◇◇◇◇◇
光の騎士団の最高幹部たちは会合を開いていた。
「賢者の学院から魔道具は届かぬのか?」
「どうやら完成させるのに手こずっているようだ」
「賢者の学院の魔道具学部長だぞ。設計書も部品も全て揃っているのだ。手こずるわけないだろう」
「ああ、魔導学部長は自信があるようだったが……」
学院長と魔道具学部長をあらゆる欲望で刺激し、ヴェルナーを追放するように仕向けたのは光の騎士団である。
ケイの指導下にある研究室で開発されつつあった魔道具を奪うためだ。
開発途中の魔道具を完成させる役割は、魔道具学部長が担っている。
だというのに、いつまでたっても完成させて来ないのだ。
「怠慢か? 後回しにしているのではないか?」
「可能性はあるな。我らを舐めているのだろう」
学院長も魔道具学部長も、自分たちが取引している商人が光の騎士団だとは気づいていない。
だから舐めるも舐めないもないのだ。
「魔導学部長を拉致すべきか?」
「拉致して、無理やり開発させるのか。それは良い考えかもしれぬ」
その時、報せが入った。
「どうやらケイの弟子が、秘密裏に荒野へ移動しているらしい」
「ほう。弟子が移動すると言うことは、魔道具の開発拠点でもあるのか?」
「恐らくな。そして、もしかしたら……『隠者』がそこにいるのかもしれぬ」
光の騎士団は「隠者」についてずっと調べ続けていた。
だが、その正体を掴めていなかった。
それもそのはずである。
あえて「隠者」の正体が誰かといえば、ヴェルナーのことだ。
かつて「隠者」が開発したと言う爆弾が完成したのが八年前。
ヴェルナーが十二歳の時だ。
そして、十二歳の子供に、世界のパワーバランスを壊すほどの爆弾が作れたとは思えない。
だから光の騎士団は「隠者」=ヴェルナーだと想像すらしていなかった。
「王都を離れて、荒野で開発されているのは、よほど重大な魔道具なのだろうな」
よほど重大な、それこそ世界のパワーバランスを変えるほどの魔道具である可能性が高い。
八年前の爆弾のようにだ。
そう、光の騎士団の最高幹部たちは考えた。
「その成果物を奪えれば……」
「ああ、我らは一気に優位に立てる」
「それに隠者さえ亡き者にすれば、これ以上常識外れの魔道具が作られることはあるまい」
そして、光の騎士団による、荒野の拠点襲撃計画が立案された。
ファルコン号が拠点を訪ねる二日前のことである。
…………
……
ヴェルナーとハティがファルコン号の羽毛に包まれて気持ちよく眠っていた頃。
地下拠点から徒歩で三十分ほど離れた場所。
そこで、蠢動しているものたちがいた。
光の騎士団の暗殺部隊だ。
複数の魔人や凶悪な魔物を雇い入れた強力な部隊である。
それを率いる人族のリーダーも金のために何人もの罪のない民や貴族を手にかけてきた暗殺者だ。
リーダーは部隊の者たちに言う。
「絶対に失敗は許されない」
「GURURU」
「確実に、隠者の息の根を止めるのだ。そして成果物を奪わねばならない」
「どちらが優先なんだ?」
そう尋ねたのは、メンバーの中にいる人型の魔物、魔人である。
その性、極めて悪辣にして外道。善性など欠片もない。
人とは相容れることはけしてできず、そして人よりも圧倒的に強い。
そういう魔物だ。
魔人に対しても、リーダははっきりとものをいう。
「もちろん両方優先だ」
「……優先の意味がわかってないのか?」
「はぁ? てめえ、何調子乗ってんだ?」
リーダー自身強力な暗殺者だ。
強力な魔人相手でも一対一でも負けない自信があった。
リーダーと魔人が険悪な状態になる中、拠点を見張っていた男が叫ぶ。
「地下から弟子が出てきたぞ。鳥と一緒だ」
「鳥だと?」
リーダーは遠眼鏡を使って、拠点を窺う。
「弟子が王都に戻るようだな。鳥が何なのかはわからんが、恐らく開発が一段落付いたのだろう」
「どうする? 弟子が開発成果物を持っているのかもしれないぞ」
「そうだな。まず拠点を襲う。その次に弟子だ」
拠点には「隠者」がいる可能性が高い。
もし「隠者」を殺せたら、それだけで成功と言っていいだろう。
「弟子に逃げられないか?」
「弟子は徒歩だ。王都到着まで五時間は猶予がある」
拠点を襲い、「隠者」を殺した後に弟子を追っても充分間に合う。
暗殺者たちが、そう考えたのも無理のないことだった。
そして暗殺部隊は隠密行動を開始する。
その間、ヴェルナーたちは拠点から離れていく。その足取りはゆっくりだ。
暗殺部隊はしばらく拠点に向かって隠密状態で移動していく。
ついに拠点の入り口まであと少しというところまで接近したとき、暗殺部隊の眼前が一瞬白くなった。
同時に意識がなくなる。いや意識どころか、命が無くなった。
ヴェルナーが拠点を爆破したのだ。
暗殺部隊の者たちは、何が起こったのかわからなかった。
全員が、想像を絶する高温で一瞬で跡形もなく消え去ったのだ。
ヴェルナーは跡形もなく拠点が消失したことを確認した後、ファルコン号と別れて王都へと向かう。
それをさらに遠く、徒歩で一時間以上ほど離れた距離から観察している者がいた。
光の騎士団幹部の一人である。
「……なんという……なんということだ」
綿密に練り上げられた、「隠者」襲撃計画。
研究の成果物、もしくは「隠者」の命の両方を奪えるはずの計画だった。
最悪でも、成果物と「隠者」の命、そのどちらかは確実に奪えるはずだった。
「全部、ばれていたのか」
拠点自体が罠だったと考えるべきだ。
そもそも、荒野の拠点には「隠者」が最初からいなかったのだろう。
光の騎士団が手に入れた情報、それ自体が偽物だったのかも知れない。
「それにあの鳥。尋常ではない強さの魔獣だ。『隠者』はあの鳥を使役し、弟子に指示を出しているのか?」
そこまで光の騎士団の幹部が考察したとき、突然巨大な竜が現われた。
ハティが巨大化しただけなのだが、これまでハティに気付いていなかった幹部は驚愕した。
「ど、どこから? 現われたのだ? え? どういうことだ?」
その巨大な竜に乗ってヴェルナーは飛び去った。
「わけが、わからぬ。『隠者』とは、……人間ですらないのかも知れぬ」
観察を終えた幹部は、光の騎士団の最高幹部会へ報告するために拠点に向かって走った。