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027 皇太子の馬車の中

 馬車に乗りこむと、俺は皇太子の正面に座る。

 俺が乗ると、馬車はゆっくりと動き出した。

 王都内には人が居るので、あまり速度を出すわけにはいかないのだ。


「……ところで、ヴェルナー卿。その肩の上に乗っているのは一体?」


 皇太子は俺の肩の上に乗っているハティをみて尋ねてくる。


「この者は私の従者であります」

「従者とな?」

「実は我が従者はハティという名の、古竜の王の娘、幼竜でございます」

「古竜だと?」


 さすがに皇太子も驚いたようだ。


「はい。ハティ。皇太子殿下にご挨拶しなさい」

「ハティじゃ! 主さまの従者をしておるのじゃ!」

「以後よろしく頼む。古竜の王女」

「うむ。よろしくなのじゃ!」


 皇太子はハティとの挨拶をすませると、俺に尋ねてくる。


「ヴェルナー卿、荒野での研究を終えられたのか?」

「はい。無事終わりました」

「それはなにより。ローム子爵閣下から、王都で安全に研究するための魔道具を作っていると聞いたのだが……」

「その通りです」

「ということは、これからは王都で研究なされるのだな?」

「はい、そのつもりです」

「それはよかった。ちなみに、どのような魔道具を?」


 尋ねられたので、俺は実際に作った結界発生装置を、魔法の鞄から取り出す。


「こちらになります。結界を作ることのできる魔道具でして……」


 俺はなるべく簡潔に説明する。

 それを皇太子は真剣な表情で聞いてくれていた。


「さすがだ。ヴェルナー卿らしい、実に素晴らしい魔道具だな」

「ありがとうございます。もしよろしければ、こちらは献上いたします」

「よいのか?」

「はい、もちろんでございます。殿下のお役に立てるのであれば望外の喜びでございますれば」

「そなたの忠義に感謝を」

「恐れ入り奉ります」


 そんなことを話している間に、馬車は王宮に到着する。


「まだ、話があるのだ。付き合ってくれ」


 そう言われたら断れない。


「畏まりました」


 そのまま応接室へと連れていかれた。


「ヴェルナー卿に紹介したい方がいらっしゃるのだ」

「どなたでしょうか?」


 皇太子が呼ぶと、一人の少女がやって来た。

 それは、先日ハティに襲われていたところを助けたロッテだった。

 皇太子は笑顔で、ロッテをみてそれから俺の方を見た。


「さて、このお方だが、ヴェルナー卿もご存じだな?」

「はい。先日お会いいたしました」

「こちらはシャルロット・シャンタル・ラメット王女殿下、ラメット王国の第三王女殿下であらせられる」


 それは想定外である。

 ラメット王国は、我が国から遠く離れた小国だ。

 小国と言っても、歴史は長く格式の高い王国だ。

 我がラインフェルデン王国の、昔からの友好国である。


「そ、それは、存じ上げなかったとは言え、失礼いたしました」

「ヴェルナー卿、先日は命を助けていただき、ありがとうございました」

「いえ、お気になさらないでください」


 本当にわからないことばかりだ。

 なぜ王女が一人で荒野を歩いていたのか。

 師匠に弟子入りに来たのだとしても、一人で出歩く理由がない。


 そんな俺の思いを察したのか、皇太子は俺をみて、にこりと笑う。


「ヴェルナー卿、色々と聞きたいことがありそうだな」

「ないと言えば嘘になります」

「ラメット王国の情勢は今不穏だ。ガラテア帝国が侵略しようとうごめいている」


 それだけで説明は充分だとばかりに、皇太子は微笑んでいる。


 ガラテア帝国は、我が国とラメット王国の間にある軍事大国である。

 現在の皇帝の領土的野心が強いことは有名だ。

 そして、ガラテア帝国との国境を守っているのが、俺の実家である辺境伯家である。

 だから、俺にとっても無関係ではない。

 もしガラテア帝国と戦争にでもなれば、実家は戦争において大きな役割を果たすことになるだろう。


「大変でしたね。海路ですか?」

「船が原因不明の難破をしたので、途中からは陸路です」

「それは、本当に苦労されましたね」


 恐らくだが、難破自体ガラテア帝国が何かした可能性は高い。

 ラメット王国とラインエルデン皇国を結ぶ航路は、比較的安定しているのだ。

 乗組員に工作員がいて、船底に細工をしたりしたのだろう。


「難破した後は、ガラテア帝国に上陸し、陸路で参りました」

「私と会ったとき、王女殿下がお一人だったのは……もしかして」

「はい。従者はおりましたが、ですが、ガラテア帝国の襲撃が激しく、皆途中で……」

「それは、ご苦労なされましたね」


 帝国の刺客に殺されたのだろう。


「ヴェルナー卿、頼みがある。聞いてはくれないだろうか?」

「……はい。なんでございましょう」


 本来であれば、何でも仰せつけくださいとか言うべきなのだろう。

 だが、皇太子相手に言質を与えるのはとても恐ろしい。

 だから、あまり褒められたことではないが、言葉を濁した。


「うむ。ヴェルナー卿。王女殿下を弟子にしてくれないだろうか?」


 皇太子は真剣な表情でそう切り出した。

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