馬車に乗りこむと、俺は皇太子の正面に座る。
俺が乗ると、馬車はゆっくりと動き出した。
王都内には人が居るので、あまり速度を出すわけにはいかないのだ。
「……ところで、ヴェルナー卿。その肩の上に乗っているのは一体?」
皇太子は俺の肩の上に乗っているハティをみて尋ねてくる。
「この者は私の従者であります」
「従者とな?」
「実は我が従者はハティという名の、古竜の王の娘、幼竜でございます」
「古竜だと?」
さすがに皇太子も驚いたようだ。
「はい。ハティ。皇太子殿下にご挨拶しなさい」
「ハティじゃ! 主さまの従者をしておるのじゃ!」
「以後よろしく頼む。古竜の王女」
「うむ。よろしくなのじゃ!」
皇太子はハティとの挨拶をすませると、俺に尋ねてくる。
「ヴェルナー卿、荒野での研究を終えられたのか?」
「はい。無事終わりました」
「それはなにより。ローム子爵閣下から、王都で安全に研究するための魔道具を作っていると聞いたのだが……」
「その通りです」
「ということは、これからは王都で研究なされるのだな?」
「はい、そのつもりです」
「それはよかった。ちなみに、どのような魔道具を?」
尋ねられたので、俺は実際に作った結界発生装置を、魔法の鞄から取り出す。
「こちらになります。結界を作ることのできる魔道具でして……」
俺はなるべく簡潔に説明する。
それを皇太子は真剣な表情で聞いてくれていた。
「さすがだ。ヴェルナー卿らしい、実に素晴らしい魔道具だな」
「ありがとうございます。もしよろしければ、こちらは献上いたします」
「よいのか?」
「はい、もちろんでございます。殿下のお役に立てるのであれば望外の喜びでございますれば」
「そなたの忠義に感謝を」
「恐れ入り奉ります」
そんなことを話している間に、馬車は王宮に到着する。
「まだ、話があるのだ。付き合ってくれ」
そう言われたら断れない。
「畏まりました」
そのまま応接室へと連れていかれた。
「ヴェルナー卿に紹介したい方がいらっしゃるのだ」
「どなたでしょうか?」
皇太子が呼ぶと、一人の少女がやって来た。
それは、先日ハティに襲われていたところを助けたロッテだった。
皇太子は笑顔で、ロッテをみてそれから俺の方を見た。
「さて、このお方だが、ヴェルナー卿もご存じだな?」
「はい。先日お会いいたしました」
「こちらはシャルロット・シャンタル・ラメット王女殿下、ラメット王国の第三王女殿下であらせられる」
それは想定外である。
ラメット王国は、我が国から遠く離れた小国だ。
小国と言っても、歴史は長く格式の高い王国だ。
我がラインフェルデン王国の、昔からの友好国である。
「そ、それは、存じ上げなかったとは言え、失礼いたしました」
「ヴェルナー卿、先日は命を助けていただき、ありがとうございました」
「いえ、お気になさらないでください」
本当にわからないことばかりだ。
なぜ王女が一人で荒野を歩いていたのか。
師匠に弟子入りに来たのだとしても、一人で出歩く理由がない。
そんな俺の思いを察したのか、皇太子は俺をみて、にこりと笑う。
「ヴェルナー卿、色々と聞きたいことがありそうだな」
「ないと言えば嘘になります」
「ラメット王国の情勢は今不穏だ。ガラテア帝国が侵略しようとうごめいている」
それだけで説明は充分だとばかりに、皇太子は微笑んでいる。
ガラテア帝国は、我が国とラメット王国の間にある軍事大国である。
現在の皇帝の領土的野心が強いことは有名だ。
そして、ガラテア帝国との国境を守っているのが、俺の実家である辺境伯家である。
だから、俺にとっても無関係ではない。
もしガラテア帝国と戦争にでもなれば、実家は戦争において大きな役割を果たすことになるだろう。
「大変でしたね。海路ですか?」
「船が原因不明の難破をしたので、途中からは陸路です」
「それは、本当に苦労されましたね」
恐らくだが、難破自体ガラテア帝国が何かした可能性は高い。
ラメット王国とラインエルデン皇国を結ぶ航路は、比較的安定しているのだ。
乗組員に工作員がいて、船底に細工をしたりしたのだろう。
「難破した後は、ガラテア帝国に上陸し、陸路で参りました」
「私と会ったとき、王女殿下がお一人だったのは……もしかして」
「はい。従者はおりましたが、ですが、ガラテア帝国の襲撃が激しく、皆途中で……」
「それは、ご苦労なされましたね」
帝国の刺客に殺されたのだろう。
「ヴェルナー卿、頼みがある。聞いてはくれないだろうか?」
「……はい。なんでございましょう」
本来であれば、何でも仰せつけくださいとか言うべきなのだろう。
だが、皇太子相手に言質を与えるのはとても恐ろしい。
だから、あまり褒められたことではないが、言葉を濁した。
「うむ。ヴェルナー卿。王女殿下を弟子にしてくれないだろうか?」
皇太子は真剣な表情でそう切り出した。