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026 王都の衛兵

 ◇◇◇◇◇


 ハティに乗せて貰ったおかげで、あっというまに王都に着いた。

 十分ほど空を飛び、一時間ほど歩くと、門が見えてくる。

 小さくなってからのハティは俺の肩の上に乗っていた。


「ハティ。大きくなったら騒ぎになるから、俺がいいと言うまで小さいままでな」

「わかったのじゃ」

「他の人の前で、人の言葉を話すのも騒ぎになるから禁止な。俺がいいと言うまでは静かにな」

「まかせるのじゃ!」


 そういって、ハティは自信満々に胸を張ると、尻尾をゆっくりと振る。

 ハティは賢いドラゴンなので、大丈夫だろう。


「……今回はしっかり身分証を持ってきているからな」


 前回、身分証を忘れて、門番に追い払われてしまったのだ。

 そして臭いとまで言われてしまった。


「昨日も風呂に入ったし……臭くもないだろう。ハティどうだろうか?」

「主さまは、いつもいい匂いなのじゃ!」

「ありがとう」


 衣服はいつものようにボロボロだが、とても面倒だが最近は洗濯もしている。

 大丈夫なはずだ。

 今度、自動で洗濯してくれる魔道具も作ろうと思う。


 そんなことを考えながら、俺は王都の門に近づいてく。

 身分証もあらかじめ取りだして、右手に持っておいた。


「おい! 止まれ! またお前か! 帰れ、犯罪者が!」


 衛兵に大きな声で制止された。


「安心してください。身分証はありますよ」


 丁寧に俺は応答する。

 俺は貴族である。しかも、貴族の中でもかなり上級のほうだ。

 だからこそ、なるべく民には丁寧に接しなければならないのだ。

 それが貴族としての良識だ。


 ただでさえ、向こうは身分を知れば、丁寧に扱ってくれるのだ。

 高圧的に接しても、反感をかうばかりで何も良いことはない。


「はあ、どうせ、偽造だろうが! 帰れ!」

「いやいや、確認もせず、決めつけないでくださいよ」


 そう言って俺は身分証を衛兵に差し出す。

 そこには俺の名前と、辺境伯家の四男だということが書かれている。


「こんなもの見ずともわかるわ! 帰れ!」


 バシッとはたかれて、俺の身分証が地面に落ちる。

 少しだけイラッとした。


「お前のような犯罪者が、まともに手続きを受けられると思うな」

「ああ、そうだな。まあ、……出す物を出すなら……審査してやってもいい」

「出す物? 身分証なら出したが……」

「はあ? そんなもんじゃねーよ、馬鹿か?」


 つまり、賄賂を要求しているようだ。

 俺のような粗末な格好をしている者にたかっても、小銭しか出てこないだろうに。


 それに、衛兵の給与は王都の平均月収より大分上だったはず。

 いい暮らしをしているのに賄賂を要求するとは、見下げ果てた根性だ。


 俺は地面に落ちた身分証をかがんで拾いながら、

「いやいやいや。仕事なんだから、きちんとしてくださいよ」

「だまれ! 犯罪者が!」

「おらあ!」


 横から一人の衛兵が俺の顔面を蹴り上げようとしてきた。

 それを手で防ぐ。


「当たったらどうするんだよ。怪我するだろうが」

「だまれ! ふせいでるんじゃねえぞ、こら!」

「防いだってことは、反抗の意志ありってことだな」

「お前らは、めちゃくちゃいうな」


 衛兵ならば、最低限の法律の勉強をしてほしい。

 それに、なぜそこまで衛兵に敵視されるのかわからないが、仕方がない。

 とりあえず、ボコボコにして、人を集めて、偉い人がやってこさせた方が早そうだ。


「……ものすごく面倒くさい。本当に気が進まないんだがな」

「舐めてんじゃねーぞ」


 殴りかかってくる衛兵二人の拳を片手であしらい、どうやって倒すのが効果的か考える。

 大けがを負わせたら色々面倒なことになるのは間違いない。

 無罪になるにしても、書類を書いたりしないといけなくなる。

 もしかしたら、取り調べを受ける必要もあるかもしれない。

 そして姉に迷惑がかかる。


「むむむ」

「なにが、むむむだ! 死ねや!」


 二人相手に格闘していると、門の上の方から声が聞こえた。


「おい! いい加減にしろ! 殿下の御帰還だ! 整列の準備をしろ!」


 同時に建物の中から、衛兵たちがぞろぞろと出てくる。


 ……こいつら、俺が理不尽に絡まれているのを知っていながら無視していやがったな。

 賄賂を支払わせるために、理不尽ないいがかりを付けることが常態化しているようだ。

 そのことに、さらにイラッとした。


 衛兵二人は俺を脇に追いやろうとするが、間に合わない。

 他の衛兵も加勢して、俺を排除しようと駆けつける。

 殿下とやらに、もめている様子を見られたくないのだろう。


 だが、殿下の馬車は衛兵たちの想定以上に速かった。


「魔獣の馬か。流石皇族の使う馬車だな」


 魔獣の馬は、ただの馬より身体も大きく足も速い。

 そのうえ、魔獣ではない狼や獅子ぐらいならば、簡単に倒すぐらい強いのだ。


 その魔獣の馬六頭に馬車を曳かせている。

 さすがは皇族の馬車だ。遅いわけがない。


「ま、まずい」

「とにかく整列しろ!」


 わちゃわちゃしているところに、馬車が着く。

 皇族の馬車なら、手続きもいらない。そのまま走り抜けるのが普通だ。


 だが、馬車は完全に停止した。

 そして、馬車の窓が開かれる。


「……なにをしているのだ」


 馬車の中から聞こえる声に、一番えらそうな衛兵が、直立不動で返答する。

