。君がここまで無能だとは思わなかったよ」
学院長の罵倒は続くが、魔道具学部長はじっと耐えていた。