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028 王女の弟子入り

 俺は、どうやって王女の弟子入りを断ろうか頭を巡らす。


「私は未熟者ゆえ……」


 だが、皇太子は全く気にせず、話を続ける。

「ヴェルナー卿が、まだ一人で研究をしたがっているというのは知っている」

「……はい」

「無理をおしてお願いしたい。王女殿下をヴェルナー卿の弟子としてほしい」

「どうか、よろしくお願いいたします」


 そういってロッテも頭を下げた。

 皇族と王族に頭を下げられると、断るのが非常に面倒なのでとても困る。


「そうおっしゃられましても……」

「……まあ聞いてくれ。ヴェルナー卿。ラメット王国には魔法技術が必要なのだ」

「ガラテア帝国に対抗するためですね」


 ラメット王国には豊富な資源がある。

 それを輸入している我が国にも多大な利益をもたらしているのだ。

 俺の開発する魔道具にも、ラメット産の資源は多く使われている。



「ヴェルナーさま。我が国の魔法技術は非常に遅れております。率直に言って存亡の危機です」


 資源のある小国。

 そして、魔法技術も遅れているとなれば、いつ攻め込まれてもおかしくない。

 しかも隣国ガラテア帝国は領土的野心が大きいのだ。


 だが、王女一人が俺に弟子入りしたところでどうにかなるようなことでもない。


「クラウス殿下。ガラテア帝国への牽制ならば、もっと効果的なことがあるのではないでしょうか」


 ラインフェルデン皇国とラメット王国が同盟を結んだほうがよいだろう。

 素人の俺ですらそう思うのだ。皇太子が気づいていないはずはない。


「もちろん、同盟も結ぶ予定だ。そして我が国から大々的な技術供与も行う」

「ならばそれで充分ではないですか」


 そうなれば、ガラテア帝国としても簡単には攻め込めなくなる。

 ラメット王国に向けて兵を動かせば、その背後をラインフェルデン皇国に襲われる恐れがあるからだ。


「王女殿下のヴェルナー卿への弟子入りは、技術供与の象徴なのだ」

「そうは申しましても……私は学院をクビになった在野の研究者に過ぎません」

「だが、ケイ博士の愛弟子だ」

「それならば王女殿下は、ケイ博士に弟子入りを……」


 それを聞いてロッテが口を開く。


「ヴェルナー様もご存じの通り、私はそのつもりでした。ですが、ケイ博士は行方が知れず……」


 ロッテはケイ博士を訪ねて一人で荒野を訪れて、ハティに襲われたのだ。


「それに、ヴェルナー卿。昨日、ケイ博士から書が届いてな」

「書が、でございますか?」

「うむ。大きな鷲が届けてきた」


 ファルコン号だ。

 俺の所に来る前に、王宮に寄っていたらしい。


「ケイ博士が王女殿下に出した手紙に書かれていた大魔導師とはヴェルナー卿のことらしいぞ」

「………………なんと」


 確かに、ロッテの持っていた手紙には荒野にいる大魔導師を尋ねろと書いてあった。

 師匠はいつも自分のことを賢者とか大魔導師と自称しているから気付かなかった。


「師匠からは全くなにもきいておりませぬが……」

「それは、よくあることなのではないか?」

「残念ながら、殿下のおっしゃるとおりです」


 大事なことも特に相談したりはしない。

 それが師匠である。


「ケイ博士はラメット王国が亡ぶことは望まないとのことだ。ケイ博士自身も動くらしい」

「博士は、どう動かれるのでしょうか?」

「それはわからぬ」

「殿下。師匠の手紙を見せて貰うことは……」


 俺がそういうと、皇太子は曖昧な笑みを浮かべる。


「ケイ博士がヴェルナー卿には絶対に見せるなと。理由はわからぬが」

「……そうでしたか。ならば仕方ありませんね」


 俺が見たらわかる何かがあるのだろう。

 恐らくそれは師匠の居場所か、師匠がこれから行なうことなのだと、俺は思う。

 そして、それを絶対に俺には悟らせたくないのだろう。


「すまぬな」

「いえ、師匠がそうおっしゃるなら、それがよいのでしょう。師匠は理不尽極まりないですが、意外と弟子思いではありますし」


 それで少し考える。

 師匠は恐らくラメット王国が滅ぼされそうな気配を察知したのだ。

 だから、秘密裏に動けるように姿を消したに違いない。


「それで、ヴェルナー卿、頼まれてくれないだろうか」

「私からも是非お願いいたします」


 皇太子とロッテが自ら俺を尋ねて来たほどだ。

 国にとっても重大なことなのだ。


 俺への弟子入りが重要なのではない。

 ラメット王国の王族が、ケイ博士の弟子に弟子入りする、つまりケイ博士の孫弟子になることが重要なのだろう。


 師匠のネームバリューはそれほど高い。


 そして皇太子とロッテに頭を下げられただけでなく、師匠まで俺に弟子を取れと暗に言っている。

 これを断るのは難しい。


 まあ、助手として手伝ってもらいながら、魔道具の作り方でも適当に教えればいいだろう。

 それに、王女を弟子に取ったとなれば、父も兄も俺の魔道具づくりに文句を言えまい。


「……わかりました。お引き受けいたします」

「おお! それは良かった。肩の荷が降りたぞ」

「ありがとうございます!」


 皇太子とロッテはにこやかに微笑んでいた。

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