「整列が間に合わず、申し訳ありません! 犯罪者の捕縛業務の最中でありまして」


 俺のことを勝手に犯罪者にしているのは、納得がいかない。


「……そなたには聞いていない。ヴェルナー卿。ここで、なにをしているのだ?」


 声の主は、大きな馬車の奥にいる。

 そのうえ、馬車の車高は高い。地上側からは姿は見えない。


 だが、声を聞くだけで誰なのかわかる。


「お久しぶりでございます。皇太子殿下。ご壮健そうでなによりでございます」


 俺が跪いて、そういうと、衛兵たちはぎょっとしてこちらを見る。

 どうやら俺が皇太子と面識があるらしいと気付いたのだ。

 そして、衛兵たちはそれまでの自分たちの振る舞いが、いかにまずいものだったのか理解したようだ。


 貴族だろうと平民だろうと、まずい振る舞いだった。

 衛兵たちには心の底から反省して欲しい。


「うむ。面を上げてくれ。ヴェルナー卿」


 そういわれて、俺は顔を上げる。

 顔を上げても大きな馬車の奥にいる皇太子の顔は見えないのだが。


「久しぶりだ。いつも弟が世話になっているな」

「いえ、いつも私のほうが癒やされておりますゆえ……」

「弟が迷惑をかけてないのならば、よいのだが……」

「迷惑だなどと。とんでもないことでございます」

「それはなにより。……それはともかく、私はなにをしているのか聞いたのだが」

「失礼いたしました。王都の中に入ろうとしていたところ、問題が発生しまして……」

「問題? 衛兵たちが何かやったのか?」


 皇太子の声を聞いて、衛兵たちは震え上がる。

 文字通りガタガタ震え、冷や汗を流している。


 衛兵たちは、皇太子と知り合いらしい俺が、自分たちのしたことを言いつけると思っているのだろう。

 全く以て常識を知らない奴らである。


「些事でございます。皇太子殿下のお耳に入れるようなことではございませぬ」


 これほど、単純なもめ事を皇太子殿下に告げ口するような者は、まともな貴族にはいない。

 それが貴族としての良識である。


 このような些事は、後で担当する勅任官クラスの上級官僚に報告して対応して貰うべきなのだ。

 勅任官とは、皇帝が自ら任命するクラスの官僚である。

 皇太子に直訴するのは、その上級官僚まで腐っているとわかったときだ。


「……そうか。ヴェルナー卿がいうならばそうなのだろう」

「はい」


 そういうと、衛兵たちは本当にほっとした様子だ。

 本当に常識を知らない奴等である。

 あとで上級官僚、つまりこいつらの上司にチクられると想像もしていないようだ。


「…………」


 皇太子は、小さな声で馬車に同乗していた侍従に何かを命じた。

 馬車に同乗していることからも、侍従の身分が相当高いことがわかる。


「畏まりましてございます」

 そう言って侍従は降りてくる。

 その侍従には面識があった。

 侍従自身も上級貴族だ。伯爵の爵位を持つ六十代の紳士である。


「ヴェルナー卿。お怪我はございませんか?」


 侍従は俺の元にやってくると、優しい声で尋ねてきた。

 どうやら、皇太子たちは、既にここで何が起こったのか大まかに把握しているようだ。


 それも別に不思議ではない。

 遠くから門の様子を見ることもできるし、皇太子の目となり耳となる者は至る所にいるのだから。


「はい。蹴られて、殴りかかられましたがね」


 皇太子は、侍従をわざわざ馬車から降ろして、俺に状況を尋ねさせた。

 ということは、この侍従にトラブルの解決を任せると皇太子が判断したと言うことだろう。


 だから俺はあとで、上級官僚にチクるのではなく、侍従に報告することにした。


「このようなことをいうと誤解されるかも知れませぬが、巻き込まれたのがヴェルナー卿でよかった」

「私もそう思います」


 侍従は俺がケイ博士から魔法の訓練を受けていて、それなりに腕が立つことを知っているのだ。


「他にはなにかされましたか?」

「そうですね……」


 俺はやられたことを手短に報告する。

 前回、ロッテを背負ってやってきたときのことも、ついでに報告しておいた。


「それはゆゆしき事態ですね。無法な状態が恒常化していたのでしょう」

「ええ」

「あとは私めにお任せください」

「よろしくお願いいたします」


 それからどうなるかなど、俺は特に関知しない。

 だが、やることはわかる。

 侍従は、この場の衛兵たちの相当上位の上司、俺が当初チクる予定だった勅任官あたりを呼びつけて、厳しい指導を行なうのだ。


 その上司は監督不行き届きということで良くて降格の上で左遷。

 勅任官から、奏任官に格下げになるかもしれない。


 そして、この場にいた衛兵たち全員まとめては懲役刑だろう。

 衛兵なのに、法律すら守れないのだから仕方がない。


 皇太子が自分の側近である侍従を使って、直接事態解決に乗り出すと言うことはそういうことだ。


 侍従が静かな声で、命令を出し始める。

「私は皇太子殿下から、事態の解決を命じられました。私の言葉は皇太子殿下の言葉と思い従うように」

「ぎょ、御意」


 衛兵たちは平伏し、冷や汗を流している。


 その様子を眺めていると、馬車から皇太子の声がした。


「ヴェルナー卿。ここで出会ったのも何かの縁だ。乗りなさい」

「殿下、畏れ多いことでございます」

「よい。私が卿と話したいのだ」


 そこまで言われたら逆に断るのは失礼だ。


「畏れ入り奉ります」


 俺は、クラウス皇太子殿下の馬車に乗り、王都の中へと入ったのだった。

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