俺は少し混乱した。
ロッテが勇者だと?
そもそも、勇者なんて、おとぎ話の登場人物ではなかったのか?
(いや、ラメットの建国王が勇者だと師匠が言っていた以上、勇者という存在は現実なのだろう)
とはいえ、ロッテが勇者とは信じがたい。
からかっているのではないだろうか。
そう思って、隅々まで観察したが、手紙はそこで終わっていた。
追追追伸は見つけられなかった。
(勇者って、おとぎ話では聖剣を持って戦っていたよな)
弟子入りするなら戦士か剣士ではないのか?
なぜ、魔道具師である俺に弟子入りさせようととするのか。
俺が考えていると、皇太子が、
「ケイ博士はなんと?」
「詳しくは話せませぬが、ロッテを頼むと。……失礼いたします」
そして俺は師匠からの手紙を、言いつけ通りに魔法で燃やす。
「ケイ博士が、読んだら誰にも見せずに燃やせと指示があったので」
「ふむ。師匠と弟子、誰にも明かせぬ話もあるだろう」
「申し訳ありません」
そのとき、皇太子執務室に執事がやってきて、お茶とクッキーを出して立ち去っていった。
きちんと俺と皇太子の分以外に、ハティの分も用意されていた。
ハティは俺の従者であると同時に、古竜の王族。
皇太子としても、ないがしろには出来ないのだろう。
「これ、食べていいのかや?」
「もちろんです。ハティ殿下」
「ありがとうなのじゃ!」
ハティはクッキーを両手でつかんでハムハムたべる。
「うまいのじゃ、うまいのじゃ!」
「古竜の王女殿下のお口にあったようでなによりです」
まずい乾燥パンを、ハティは「うまいうまい」と食べる。
もしかしたらなんでもうまいと言って食べるのかもしれない。
皇太子は一口お茶を飲むと、
「ところで、ヴェルナー卿は賢者の学院で教鞭をとられておられたな」
「はい」
「王女殿下を弟子にとられたこの機会に賢者の学院に戻られるお考えはないのか?」
「私はクビになったのです。戻りたいと言っても戻れますまい」
「ふむ。学院が戻ってくれと言ってきた場合、戻ると?」
「……それも少し違うかもしれません。元々師匠であるケイ博士の指示で助教になっておりましたので」
「ケイ博士が学院を去った今、学院に戻る理由もないと」
「その通りです」
俺がそういうと、皇太子は「ふうむ」と呟いた。
「学院の最新鋭の設備を使えると便利だと思うのだが……」
「……学院の助教となると大量の雑務をこなさなければなりませぬゆえ」
「最新鋭の設備を使えるメリットより、大量の雑務に時間をとられるデメリットの方が大きいと」
「まさに仰せの通りでございます」
「賢者の学院に思うところがあって、絶対に戻りたくないというわけではないわけだな」
皇太子がなぜ賢者の学院について聞いてくるのかは分からない。
だが、問われたら答えるのが礼儀だ。隠すことでもない。
「正直に申しますと色々と思うところはございます。特に学院長と魔道具学部長には……」
「であろうな」
「ですが、私は子供のころから学院で学んできたのです」
そう言った途端、思い出が想起される。
目の奥が少し熱くなった。
自分でも予想外だ。
「……親元で暮らした時間よりも学院で過ごした時間の方が長いほどです。それに師匠や学友たちとの良い思い出も沢山あります。学院を憎むことは出来そうにありません」
「雑務に時間を取られず、研究に専念できるなら、学院に戻ることも嫌ではないと」
「そのようなことが可能ならば、ですが。今は一人で静かに研究できる現在の環境で満足しております」
「ヴェルナー卿には、快適に研究に打ち込んで欲しいと考えている。それが国益にもかなうであろうからな」
「……畏れ入り奉ります」
その後、皇太子と雑談を少しする。
皇太子から、皇帝のための結界発生装置をくれないかと頼まれたので、いくつか手渡して俺は退室したのだった。